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鳥羽周作氏の「新店が既に内定」が波紋! ミシュランガイドが完全に否定するワケ

東龍グルメジャーナリスト
「ミシュランガイド東京2023」発表会 (C) 東龍

連日シェフの名前が登場

鳥羽周作氏の名前が連日メディアに登場しています。これだけ毎日登場するシェフはなかなかいないでしょう。取り沙汰されている事案について、私は専門家ではないので何も言及することはありません。

ただ、気になったことがあります。それは、東スポWEBで掲載された「もう一個新しい店もミシュラン取るし。内定はきてるから」という発言。

鳥羽周作シェフの矜持 3000円鮭定食批判に反論「おいしいのは決まってる」/東スポWEB

星やビブグルマンなど、評価の内容はわかりませんが、新しくオープンする店がミシュランガイドに掲載されることが、内定しているということです。女性自身がこの発言を否定する記事を配信しています。

「内定することは一切ない」波紋呼ぶ鳥羽シェフの「内定きてる」発言をミシュランは全否定/女性自身

ミシュランガイドに確認したところ「内定することは一切ない」という回答を掲載。全否定されたということが記載されています。

ミシュランガイドへの取材

私もこれまでミシュランガイドに関する記事を書いてきました。近いところでは、次のような通りです。

話題の「ミシュランガイド東京2023」を読み解く 発表会に参加したグルメジャーナリストの視点(東龍)/Yahoo!ニュース

ミシュランガイドに初めて登場した「Newセレクション」とは? これから起きる3つの変化(東龍)/Yahoo!ニュース

遂にミシュランが始めた「アプリ」普及への課題 TableCheckと連携、予約の利便性を向上させる/東洋経済オンライン

「ミシュランガイド東京2022」が、コロナ禍でも「実食調査」にこだわった理由(東龍)/マネー現代

執行役員を務めるミシュランガイド事業部の責任者である本城征二氏や広報の方に何度も話を聞いており、ミシュランガイドの発表会にも参加して取材してきました。ミシュランガイドに掲載される色々なレストランにも話を聞いています。

私が見聞きしたことなどをもとにして、ミシュランガイドの内定について考察していきましょう。

ミシュランガイドの登場

まずミシュランガイドについて説明します。

ミシュランガイドを発行する世界的なタイヤメーカーのミシュランタイヤは、1889年にフランスでアンドレ・ミシュランとエドワール・ミシュランの兄弟によって創設されました。1900年8月に、車の利用者がより遠くまで快適に楽しくドライブできるようにと、タイヤの使い方や修理方法からガソリンスタンドの場所や休むための宿泊施設など、ドライバーにとって有用な情報をまとめた本を刊行。このガイドブックこそが、ミシュランガイドの記念すべき創刊号となりました。

1904年にはベルギー版、1905年にはベルギー・ルクセンブルグ・オランダ版、1907年にはアルジェリア・チュニジア版、1908年には初めてとなる英語版を刊行するなど、フランスだけに留まりません。

匿名調査と星の評価

1926年になって、おいしいレストランがあるホテルに星がつくようになり、1930年代には匿名の調査員制度を開始。「とても良質」が一つ星、「素晴らしく良質」が二つ星、「極上であり評判にふさわしい料理」が三つ星として評価されるようになります。1933年頃には「遠回りしてでも訪れる価値がある」「わざわざ訪れる価値がある」というように、タイヤメーカーらしい表現が登場しました。

現在採用されている、一つ星の「近くに訪れたら行く価値のある優れた料理」、二つ星の「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」、三つ星の「そのために旅行する価値のある卓越した料理」の原型です。

日本への上陸

2007年11月に発売された「ミシュランガイド東京2008」で、日本へも上陸します。全部で150店のレストランが掲載され、その内訳は、三つ星8店、二つ星25店、一つ星117店。以来、毎年刊行されるようになり、現在では「ミシュランガイド東京」など毎年更新される地域と、不定期の特別版にわかれます。

「ミシュランガイド東京2023」では、掲載店数は422店で、三つ星は12店。東京は世界で最も多くの星を獲得し、最も多くの三つ星を有する美食都市となっています。

デジタル化

ミシュランガイドの公式サイトもローンチされています。日本では、2015年4月16日に、ぐるなびとミシュランガイドが提携して、クラブミシュランという公式サイトを公開しました。2022年9月30日にクローズし、現在では世界のミシュランガイド公式ウェブサイトに日本のミシュランガイドセレクションも掲載されています。

公式サイトには書籍よりも早く情報が解禁。オリジナル記事が掲載されていたり、2023年3月からは毎月更新される「Newセレクション」も登場したりと、デジタル化に力が入れられています。

