「日本版DBS」に代わる名案があった
■はじめに
「日本版DBS」の法案がいよいよ国会で審議されることになりました。法案の正式名称は、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」であり、その基本的な仕組みは、下図のようなものです。
たとえば〈Aさん〉が〈B保育園〉に就労希望を伝えると、〈B保育園〉は「こども家庭庁」に(1)申請を行なうとともに、〈Aさん〉は(2)戸籍情報を「こども家庭庁」に提出します。「こども家庭庁」は、これらに基づいて、「法務省」に(最長20年間保存されることになる)性犯罪に関する(3)犯歴紹介をかけ、その結果を「こども家庭庁」に(4)回答します。そして、もしも性犯罪歴があれば、「犯罪事実確認書」をまずは〈Aさん〉に通知し、2週間以内に内定辞退などをすると、これが事業者には通知されないことになります。
*第213回国会(令和6年通常国会)提出法律案|こども家庭庁
子どもに対する性犯罪の卑劣さ、悲惨さについては言うまでもないことですが、DBSのような前科による選別を目指す制度は、効果の強い劇薬のようなもので、その副作用があまりにも大きく、感情的な議論が先行していないのかを冷静に議論すべきだと思います。「日本版DBS」には、以下のような問題点があると思っています。
■問題点その1(性犯罪者は再犯率が高い?)
一般には、「性犯罪者は再犯率が高い」と思われているのではないでしょうか。
「再犯率」とは、一度罪を犯した人が再び罪を犯す割合のことです。ただし、これを調べるためには、細かな条件を設定する必要があります。
たとえば、(1)追跡対象者は検挙された者すべてなのか、有罪判決を受けた者なのか、それとも実刑になった者に限定するのか、(2)追跡期間をどの程度に設定するのか(長くなればなるほど、数字は上がる)、(3)再犯の対象となる犯罪をどのようなものにするのか(性犯罪以外の犯罪も含めるのかどうか)などの条件を設定した上で、「再犯率」を限定的に把握することは可能です。しかし、実はこのようなデータはどこにも取られてはおらず、端的にいって、「再犯率」なる数値は存在しないのです。
ただ、刑務所を出た人がたとえば2年以内に再入所する割合(「再入率」)については、法務省は把握しています。それによると、「性犯罪の2年以内の再入率は2020年(令和2年)では出所者で5.0%となっており、出所者全体(15.1%)と比べると低く、再犯率が高いとまでは言えない」と法務省は明言しています(「再犯防止推進白書」)
■問題点その2(前科情報の漏えい)
「日本版DBS」は、前科情報が民間に流れる制度です。民間の塾やスポーツクラブなどは、前歴確認は義務ではなく、任意の認定制度となっています(ただし、これは事実上の強制になる可能性が高い)。
前科を有する者の社会復帰については、「住む所」と「仕事」が鍵だと言われています。前科はこれらについて強い障害になるものですから、日本の刑事政策では前科は10年で消えて、リセットされることになっています。
「日本版DBS」は、戦後の刑事政策を指導してきたこの大原則を修正し、性犯罪歴について最長で20年間参照可能になっています。しかも従来、前科情報はもっとも重要な個人情報の一つとして扱われてきており、これが民間に流れることはありませんでしたが、この大原則についても修正を加える仕組みなのです。
■問題点その3(対象となる「性犯罪」の多さ)
「日本版DBS」が対象としている性犯罪には、次のようなものがあります。
- 刑法上の性犯罪(強制性交、強制わいせつなど)
- 児童買春・ポルノ法違反(児童ポルノ所持、児童買春など)
- リベンジポルノ法(盗撮など)
- 都道府県迷惑防止条例(痴漢、下着などを撮影、トイレなどにカメラをひそかに設置、羞恥心を与える言動など)
これらの中には、保育所や幼稚園などで実際に起こりうる犯罪があることは改めて指摘するまでもないことですが、たとえば児童ポルノ所持や児童買春、痴漢など、想定されている施設ではおよそ起こりえないような犯罪も含まれています。
このような性犯罪のリストを見ると、「日本版DBS」は、性犯罪者に対する一定の偏ったイメージがあまりにも先行しすぎているのではないかという疑問がぬぐえません。
■問題点その4(拡大のおそれ)
「日本版DBS」で前提になっているのは、学校、幼稚園、保育所などであり、塾、スポーツクラブ、習い事などは、犯歴紹介が任意となっています。しかしこれらの施設は、犯歴紹介を行なって該当者がいなければ「適合マーク」を取得できるようになっています。「適合マーク」のないところは、あるところに比べて明らかに不利ですから、これは事実上の強制と変わりがありません。
さらに、児童と関わる職業は、保育士や教師に限らず、たとえば小児科医や産婦人科医などもそうです。将来的には、これらの職業にある者にも「身体検査」が必要だという意見が出てこないとは限りません。法案でも現職が含まれており、もし該当者がいれば配置転換や退職勧告ができるようになっていますが、上記のような職業にまで拡大されると大きな社会的混乱が起きるのは必至ではないでしょうか。
■「日本版DBS」に代わる名案
「日本版DBS」が目指すものは、保育所や幼稚園などでの子どもに対する性犯罪の防止です。そのために性犯罪歴のある者をこれらの職場から遠ざけようとする制度です。しかしそれは、わが国における長年の前科情報の扱いを、必要以上に大きく変更するものです。
そこで次のような仕組みがどうだろうかと思うわけです。
それは、保育所や幼稚園などで子どもに接する業務に就く者に対して、「ボディカメラの装着」を義務づけることです。要するに、職員がウェアラブルカメラを装着して業務に当たるというもので、次のビデオを見ていただければ、これがどのようなものか分りやすいと思います。
名古屋刑務所 刑務官への「ボディーカメラ」活用開始 “受刑者に暴行”問題 再発防止に向け議論続く|TBS NEWS DIG - YouTube(2023/06/01)
名古屋刑務所ではかつて職員の受刑者に対する暴行事件が相次ぎ、大きな問題となっていました。そこで職員がこのようなカメラを装着して任務に当たることで、不祥事の予防ができるということで導入されました。
保育所や幼稚園などで、子どもに対する性犯罪を予防するためであるなら、前科情報による選別よりも、職員がこのようなカメラを装着して日々の仕事に当たることの方が確実なのではないでしょうか。というのも、「日本版DBS」は、それが完璧に運用されたとしても、初犯を防ぐことはできないからです。それに比べてカメラの装着を義務づける仕組みならば、ほぼ100%性犯罪を予防できるのではないでしょうか。(了)
【参考】