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米も野菜も無農薬 日本一の学校給食を目指す福岡の私立学校

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
有機・無農薬食材で作った給食をおいしそうに食べる五反田琉清君(筆者撮影)

子どもたちの健康や地球環境のため、農薬も化学肥料も使わない有機食材を使った学校給食を普及させる試みが各地で動き出した。しかし、農業の有機化が遅れている日本では、食材の安定調達が普及の大きな壁となっている。そうしたなか、米や野菜をほぼ100%有機または無農薬にすることに成功した学校が福岡県にある。同校を訪ねた。

味もボリュームも満足感

「とってもおいしい」。筆者の質問に簡潔に答えながら、この日のメインメニューの「高野豆腐のはさみ揚げ」を口いっぱいに頬張っていたのは、小学3年生の五反田琉清君。すでに、無農薬の白米を炊いた「しらすと梅の混ぜごはん」はきれいに平らげ、有機レタスや有機ラディッシュを使った付け合わせのサラダも、なくなっていた。

この日のメニューはほかに、無添加味噌を使った「めかぶとお麩のみそ汁」、有機ほうれん草や有機にんじんなどで作った「ほうれん草の和えもの」、「バナナ」、アルコールの入っていない「ココア甘酒」。筆者も特別に試食させてもらったが、どの料理も、和食店で食べるような本格的な味付けだ。量も、小学校低学年の児童には多すぎるのではないかと思うほどボリュームたっぷりだが、筆者が見ている最中にも、多くの児童が完食し、おかわりをする子も何人もいた。

味もボリュームも満点のメニュー(筆者撮影)
味もボリュームも満点のメニュー(筆者撮影)

この学校は、太宰府天満宮の近くにある、私立リンデンホールスクール小学部。児童数約170人の、英語での授業を特色とするユニークな学校だ。同校で有機給食プロジェクトがスタートしたのは約2年前の2019年秋。初めは実験的に取り組み始め、安定調達にメドが立った2020年1月から、有機・無農薬の食材に本格的に切り替え始めた。年末までには毎日食べる米を無農薬米にし、今年4月には野菜が100%有機に切り替わった。

さらに、だしは、鯖節、イワシ節、鰹節だけで化学調味料の入っていないないだしを使い、砂糖はミネラルを豊富に含んだきび砂糖、しょう油は遺伝子組み換え大豆不使用のものを使うなど、調味料にもこだわっている。

調味料にもこだわる(筆者撮影)
調味料にもこだわる(筆者撮影)

日本の学校給食は時代遅れ

隣接する生徒数約90人の中高学部でも、今年1月から有機・無農薬給食を導入。中高部の給食を担当する管理栄養士の本道恵理さんは、「有機のせいかどうかはわからないが、食べ終わった後で、『全部おいしかったです』と言ってくれる生徒が、以前より増えた」と話す。高校生は給食か弁当持参かどちらか選べるが、ほとんどの生徒は給食を選ぶという。

同校を運営する学校法人都築育英学園の都築明寿香理事長(リンデンホールスクール中高学部校長)は、有機給食に取り組む理由をこう話す。

「日本の学校給食は今の時代に合っていない。戦後間もなくのころは栄養補給だけが目的でもよかったが、飽食の時代の今は、子どもたちの体に優しい給食、地球環境に優しい給食に変えるべきだ。そうした思いは前々から抱いていたが、食材の調達面などで制約が多く、なかなか実行に移せなかった。それが最近になり、地域に有機農家が増えていることがわかったので、やれることからやってみようということになった」

海外では、日本より一足先に、学校給食の有機化が進み始めている。報道によれば、韓国では今年から、ソウル市内のすべての小中高校で有機給食が始まった。有機農業の普及に取り組む山田正彦・元農林水産大臣は、「台湾やブラジル、フランスなどでも、学校給食に有機農産物を使用するようになっており、学校給食の有機化は今や世界的な流れだ。日本は遅れている」と指摘する。

形や大きさが不ぞろいで下処理に手間がかかる有機にんじん。有機給食の普及には現場の人たちの協力と理解が大切だ(筆者撮影)
形や大きさが不ぞろいで下処理に手間がかかる有機にんじん。有機給食の普及には現場の人たちの協力と理解が大切だ(筆者撮影)