評価基準

調査の基準は世界共通です。料理のカテゴリーに関係なく「素材の質」「料理技術の高さ」「味付けの完成度」「独創性」「常に安定した料理全体の一貫性」を厳正に審査。調査員は調査であることを伏せて、通常の客と同じように予約してレストランで食事し、料金を支払います。

ミシュランガイドへの掲載可否や星の評価については、複数の調査員、編集長、ガイドブックの総責任者による合議制で決められており、公正かつ公平なシステムを構築。

評価は、あくまでも提供された料理に対してだけであり、空間やサービス、酒類の品揃えは関係がありません。ちなみに、酒類の品揃えが優れたレストランには「興味深いワイン」「興味深い日本酒」といったピクトグラムが付きます。

評価の有効期限は、次年度版の発行まで、もしくは、書籍の発行から1年までです。こういった厳格なポリシーのもと、1人の調査員が年間で400回以上も調査を行うといわれています。

最短での星

ここまで紹介してきたように、ミシュランガイドの調査は計画的かつ丁寧に行われています。

ミシュランガイドが公式に回答していますが、私も内定しているという話は聞いたことがありません。しかも、オープン前からとなると極めて異例でしょう。

2013年9月18日にオープンしたフランス料理「TIRPSE(ティルプス)」(2018年12月25日に閉店)は、同年12月6日発売の「ミシュランガイド東京・横浜・湘南2014」で一つ星を獲得。開業からわずか2ヶ月という期間で大きな衝撃を与えました。私も取材して記事を書きましたが、2ヶ月という短期間での営業でありながらもしっかりと調査され、オープン前に内定が決まっていたという話は聞きません。

ちなみに、調査対象となるレストランのリストアップをある程度終えて、調査は年初から春にはスタートしているようです。もちろん、後から調査するべきレストランがオープンしたらリストに加えて調査しています。

レストラン関係者の反応

レストラン関係者によって、調査員に関する認識が全く異なっているのは興味深いところ。「ミシュランガイドの調査員がきた」とすぐに連絡する方から、「毎年いつ訪れているのか、さっぱりわからない」という10年以上も星を獲得しているシェフもいます。

調査の後に、ミシュランガイドからアプローチがあります。写真や店舗データについて問い合わせや確認があったり、発表会へのインビテーションが送られたりします。こういったアプローチがあったにもかかわらず、掲載されなかったという事実を聞いたことはありませんが、この時点でも、どのような評価であるかはまだ知らされず、内定といわれることもありません。

「ミシュランガイド東京2023」発表会の三つ星店登壇 (C) 東龍
「ミシュランガイド東京2023」発表会の三つ星店登壇 (C) 東龍

発表会の招待については例外があります。たとえば、コロナ禍はオンラインでの開催であり、昨年は久しぶりに発表会を開催。その時には、三つ星、サステナブルなレストランが選ばれるミシュラングリーンスター、新規掲載店、アワード受賞者だけに声がかけられていました。

例年とは違っていたので、今年は星を落としてしまったのかと心配していた星の常連店も少なくありません。

デメリットしかない

ミシュランガイドが、内定と告げることに何のメリットもありません。

新しくできたばかりのレストランガイドであれば、掲載店の関心を惹いたり、協力を引き出したり、宣伝してもらったりするために、発表前に内定を告げるという選択肢は考えられます。しかし、ミシュランガイドは世界ではもちろん、日本でも最も知名度と影響力のあるレストランガイドです。

内定と告げることは、情報が事前にリークされ、発表会に水を差すリスクしか存在していません。ましてや、調査すらしていないレストランに星を確約することは、調査機関としての信頼性を完全に毀損する、致命的な危険性をはらんでいます。

公平公正を重要視

私は前述のクラブミシュランでも記事を書いており、ミシュランガイドの慎重さと謙虚さを承知しています。

ミシュランガイドの生命線は、正社員である匿名の調査員による地道で公平かつ公正な評価です。最近はレストランのランキングやアワードがたくさん登場しており、匿名であるはずの評価者がほぼ身バレしてしまっている評価機関もある中で、ミシュランガイドにとって調査の秘匿性は極めて重要。

ただ、秘匿性が高いが故に理解されにくく、透明性に疑問をもたれるケースがあります。したがって、ミシュランガイドが近年力を入れているのは、公平性と公正性の周知です。そのようなミシュランガイドが、事前に「あなたに一票入れる」=「レストランに星をあげる」と伝えるような、自己撞着に陥ることはとても考えられません。

今回の騒動によって逆に、ミシュランガイドの公平性と公正性が改めて知られるようになることを願います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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