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突然、姿を消した妻を探し求めて。危ういネオンに包まれたミステリアスな女店主がいるダンスホールは本物?

水上賢治映画ライター
「海街奇譚」より

 売れない俳優が、姿を消した妻を探しに彼女の故郷である離島の港町へ。

 すると、うらぶれた島では海難事故で行方不明者が出る不穏な出来事が続き、仏の頭がどこかに消えるという不可思議な出来事も。

 鬱屈とした日々を送り、精神状態も不安定な俳優は次第に過去が現在か、夢が現実かわからない世界へと迷い込んでいく。

 映画「海街奇譚」は、こんな人生の袋小路に迷い込んでしまったひとりの男の彷徨う魂の行き先を描く。

 その中で、目を見張るのは、グロテスクでありながら、どこかエロティックさも感じさせる独特の美が存在する映像と、現実と夢、過去と現在と未来、記憶と忘却を自由に往来するミステリアスかつサスペンスフルなストーリー。なにかこちらを惑わせ、迷わす異世界に誘う、どこか甘美、でも危うい魅力を放つ1作となっている。

 驚くべきことに手掛けたのは本作が長編デビュー作となるチャン・チー監督。

 1987年生まれの中国の新鋭として注目を浴びる彼に訊く。全四回/第三回

「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影
「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影

舞台を、離島にした理由

 前回(第二回はこちら)に続き、作品の話から。

 主人公の売れない俳優チューが向かうのは離島。

 離島を舞台にした理由はなにかあったのだろうか?

「離島というのは基本的に四方を海に囲まれています。

 つまりある種の密閉された場所、密室といっていいでしょう。

 まず、ミステリー、サスペンスの舞台として密室というのはやはり格好の場所。

 ということで離島がいいのではないかと考えました。

 あと、これはストーリーとはまったく関係なく、デビュー作ということでどこかわたし自身のルーツを反映したい気持ちがありました。

 ですから、自分の生まれ故郷を思わせるところで撮影をしたかったんです。

 で、地元を含めてロケハンをして、みつけたのが今回の舞台となる離島でした。

 わたしの生まれ育った故郷ではないのですが、同じ省でわりと近いところにある島です。

 ただ、ロケの候補地はほかにもいくつかありました。

 最終判断としてわたしはしばらく今回の舞台となった島に実際に住んでみることにしました。

 で、最終的にこの島でいくことを決定しました。

 決め手としては、映画をみるとあまり感じないと思うのですが、交通の便がよくて大きな都市(上海)まで離島としてはすぐにアクセスすることができる。

 機材の搬入や撮影中になにか足りないものが出てしまうと、僻地ではそれこそ撮影が滞ってしまう。なので、交通の便というのはひとつ大きかったです。

 あとは、わたしが考えていたモノが揃っていた。離島だとけっこう学校がなかったりします。でも、この島には小学校も中学校もありました。

 この作品において学校はけっこう重要な場所になるので、そのことも決め手になりました」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

あの怪しく艶やかなネオンに包まれたダンスホールは本物?

 作品には、チューが迷い込み妻らしき女店主がいるダンスホール、定宿となる大柄な女将が経営するホテルが登場する。

 この場所もどこか異世界でこの世のものには思えないようにたたずんで印象深い。

「実は、みなさんに驚かれるのですが、あのダンスホールはあの島に実際にあります。

 ほぼほぼ空間も映画用に美術を加えていません。

 舞台となった島の娯楽施設といった感じで。

 海で働く人たちが、夜になるとあのダンスホールにやってきて、思い思いの時間を過ごしています。

 映画では、あの島に似つかわしくないというか。異質に映るかもしれないのですが、島の人々にとっては馴染みのダンスホールです。

 合わせて少し裏話をすると、島は離島ではあるのですけど、カラオケや飲み屋などけっこう夜に楽しめる場所がいろいろあります。

 意外かもしれませんが、どこも繁盛しているようです。ひなびた感じはないです。

 で、ダンスホールで踊っている人たちがいますけど、彼らは実際の地元の人たちです。

 音楽に関しても、あのダンスホールでよくかかっている曲で。

 なにか指導することもなく、地元のみなさんが自然な形で踊ってくれて、あのようなダンスホールのシーンができました。

 みなさん、撮影を楽しんでくれていました」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

もうひとつの主要な舞台、ホテルは?

 ホテルに関しては、実は民家だったという。

「ホテルに関しては、地元の一戸建ての住宅を撮影のために旅館に変えました。

 ダンスホールとは逆で、こちらはいろいろと手を加えましたね。

 たとえば、クラゲの水槽を設置したり、部屋の間取りをかえたり、といったことです。

 ホテルに関しては、主人公のチューの心の中の秘めたる狂気が、ある瞬間に想像として露呈してしまうシーンもあるので、けっこう細部までこだわって作ったところがありあました」

(※第四回に続く)

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第一回】

【「海街奇譚」チャン・チー監督インタビュー第二回】

「海街奇譚」ポスタービジュアル
「海街奇譚」ポスタービジュアル

「海街奇譚」

脚本・監督:チャン・チー

撮影:ファン・イー  視覚効果:リウ・ヤオ

音楽:ジャオ・ハオハイ  美術:ポン・ボー

共同脚本:ウー・ビヨウ

編集:シュー・ダドオ

出演:チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、

ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、

ウェン・ジョンシュエ

公式サイト  https://umimachi-kitan.jp

東京・Morc阿佐ヶ谷にて5/30(木)まで、横浜シネマノヴェチェントにて 6/17(月)〜6/21(金)、名古屋シネマスコーレにて 6/22(土)~6/28(金)公開

筆者撮影以外の写真はすべて(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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