日本でも、千葉県いすみ市など学校給食の有機化に取り組み始めた自治体は少なくない。ただ、米と野菜を100%有機あるいは無農薬にし、かつ毎日給食で出している学校は、筆者が調べた限り皆無だ。

有機農業の普及の遅れがネック

日本で有機給食が広がらないのは、有機農業の普及の遅れが原因だ。国際有機農業運動連盟(IFOAM)の最新のデータによると、農地面積全体に占める有機農業用農地面積の割合は、日本は0.2%。イタリアの15.2%、フランスの7.7%など他の多くの先進国と比べ、際立って低い。

日本は高温多湿で病気や害虫が発生しやすいため農薬を使わない有機農業は難しいとよく言われる。しかし、同じアジアで、日本より年間降水量の多いスリランカの有機農地比率は2.5%、同じくフィリピンは1.4%で、いずれも日本より高い。アジア以外の国も含めると、日本より降水量が多くても有機農地比率が高い国は世界中に数多くある。

杉本幸太・リンデンホールスクール統括料理長は、児童生徒の人数分の有機野菜や無農薬米を提供できる農家が近くにあったことは「奇跡だった」と語る。しかし、奇跡だけでは、給食の有機・無農薬化が進まなかったのも事実だ。杉本さんらは農家との関係強化に努め、調達できる野菜の種類を徐々に増やしていったほか、天候リスクなどに備えて、県外の農家にも調達先を広げた。

学校側にも発想の転換が必要

もう一つ重要なのは、食材を購入する側の発想の転換だ。どんな野菜も一年中手に入るようになった今は、まず献立を決めてから、食材を調達するという学校が多い。リンデンホールスクールもかつてはそうだったという。しかし、現在は、「1か月先にどんな野菜が採れるか農家に聞いて、それに合わせて献立を作るようになった」と、小学部の管理栄養士を務める窪田葉留香さんは言う。

採れる野菜に合わせて献立を作るのは、そのほうが有機・無農薬の食材を調達しやすいからだ。リンデンホールスクールが主に食材を仕入れている有機農家「オーガニックパパ」の八尋健次代表は、「旬の野菜は体力があるので、その野菜の旬に合わせて栽培すれば、農薬は必要ない」と言い切る。年間60種類前後の野菜を作っているオーガニックパパの畑を訪ねると、野菜と見分けがつかないほど雑草が生い茂っていたが、八尋代表は、「これくらい雑草があったほうが、雑草と競争することで野菜が鍛えられる」と笑う。

「旬の野菜に農薬は要らない」と語る「オーガニックパパ」の八尋健次代表(筆者撮影)
「旬の野菜に農薬は要らない」と語る「オーガニックパパ」の八尋健次代表(筆者撮影)

杉本統括料理長は、「レストランのシェフは、今の季節、何が一番おいしいか調べてからメニューを決める。だからおいしい料理が作れる。有機給食も同じ発想です」と語る。杉本さんはもともとフランス料理のシェフで、フランスのレストランで2年間、働いた経験も持つ。その経験を生かし、献立のアドバイスをしたり、自ら厨房に入って調理したりもしている。

残留農薬を懸念

杉本さんはまた、学校給食で使う有機野菜は形や大きさが不ぞろいのものが多いため、その分、安く仕入れることも可能だが、「下処理が大変」とも言う。「だから、現場が思いを一つにしないと、有機給食はなかなか進まない」と強調する。

農薬をめぐっては、畑や水田に散布した農薬が自然の生態系を乱したり、土壌や水質汚染を引き起こしたりしているとの批判が根強いほか、農産物に付着や浸透したわずかな量の残留農薬が人の健康に影響を及ぼしているとの報告も相次いでいる。例えば、千葉大学の研究チームは昨年5月、「妊娠中の残留農薬の摂取が子どもの自閉症の発症に影響している可能性がある」との研究結果を発表している。

リンデンホールスクールで使っている食材の中にも、厳密に言えば、少量だが化学肥料を使っていたり、無農薬かどうか不確かだったりする食材が一部含まれている。都築理事長は、「使用量の少ない食材も有機化を徹底し、肉や卵なども、より健康や環境に配慮したものに切り替えて行きたい」と述べるとともに、「有機給食が子どもたちの心身に実際にどんな影響を与えているのか、学会で発表できるような調査も始めてみたい」と語った。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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