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なぜ、妻は姿を消したのか?夫を惑わすファムファタール役の彼女は女優ではなく同業者?

水上賢治映画ライター
「海街奇譚」より

 売れない俳優が、姿を消した妻を探しに彼女の故郷である離島の港町へ。

 すると、うらぶれた島では海難事故で行方不明者が出る不穏な出来事が続き、仏の頭がどこかに消えるという不可思議な出来事も。

 鬱屈とした日々を送り、精神状態も不安定な俳優は次第に過去が現在か、夢か現実かわからない世界へと迷い込んでいく。

 映画「海街奇譚」は、こんな人生の袋小路に迷い込んでしまったひとりの男の彷徨う魂の行き先を描く。

 その中で、目を見張るのは、グロテスクでありながら、どこかエロティックさも感じさせる独特の美が存在する映像と、現実と夢、過去と現在と未来、記憶と忘却を自由に往来するミステリアスかつサスペンスフルなストーリー。なにかこちらを惑わせ、迷わす異世界に誘う、どこか甘美、でも危うい魅力を放つ1作となっている。

 驚くべきことに手掛けたのは本作が長編デビュー作となるチャン・チー監督。

 1987年生まれの中国の新鋭として注目を浴びる彼に訊く。

「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影
「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影

三人の女性を通して、女性の一生の変化というものも描けないか

 今回は本編インタビューに続く番外編。

 主にキャストについての話を。

 その前に、本作を語る上で欠かせないのがチューの前に現れる、どこかエキセントリックでエロティックでもある女性たちの存在。

 彼女たちの存在について監督自身はこういう見解があるという。

「チューの前には、複数の女性が現れます。

 一人目は、島の学校の若い女性教師です。彼女は初々しさを携えている。

 二人目は、ダンスホールのオーナー女性です。彼女は30代、40代に差し掛かっているぐらい。さまざまな人生経験を重ねて、世の中の酸いも甘いも知っている。青春時代のみのはつらつとした若さやきらめきはない。でも、大人の女性として美しさを漂わせている。

 三人目は、宿の女主人です。彼女は50代にすでに入ってずいぶん経つぐらい。人生を諦めているわけではないけれども、もう自身の限界はわかっているというか……。

 ここから自分の人生に上がり目があることはないと悟っているようなところがある。

 で、自身の見解でいうと、三人は同一人物と位置付けています。

 この三人の女性を通して、女性の一生の変化というものも描けないかと考えました。

 そしてこの三人の女性は、チューの妻でもあり、彼女とはまったく別のファムファタールでもある。

 いずれにしても、チューは彼女たちの存在に惑わされて、自分の人生と自分自身と向き合うことになる。

 ある意味、チューの合わせ鏡のような存在として彼女たちはいるといっていいかもしれません」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

主人公のチュー・ホンギャンは機械技師

 では、キャストの話を。

 主人公のチュー役のチュー・ホンギャンは、資料によると俳優業の傍ら、機械技師を務めているとのこと。

 ある意味、監督の分身といってもいい本役を彼にした決め手はどこにあったのか?

「オーディションで彼がいいのではないかと思いました。

 最終的に数人にチュー役はしぼりました。ちなみに海で働く男が出てきますけど、彼も最終候補の一人でした。

 チュー・ホンギャンを選んだ決め手は、やはりわたしが考えたチューという役のイメージにかなり近かった。

 正直なことを明かすと、ファースト・インプレッションで、チュー役は彼がいいのではないかと思っていました。

 たとえば、チューのくたびれた感じであったり、人生に意味を見出せていなかったりといったところが彼ならばうまく表現できるのではないかと思いました。

 それで彼にお願いすることにしました」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

行方不明の妻、女教師、ダンスホールのオーナーの三役を演じている彼女は?

 一方、チューが探し求める行方不明の妻、女教師、ダンスホールのオーナーの三役を演じているのは、シューアン・リン。

 実は彼女、現在はCMディレクターとして活躍しているという。

「そうですね。

 もともと彼女はプロの女優さんではありません。

 現在はCMディレクターとして活躍されていますが、それ以外にも撮影・美術などおもに映像制作のスタッフをしています。

 わたしとは昔からの知り合いで、一緒に仕事をしたことも多くあります。

 なぜ、彼女になったかというと、察しがつくと思いますが、妻役でなかなか理想の人を見つけることができないでいました。

 で、あるとき、彼女がいいのではないかと思ったんです。実は、この役は彼女にぴったりではないかと。

 考えてみると、彼女はわたしの良き理解者。

 多く仕事をしているので、わたしの映像に対する美意識であったり、演出の意図だったりを言わなくてもわかってくれている。

 おそらくこの三役についても、わたしの考えをすぐに理解してくれるのではないかと思いました。

 デビュー作でもありますから、自身を理解してくれる存在がそばにいてくれることは心強い。

 それでお願いして、彼女も快く承諾してくれました。

 引き受けてくれたことにいまは感謝しています」

(※番外編インタビュー終了)

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第一回】

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第二回】

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第三回】

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第四回】

「海街奇譚」ポスタービジュアル
「海街奇譚」ポスタービジュアル

「海街奇譚」

脚本・監督:チャン・チー

撮影:ファン・イー  視覚効果:リウ・ヤオ

音楽:ジャオ・ハオハイ  美術:ポン・ボー

共同脚本:ウー・ビヨウ

編集:シュー・ダドオ

出演:チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、

ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、

ウェン・ジョンシュエ

公式サイト  https://umimachi-kitan.jp

横浜シネマノヴェチェントにて 6/17(月)〜6/21(金)、名古屋シネマスコーレにて 6/22(土)~6/28(金)公開

筆者撮影以外の写真はすべて(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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