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岸田総理の権力基盤を強化する洋上風力発電汚職事件

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(714)

長月某日

 東京地検特捜部は7日、先に自民党を離党した秋本真利衆議院議員を、洋上風力発電のベンチャー企業「日本風力開発」の塚脇正幸前社長から、約6000万円の賄賂を受けた受託収賄容疑で逮捕した。

 当初は賄賂性を強く否認していた「日本風力開発」の塚脇前社長は、検察の任意の取り調べに対し、一転して国会質問の謝礼として資金を渡したと賄賂だと供述した。おそらく検事の言う通りにしないと自身が逮捕され、会社が潰れると思い供述を変えたのだろう。だから塚脇前社長は逮捕されずに在宅で取り調べを受けることになる。

 一方の秋本議員は弁護士を通じ「依頼されて国会質問したことは断じてない。まして質問した謝礼として賄賂を受けた事実もない。潔白なので取り調べに対して説明を尽くしていく」とコメントを発表した。しかし贈賄側が国会質問の見返りだと主張している以上、説明を尽くしても受け入れられる可能性はない。

 従って両者が起訴されることは確実で、起訴されれば日本の刑事司法の有罪確率は99.9%だから、有罪になるのもほぼ間違いない。注目すべきは、むしろこのタイミングでの政界捜査にどのような意味があるか、さらに広がりを見せるかどうかを考えることである。 

 秋本議員は「脱原発」を訴える4回生議員で、2016年自民党に「再生可能エネルギー普及拡大議員連盟」(会長・柴山昌彦)を立ち上げ、事務局長に就任した。河野太郎デジタル担当大臣の右腕と言われ、また「脱炭素社会」を政策の筆頭に掲げた菅義偉前総理の側近でもある。

 従ってこの捜査は岸田総理の対抗勢力である「菅―河野ライン」をターゲットにしたように見える。つまり自民党内権力闘争の構図そのものだ。この捜査によって来年秋の自民党総裁選で岸田総理の対抗勢力は総崩れとなり、岸田総理は解散など打たなくとも再選を確実にする道が開けたようにフーテンには見える。

 そこでまず事件がどのような経緯を辿ったかを振り返る。経済産業省が再生可能エネルギーの切り札と考えているのは洋上風力発電である。2年前の12月、岸田政権がスタートしたばかりの頃、その第一弾として秋田県沖と千葉県沖の3か所の洋上風力発電事業の入札結果が公表された。

 その時、3か所すべてを三菱商事が落札して業界に衝撃を与えた。「日本風力開発」のように早くから地元に入り込み準備していたベンチャー企業は全く歯が立たなかった。

 入札は売電価格と事業実現性の2点で評価される。売電価格が安ければ国民に利益となり、事業実現性は地元の雇用創出や漁業補償など地元の利益になる。入札結果は秋田県沖由利本荘市の場合、1位の三菱商事が売電価格で1キロワット時当たり11.99円、日本風力開発は5位で22.99円だった。

 日本風力開発以外の他社も売電価格は日本風力開発と同程度で三菱商事の倍近くである。売電価格で三菱商事は圧倒的な差をつけた。日本風力開発など地元対策に力を入れてきたベンチャー企業は、入札の仕組みを変えるよう政治家に働きかけを行った。

 働きかけの先は菅前総理である。入札結果を報告しに来た経産省の資源エネルギー庁長官に、菅前総理は「おかしいんじゃねえか」と言ってなかなか説明に納得しなかったという。そして秋本議員も去年2月に国会で、萩生田経産大臣を相手に入札方法の見直しについて質問した。

 すると5月に経産省が見直しを検討し始め、10月には価格面だけでなく事業開始の早さに重点を置く入札方法に変更され、当時は「三菱商事外し」と言われた。これに対し「価格破壊」と批判された三菱商事は、「欧州ではもっと安い売電価格が実現している」と反論した。

 早期の事業実現性に重点が置かれると、高値の電気料金を国民に負担させながら、地元へのバラマキ合戦になるという批判がある。それでも5月に見直しの方向になったのは、岸田総理が7月の参院選までは菅前総理の協力を得る必要があるからだという噂が流れた。

 当時の権力構図は、岸田総理と、もう一度総理の座を狙う安倍元総理と、キングメーカーになろうとする菅前総理の三者が三すくみ状態にあった。ところが7月参院選直前に安倍元総理が銃弾に倒れ、三すくみから岸田対菅の対立構図に変わる。そのため2人とも自分が「安倍の後継」というポーズを取り、最大派閥を自分の側に引き付けようとした。

 その一方で岸田総理は去年8月の内閣改造で、外交・防衛の両省から親台湾派だった安倍元総理の影響力を削いで中国の習近平国家主席を喜ばせた。11月に実現した対面での日中首脳会談で習主席は岸田総理に満面の笑みを浮かべた。

 同時に岸田総理は次の年にはG7の議長になることから、ウクライナ戦争を理由に米国の要求である防衛費増額と反撃能力保有を受け入れ、米国にも良い顔をする。表で米国に隷属しながら裏では中国と手を結ぶという「宏池会」の伝統的政治スタイルを踏襲したのである。

 そして今年の通常国会が始まると、来年秋の自民党総裁選を意識して対立候補の追い落としに掛かる。前回総裁選の候補であった高市早苗経済安全保障担当大臣には、総務省からリークされた情報を立憲民主党議員に国会で質問させて追い落としを図った。

 河野太郎デジタル担当大臣に対してはマイナ保険証問題で野党批判の矢面に立たせ、さらに菅前総理と河野大臣らが力を入れる「再生可能エネルギー」の分野で利権の奪取を目論んだ。

 秋本議員が立ち上げた「再生可能エネルギー普及拡大議員連盟」には菅、河野の両氏が顧問として名前を連ねている。ところが今年の2月に自民党内に「再生可能エネルギー」を巡るもう一つの議員連盟が立ち上がった。

 名称を「国産再エネに関する次世代型技術の社会実装加速化議員連盟」という。菅―河野ラインの議連の略称は「再エネ議連」で、こちらの略称は「再エネ実装議連」だ。会長は二階俊博前幹事長の信任が厚い森山裕選挙対策委員長、設立発起人には岸田総理と麻生太郎自民党副総裁が名前を連ねた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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