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無農薬「有機学校給食」導入の動き広がる

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ohayou/アフロイメージマート)

農薬も化学肥料も使わずに育てた有機米や有機野菜を学校給食に取り入れる動きが、全国の自治体で広がり始めた。関係者は、学校給食の有機化は、子どもの食物アレルギーや発達障害などの症状の急増傾向に歯止めを掛け、かつ、地域再生の起爆剤にもなり得ると大きな期待を寄せる。農林水産省も支援に乗り出しており、「有機後進国」と言われる日本で有機市場が一気に拡大する可能性も出てきた。

有機給食を求めて署名活動

9月25日、東京都内で、学校給食の有機化をテーマにしたシンポジウムが開かれた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため入場者数が制限されたが、インターネットを介して全国から数百人がリモート参加した模様で、関心の高さをうかがわせた。

主催したのは、東京都世田谷区の母親らで作る「世田谷区の学校給食を有機無農薬食材にする会」。東京23区で最多の約92万人が住む世田谷区には、90の小中学校があり、約48000人の児童・生徒が在籍している。同会は、子どもたちが食べる給食の食材を有機農産物に切り替えることを目的に、昨年秋に有志が集まって発足。条例の制定を目指し、署名活動を続けている。

会立ち上げの動機は、ふだんの食事が子どもたちの健康に重大な影響を与えているのではないかという懸念だ。会の紹介チラシには、次のようなことが書いてある。

除草剤に含まれるグリホサートや殺虫剤に含まれるネオニコチノイド系農薬は、子どもの発達障害やアレルギーとの因果関係が疑われていることから、近年EU諸国をはじめとする世界各地で使用禁止の動きが高まっています。一方、日本はというと、2017年には世界の潮流と逆行して、グリホサートの残留基準値を大幅に緩和するなど国産・輸入品いずれについても安心できない状況です。

出典:世田谷区の学校給食を有機無農薬食材にする会

いくら家での食事に気を付けても、農薬の残留した学校給食を食べ続けていては、子どもの健康を守れないとの心配がある。実際、農民連食品分析センターが昨年、全国の給食用パンを調べたところ、大半のサンプルから微量のグリホサートが検出された。また、浸透性農薬のネオニコチノイドは、米や野菜、果物の内部に残留し洗っても落ちないことから、消費者の間で不安が高まっている。

「日本だけおかしい」

元農林水産大臣の山田正彦さんは、シンポジウムでの講演で、有機給食の無償提供が全国規模で広がっている韓国を視察した時の話をしながら、「台湾やブラジル、フランスでも学校給食に有機食材が提供されるなど、(給食の有機化は)いまや世界的な流れになっているが、日本だけがおかしい」と指摘。その上で、「日本の子どもたちの間でアトピーやアレルギー、発達障害が異常なほど増えているのは、大人たちに責任があるのではないか」と述べ、子どもたちの食事を早急に見直す必要性を訴えた。

日本でも、数はまだ少ないものの、学校給食の有機化に取り組む自治体は急速に増えている。

千葉県いすみ市は、2015年度から学校給食に地元産の有機米を採用。米農家の協力を得て有機米の生産量を徐々に増やし、2018年度には全量が有機米に切り替わった。また、2018年度から給食用の野菜の有機化にも着手し、現在までに7品目の有機化に成功。市農林課の鮫田晋さんは、「今取り組んでいるキャベツで8品目め。すべての野菜を有機化するのが目標だ」と話す。

同じ千葉県の木更津市でも、学校給食用の米を有機米に切り替える事業がスタート。石川県羽咋市や、長野県松川町、愛知県東郷町などでも、有機農産物や有機農法と同等の栽培方法で育てた農産物を、学校給食に取り入れ始めている。鮫田さんによると、いすみ市には、有機給食に関する問い合わせが全国の自治体などから毎日のようにあるという。有機給食を導入する市町村はさらに増えそうな気配だ。

地域経済の起爆剤にも

学校給食の有機化は、子どもの健康のためだけでなく、地方の過疎化に歯止めを掛け、地域経済活性化の起爆剤になる可能性も秘めていると、関係者は指摘する。

例えば、いすみ市は、他の多くの自治体同様、人口減少対策としてどう移住者を増やすかが課題だが、雑誌『田舎暮らしの本』(宝島社)が選ぶ「2020年版 住みたい田舎ベストランキング」で、4年連続で首都圏エリア総合1位となるなど、移住希望者の間で大変な人気だ。鮫田さんは「オーガニック(有機)が、かなり貢献していると思う」と話し、有機農業による街おこしが、移住を考えている子育て世代や若手の就農希望者などにアピールしているとの見方を示した。

欧米先進国やアジアの多くの国・地域では、農薬や遺伝子組み換え技術などに対する不安から、有機農産物の需要が急拡大している。対照的に日本で有機農産物がなかなか普及しないのは、安定した売り先がないため、農家が有機農業への転換に二の足を踏んでいるのが一因と考えられている。

学校給食に有機農産物が採用されれば、安定した売り先が確保されるため、有機農業に転換する農家が増えて市場拡大に弾みがつくとの見方は多い。さらに、付加価値の高い有機農産物は、輸入農産物との価格競争を避けることができるため、先進国で最低水準の食料自給率の向上につながるとの期待もある。

問われる農水省の本気度

こうした中、日本農業新聞によると、農林水産省は今年度から有機農産物を学校給食に導入するための支援を始めた。同紙は「有機農業を推進する国の予算は今年度が1億5000万円で、前年度を5割上回る規模となった。有機農業による産地づくりと、販売先を確保する市町村と生産者らの取り組みに助成。新たな販路として、学校給食を位置付けた」と報じている。

ただ、農水省は一方で、農薬の使用規制を緩和する動きも目立っており、学校給食の有機化にどれだけ本腰を入れて取り組むかは、不透明な部分もある。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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