罠にかかったのはプーチンかバイデンかウクライナ戦争の真相
フーテン老人世直し録(717)
長月某日
今年の国連総会が国際社会に見せつけたのは、米国のバイデン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領による「ロシア敵視」が功を奏さなくなってきたことである。
これまでバイデン政権はロシアのウクライナ侵攻を、「ロシア帝国の復活を夢見る独裁者プーチンが国際秩序を破壊し、何の罪もないウクライナ国民を殺戮して領土拡大を狙っている。国際社会は一丸となって侵略を阻止しなければならない」と訴えた。
そのため国際社会からロシアを孤立させ、最も厳しい経済制裁を課すことでプーチンを失脚させ、プーチン体制が転覆されれば、ロシアは分裂して弱体化し、西側世界と同じ民主化への道を歩み出すというシナリオを描き、西側世界はそれに賛同してきた。
昨年の国連総会まではそのプロパガンダは功を奏していたように思う。オンラインで演説したゼレンスキーには各国代表がスタンディングオベーションで敬意を表し、「大悪人プーチン対英雄ゼレンスキー」の構図が続いていた。
しかしゼレンスキーが初めて対面で演説を行った今年、常任理事国の首脳は英国、フランス、ロシア、中国が欠席、バイデンだけの出席となった。バイデンはロシアと戦うウクライナへの支援を呼びかけ、ゼレンスキーも勝利のための団結を訴えたが、その声の先に見えたのは空席だらけの会場だった。
フーテンは国際社会がバイデンのプロパガンダからようやく目を覚ましたかと思った。しかし日本に目を転ずれば、日本だけはまだプロパガンダの渦中にある。前回のブログで英国のケンブリッジ大学が行った調査結果を紹介したが、ウクライナ侵攻で最もロシアを嫌うようになったのは日本人である。
ウクライナ侵攻によってEUと米国の国民はロシアに対する好感度を下げた。それでも好感度は15%ある。しかし日本はその半分の8%しかない。一方、世界ではウクライナ侵攻によってロシアの好感度が上がった国もある。
中国は48%だった好感度が侵攻によって83%に上昇、インドやパキスタンでは57%が76%に、サウジアラビアは39%が60%と好感度を上げた。これらの国は「プーチンの帝国主義的侵略」というバイデンのプロパガンダを信用していない。
調査したケンブリッジ大学教授によれば、これらの国はウクライナ戦争を西側世界とロシアとの戦いと捉え、米国による価値観(民主主義、人権、法の支配)の押しつけに対する反発がロシアの好感度を上げているという。
実はフーテンは昨年2月に侵攻が始まった時、メディアの一方的な報道に猛烈な反発を覚えた。侵攻が始まる前、ロシア軍の演習がウクライナ国境付近で行われていた頃、日本の学者やメディアはドイツのメルケル首相が主導した「ミンスク合意」の履行を主張し、ゼレンスキーの挑発を批判、ロシアに有利な報道をしていた。
ところが侵攻が開始されると一転して冒頭に書いた米国のプロパガンダ一色になる。そして岸田総理はこの戦争を「侵略」と断定した。それを見てフーテンは岸田総理が「来年のG7議長国」を意識し、米国のバイデン政権から言わされているように思った。
要するに学者もメディアもすべて米国に言いなりの岸田政権の「お先棒担ぎ」となり、それに野党まで乗っかって「金太郎飴」のように「プーチン批判」が「平和を守ることだ」と思わされている。「日本の平和主義は安っぽい」と思ったのは、フーテンが冷戦の終わる頃からワシントンで米国の政策の変遷を見てきたからである。
この戦争は米国がプーチンを追い詰めた結果であり、プーチンが始めた戦争ではないことを日本人は知らないのだ。冷戦が終わると米国にはネオコン(新保守主義)と呼ばれる勢力が台頭した。彼らは「軍事力を使って民主主義を世界に広める使命」を正義と考える。
元は戦前からの左翼だが、ベトナム反戦運動を嫌悪して右翼に転向した。それが民主党にも共和党にも根を張る。ブッシュ(子)政権では「テロとの戦い」で中東を滅茶苦茶にし、オバマ政権ではウクライナでクーデターを起こしプーチンの喉元にナイフを突きつけた。
ウクライナ東部に住むロシア系住民が、ウクライナ軍によって虐殺、暴行、拷問に遭っていた事実は国連の調査によって明らかだ。プーチンはそれを救う口実で軍隊を出動させたが、しかしそれでもロシア軍が国境を越えれば、それは国連憲章違反の侵略行為となる。
フーテンはなぜプーチンが意識的に国連憲章違反をやり、国際的に孤立させられ、強力な経済制裁を受けることを敢えてやったのかを考えた。考え付いたのは、石油決裁をドルで行う「ペトロダラー体制」を崩壊させ、米国の世界一極支配を終わらせるためではないか。つまりプーチンは現行の国際秩序を破壊してその転換を狙っている。
その考えを昨年月刊誌『紙の爆弾7月号』(鹿砦社)に「ウクライナ戦争勃発の真相」と題して書いた。内容を抜粋すると、そもそも米国の安全保障戦略はNATOの東方拡大に反対だった。ところがクリントン大統領がポーランド移民票欲しさに東方拡大に舵を切る。
続くブッシュ(子)政権はネオコンが主導して「テロとの戦い」を始め、アフガニスタンとイラクに攻め込んだ。国連無視かつ国連を騙した戦争である。プーチンは米国に協力した。さらにNATO準加盟国になるなど西側との融和に努めたが、ブッシュ(子)に裏切られた。
反米に転じたプーチンに、ネオコンはウクライナでクーデターを仕掛け、プーチンはクリミア半島を武力制圧して反撃、そこにゼレンスキーが登場し、クリミア奪還を宣言してこの戦争は始まった。
その記事の中でフーテンは、イラクのサダム・フセインを米国が処刑したのは「ペトロダラー体制」を崩そうとしたためで、ウクライナ戦争にもそれが背景にあると書いた。
その見方はフーテンだけかと思っていたが、最近読んだマリン・カツサ著『コールダー・ウォー ドル覇権を崩壊させるプーチンの資源戦争』(草思社)という本がまったく同じ見方なので驚いた。著者はエネルギー問題の専門家だからフーテンの見方が事実であることを確信した。
この本が面白いのは、ウクライナ戦争が始まる9年前に、プーチンが米国を崩壊させる戦略を練っていることを指摘し、攻撃兵器はミサイルでも核でもなく「ペトロダラー体制」を崩すことだと断言していることだ。
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