日本に「全方位外交」を掲げる政治リーダーが現れることはないのだろうか
フーテン老人世直し録(716)
長月某日
9月21日は日本と北ベトナムが国交正常化して50周年の記念日に当たる。ベトナムの首都ハノイでは、日本から秋篠宮ご夫妻が出席して記念行事が行われた。
50年前の1973年と言えば、まだ米国がベトナム戦争で南ベトナム政府を支援していた時期で、サイゴンが陥落するのは日越国交正常化の2年後だ。だから米国の同盟国である日本が北ベトナムとの外交関係を樹立したのは「自主外交」の成果と言える。
背景となるのはそれより2年前、米国のニクソン政権が日本の頭越しに中国と和解した「ニクソンショック」である。泥沼にはまり込んだベトナム戦争を終わらせるため、米国のキッシンジャー大統領補佐官は北ベトナムの後ろ盾である中国との和解工作を極秘に進め、冷戦時代の枠組みである自由主義対共産主義という「2極対立」を「多極化」した。
それは日本に「世の中には永遠の味方も永遠の敵もいない。状況は刻一刻変化する。だから一瞬たりとも変化を見逃してはならない」という外交の真理を思い起こさせ、同時に「同盟のジレンマ」を痛感させた。
「同盟のジレンマ」とは、同盟関係を結んで自国の安全を守ろうとすれば、相手国の紛争に「巻き込まれる不安」が生ずる。それを恐れて巻き込まれまいとすれば、同盟関係は希薄になり相手国から「捨てられる不安」が生ずる。
「冷戦すなわち2極対立」時代の日本は米国との同盟関係に安住し、「巻き込まれる不安」さえ心配していれば良かった。そのため自民党保守本流は憲法9条の理想を国民に浸透させ、護憲運動を野党にやらせた。
米国の紛争に日本が「巻き込まれる不安」が高まれば、国民が野党政権を誕生させて日本はソ連や中国に近づくと米国に思わせ、米国の紛争に日本が「巻き込まれない」ように牽制したのである。それが憲法9条を利用した保守本流の「軽武装・経済重視路線」だった。
しかし米中和解によって「2極対立」は「多極化」した。仮に米国と中国が同盟を組めば米国にとって日本は不要になる。日本は初めて「捨てられる不安」を感じた。「捨てられない」ためには日本はすべて米国に屈服しなければならない。一方では「巻き込まれる不安」を緩和するため、敵だった中国や北ベトナムと友好関係を模索する必要が生まれた。
日本が中国や北ベトナムと友好関係を結べば米国に警戒感を抱かせる。事は慎重に運ばなければならない。こうして70年代の日本は「自主外交」に踏み出した。それが72年9月29日の日中国交正常化、そして73年9月21日の日越国交正常化となって実を結ぶ。
佐藤栄作政権から田中角栄政権にまたがって起きた「自主外交」の動きの中で、佐藤政権末期に外務大臣を務めた福田赳夫は、ハノイに日本の外交官を派遣して交渉させることに賛成する。その延長上で福田赳夫は総理に就任すると「全方位外交」を掲げた。
福田総理は中でもアジア外交に力を入れ、①日本は軍事大国にならず、世界の平和と繁栄に貢献する。②日本はASEAN(東南アジア諸国連合)と信頼関係を構築する。③日本とASEANは対等なパートナーになる、という「福田ドクトリン」を発表した。
フーテンの見るところ、日本の「自主外交」は冷戦の終わりと共に消え失せた。ソ連が崩壊して米国が唯一の超大国になると、米国は軍隊を持たない日本に対し軍事面でも経済面でもすべて米国の要求を飲ませようと圧力をかける。
かつて米国との駆け引きに利用した憲法9条は、日本の従属性を強める方向に作用し、日米同盟に頼る以外に安全を守れない日本は、「捨てられる不安」を抱き続ける国になった。日本が米国の言いなりに「集団的自衛権行使容認」や「反撃能力保有」を受け入れるのは、「巻き込まれる不安」より「捨てられる不安」が大きいからである。
経済面でも米国は日本経済の成功要因を一つ一つ潰していった。日本経済の中枢機能を担った銀行は、バブル崩壊と共に米国のハゲタカファンドの餌食となり、世界シェア70%を誇った半導体産業も米国によって潰された。そして米国から低金利を強制された日本は「失われた時代」を続けデフレから抜け出せない。
日本を「反面教師」と見る中国は、米国と対等の立場で経済交渉に臨まなければ日本の二の舞になると考え、軍備増強に力を入れた。その結果、米国の世界一極支配は揺らぎ始め、特に2022年に始まるウクライナ戦争を機に、世界はウクライナの側に立つ日米欧の先進諸国と中国を中心にロシアの側に立つ新興諸国の二つに分断された。
それを象徴するのが、日本が議長国の5月のG7広島サミットと、インド(バーラト)が議長国の9月のG20ニューデリー・サミットである。G7もG20も経済問題を話し合う目的の会議だが、G7にはウクライナのゼレンスキー大統領が突如として現れ、ロシアを名指しで非難する首脳宣言を採択した。
一方のG20ではインド(バーラト)のモディ首相が、ゼレンスキーを招待しようとする欧米側の要求を受け入れず、宣言文からロシア批判を削除した。西側メディアは「昨年インドネシアで開かれたG20バリ会合ではロシア非難が盛り込まれた」と批判したが、インド(バーラト)は「ここはニューデリーでバリではない」と反論し、見事な「自主外交」を見せつけた。
そしてフーテンが注目したのは国連総会が開催される直前の9月18日、G77+中国という新興諸国の会合が19年ぶりにキューバの首都ハバナで開かれたことである。世界から134カ国が参加した。
G77は国連が1964年に途上国のために作った組織である。戦後焼け野原となった日本が米国の保護下で高度経済成長に脱皮する頃、国連では途上国の問題を話し合う会合をスタートさせていたのだ。
そこに2000年から中国が参加した。フーテンはひたすら先進国に接近することが利益だと考える日本と、途上国の側にい続けることが利益だと考える中国の対照的な外交姿勢の違いを感じた。
18日の会合には中国共産党で序列7位の李希常務委員が出席し、キューバのディアスカネル大統領やブラジルのルラ大統領と肩を並べた。そして会合では「現在の不公正な国際秩序によって途上国が抱える問題が深刻化している」と先進国が作った国際秩序の不公正さを指摘する政治宣言を採択した。
日米欧はロシアが国際秩序を踏みにじり、ウクライナを侵略したと非難するが、G77に集った134カ国は、そもそも現在の国際秩序が不公正なのだと主張して、ロシアを批判しない。現在の国際秩序を代表するのは国連だ。日米欧では「国連の機能不全」が指摘されるが、新興諸国は国連を含めた現行の国際秩序全体に異を唱えている。
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