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突然、姿を消した妻を探し求めて。心を乱す、さまよえる主人公を売れない俳優にした理由

水上賢治映画ライター
「海街奇譚」より

 売れない俳優が、姿を消した妻を探しに彼女の故郷である離島の港町へ。

 すると、うらぶれた島では海難事故で行方不明者が出る不穏な出来事が続き、仏の頭がどこかに消えるという不可思議な出来事も。

 鬱屈とした日々を送り、精神状態も不安定な俳優は次第に過去が現在か、夢が現実かわからない世界へと迷い込んでいく。

 映画「海街奇譚」は、こんな人生の袋小路に迷い込んでしまったひとりの男の彷徨う魂の行き先を描く。

 その中で、目を見張るのは、グロテスクでありながら、どこかエロティックさも感じさせる独特の美が存在する映像と、現実と夢、過去と現在と未来、記憶と忘却を自由に往来するミステリアスかつサスペンスフルなストーリー。なにかこちらを惑わせ、迷わす異世界に誘う、どこか甘美、でも危うい魅力を放つ1作となっている。

 驚くべきことに手掛けたのは本作が長編デビュー作となるチャン・チー監督。

 1987年生まれの中国の新鋭として注目を浴びる彼に訊く。全四回/第二回

「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影
「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影

国際映画祭での受賞を目標にしていました

 前回(第一回はこちら)、デビュー作に向けて着々と準備を整えていたことを明かしてくれたチャン・チー監督。

 大好きなミステリー映画、サスペンス映画を目指したというが、もうひとつ目指していたことがあるという。

「密かに国際映画祭での受賞を目標にしていました。

 まあ、そうはいっても簡単なことではないですから、あくまで目標でしかなくて、まあ叶えばラッキーだなと思っていたんです。

 それが幸運にも、モスクワ国際映画祭で審査員特別賞(シルバー・ジョージ)を受賞できて、イスタンブール国際インディペンデント映画祭でも批評家協会賞(メインコンペティション)を受賞することができました。

 まさか目標を達成できると思っていたので、自分は幸運な監督だと思います。

 受賞できたということは、一人でも自分の作品をいいと思ってくれる人がいたということですから、いずれの受賞もとてもうれしかったです」

主人公を売れない俳優という設定にした理由

 では、作品の話に戻るが、主人公は、売れない映画俳優。このような設定にした理由はなにかあったのだろうか?

「主人公のチューに関していうと、わたし自身の一部、また演じたチュー・ホンギャンさん自身の一部を反映させた人物といっていいです。

 売れない俳優という設定にした理由は、特別な意味はないのですが、なにか心が満たされていない、どこか心が彷徨っている人物をイメージしました。

 その中で、役者というのは通常は自分とは関係ない人間になりきる。

 他人を演じるわけですけれど、でもその中には自分という人間もどうやったって入り込んでくる。

 また、いわばフィクションの世界の人物を演じるわけですから、フィクションという非現実の世界と現実の世界を往来するともいえる。

 そういったことを考え合わせて、俳優という存在になっていきました」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

みなさんを夢か現実かわからなくなるような曖昧な世界に誘いたかった

 主人公のチューは、姿を消した妻を探しに彼女の故郷である離島へ。その時点からどこか精神的に不安定で、夢とも現実ともわからない、まるで迷宮のような世界へと迷い込むことになる。

 男が現実と非現実、現実世界と精神世界を錯綜するような形の幻想的な物語が進展していく。

「主人公のチューの記憶の中にあるものと、妄想に近いもの、あと曖昧な夢っぽい世界をないまぜにした形にしました。

 なぜ、このような意識下や現実、想像といった違った世界を往来するような物語にしたかというと、もうこれはわたしの好みにほかなりません。

 はっきりと区別できるのではなく、みなさんを夢か現実かわからなくなるような曖昧な世界に誘いたかったのです。

 みなさんも、夢の中でとんでもない金持ちになって、目覚めた瞬間に現実に戻ってがっかりするといった経験を一度はしたことがあるのではないでしょうか?

 そのように厳しい現実があるのだけれど、夢の中だけでも一瞬だけ幸福を味わう。

 一瞬の夢にひたる世界にできればと思いました」

夢の世界が、現実よりその人物の中にある欲望や本性を露わにするときがある

 夢の世界に惹かれる理由は何かあるのだろうか?

「わたしは人間の内面にひじょうに興味があります。

 人間の内面というもは、本人を前にしてもほんとうはなにを考えているか、わからないものです。

 ただ、映画というのはいろいろな手法で人間の心理を描くことができます。

 中でも夢というのは、その人物が頭の中で考えていることやそのときの心理状況を表すのにひじょうに有効だと思います。

 曖昧な夢の世界が、現実よりもその人物の中にある欲望や本性を露わにするときがある。

 なので、映画表現として夢の世界を使うことがわたしは好きです」

(※第三回に続く)

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第一回】

「海街奇譚(うみまちきたん)」ポスタービジュアル
「海街奇譚(うみまちきたん)」ポスタービジュアル

「海街奇譚(うみまちきたん)」

脚本・監督:チャン・チー

撮影:ファン・イー  視覚効果:リウ・ヤオ

音楽:ジャオ・ハオハイ  美術:ポン・ボー

共同脚本:ウー・ビヨウ

編集:シュー・ダドオ

出演:チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、

ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、

ウェン・ジョンシュエ

公式サイト  https://umimachi-kitan.jp

東京・Morc阿佐ヶ谷にて5/24(金)~5/30(木)、横浜シネマノヴェチェントにて 6/17(月)〜6/21(金)、名古屋シネマスコーレにて 6/22(土)~6/28(金)公開

筆者撮影以外の写真はすべて(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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