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想定通りの内閣改造・党役員人事だが外務・防衛には違和感がある

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(715)

長月某日

 岸田総理が13日に行った内閣改造・党役員人事は、来年秋の自民党総裁選挙を強く意識したもので、衆議院解散・総選挙を意識したものではない。かねてから早期の解散・総選挙はないと主張してきたフーテンからすれば、想定通りの人事である。

 つまり岸田総理は来年秋の総裁選で自分の対抗馬になり得る政治家をすべて取り込み、誰も手を挙げない状況を作り出し、無投票での再選を狙っている。再選されれば、そこで今度は解散・総選挙に向けた人事を行う。それまでのつなぎの人事だ。

 ただし昨年8月10日に行った改造人事と今回の人事では、意味合いが全く逆の部分がある。それが外務大臣と防衛大臣の人事だ。岸田総理は昨年の改造で林外務大臣を留任させ、防衛大臣を岸信夫氏から浜田靖一氏に交代させたが、今回は林外務大臣を上川陽子氏に、浜田防衛大臣を木原稔氏に交代させた。

 これが何を意味するか。先日のG20でインド(バーラト)のモディ首相が見せた外交とは対照的に見える。そうだとすれば、米国と中国の狭間にある日本がその両方を天秤にかけてきた保守本流「宏池会」の伝統的外交姿勢を岸田総理は変えるつもりなのか。

 今月の9日と10日にインドのニューデリーで開かれたG20は、前年インドネシアのバリで開かれたG20が、欧米の圧力で首脳宣言に「ウクライナ戦争でのロシア非難」が盛り込まれたのに続き、ウクライナ戦争を議題にし、ロシアを非難するかどうかで紛糾した。

 しかしG20は、そもそも1997年のアジア通貨危機から始まり、先進国と新興国が国際的な経済協調を話し合う場である。そこでウクライナ戦争を議題とし、広島G7サミットのようにゼレンスキー大統領を招き入れようとした欧米のやり方にモディは抵抗した。

 モディは会議の初日に「ウクライナ戦争でのロシア非難」を入れない首脳宣言を決定し発表した。誰も予想しないことだった。これにウクライナは猛反発し「G20が誇れるものは何もない」と批判、事前に聞いていなかった日本の官僚も「ふざけるな」と憤慨したという。

 この会議にはロシアのプーチン大統領も中国の習近平国家主席も欠席だったが、モディは新興国をまとめ上げ、最後は欧米側も不満ながらインド(バーラト)を自分たちの側に引き付けておきたい思惑からモディの言う通りになった。

 日本は何も知らされなかったようだ。アジアの大国日本はインドから無視された訳だ。欧米との協調を維持しながら、しかし新興国の筆頭としてのインドの存在感を見せつけたモディの外交力はさすがだとフーテンは思った。

 外務大臣としての在任期間が吉田茂に次ぐ歴代2位の岸田総理の外交力はそれに比べてどうか。フーテンは実は総理になるまでの岸田氏を、安倍元総理からの禅譲を期待するだけの従順な飼い犬のように見ていた。

 ところが岸田総理が就任して最初の人事でまったく変わった。岸田総理は安倍元総理の選挙区で親の代からの「天敵」である林芳正氏を外務大臣に起用したのである。しかも組閣してすぐに衆議院を解散、林氏を参議院から衆議院に鞍替えさせて当選させた。

 選挙区の区割りが変更されることを考えれば、安倍元総理の選挙地盤を林氏に「乗っ取らせる」動きにフーテンには見えた。フーテンは最大派閥の田中角栄と弱小派閥の中曽根康弘の権力闘争を見てきた記者である。その経験に照らせば、あの中曽根だって田中の意向を汲んだ人事しかやらなかった。

 ところが弱小派閥の岸田総理は最初から最大派閥の安倍元総理の急所を突いたのである。しかも米国のバイデン政権が「台湾有事」をことさら強調している時に、岸信介の時代から代々の親台湾派である安倍元総理を無視するように、自民党きっての「親中派」を外務大臣に据えたのだ。大胆なのか頓珍漢なのか分からないとフーテンは思った。

 そしてさらに驚いたのは岸田総理が安倍元総理の秘書官を6年以上も務めた防衛事務次官を辞めさせたことだ。安倍元総理の実弟の岸信夫防衛大臣をも無視した人事に、2人は烈火のごとく怒ったが、その人事は実行された。

 そうした中で昨年夏に参議院選挙が始まる。選挙後、安倍元総理が岸田総理にどのような反撃をするか、フーテンはその一点を注目していた。ところが衝撃の銃撃事件で安倍元総理は帰らぬ人となり、権力闘争は菅前総理と岸田総理との攻防に移り激化した。

 岸田、菅の両氏とも最大派閥を意識して「安倍の後継は自分である」ことを周囲に見せつけた。岸田総理は国民の反対を押し切って「安倍国葬」を強行し、同時に日中国交正常化50周年の年であることから、その記念日に当たる9月29日の直前に「安倍国葬」の日程を組む。あわよくば日中首脳会談を弔問外交の中に組み入れようとしたように見えた。

 それに反発した安倍家は、安倍家の意思として台湾の代表団を葬儀に参列させ、中国は共産党員でない格下の人物を派遣することになる。こうして岸田総理が目論んだ日中首脳会談は先送りされた。

 一方、今年がG7議長国になることが決まっていた日本は、ウクライナ戦争を巡り欧米と同一歩調を取らざるを得ない。昨年8月4日、米国のペロシ下院議長の台湾訪問に反発した中国は大規模な軍事演習を行い、それをG7外相はそろって非難した。

 すると中国の王毅外相が予定されていた林外務大臣との会談をドタキャンしてあからさまな不快感を表明した。これに岸田総理は敏感に反応する。9月に行われる予定の内閣改造・党役員人事を8月10日に前倒しした。

 メディアはそれを旧統一教会と関係ある閣僚を交代させるためだと報道したが、フーテンは狙いは中国だと見ていた。岸田総理は改造人事で「親中派」の林外務大臣を留任させ、「台湾派」の岸信夫防衛大臣を浜田靖一氏に交代させた。

 浜田氏は石破茂氏を総裁選で担ぐなど安倍元総理とは遠い関係にある。この人事にフーテンは外務・防衛の両省から安倍元総理の影響力を消す人事だと思った。すると中国の姿勢がにわかに変化した。

 8月中旬、秋葉剛男国家安全保障局長が中国に招かれ、中国共産党の外交トップである楊潔チ政治局員と7時間に及ぶ会談を行ったのである。その後11月に3年ぶりとなる対面での日中首脳会談が実現し、習近平国家主席は岸田総理に満面の笑顔を見せた。

 しかしそれは安倍元総理の岩盤支持層から反発を招く。親中派の林外務大臣はその矢面に立たされた。さらに今年に入り、G7開催を利用してエマニュエル駐日米国大使がLGBT関連法案の成立を岸田政権に働きかけ、米国に忠実である岸田総理は、通常国会終盤で自ら解散風を吹かせ、議員たちを浮足立たせて強引に法案を成立させた。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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