アフリカでの「日中冷戦」は新たなステージへ――ビハインドは埋まるか
- 日本はアフリカ諸国に、中国の借金で首が回らなくなる「債務のワナ」から逃れるための支援を提案した
- これはアフリカ諸国の支持をめぐる「日中冷戦」が新たなステージに入ったことを示す
- ただし、中国はアプローチをアップデートしており、日本がそれに遅れれば、アフリカでのビハインドを取り戻すことは困難
第7回アフリカ開発会議(TICAD7)で打ち出された日本の支援からは、これまでにない手法でアフリカにおける中国の影響力に対抗しようとする姿勢がうかがえるが、日本政府の期待通りに進むかは疑問だ。
TICAD7での中国の影
8月28日から横浜で開催されたTICAD7は、30日に横浜宣言を採択して終了した。アフリカ諸国の首脳を招くこの会議は、冷戦終結後の1993年、日本が「政治大国」として国際的な発言力を高めるため、国の数の多いアフリカからの支持を集めることを大きな目的に発足。今回で7回目を迎えた。
TICAD7ではアフリカの開発が包括的に話し合われ、人材育成やイノベーションなどを含む経済、医療を中心とする社会、そして国境管理や選挙システムなどのガバナンス改善などで、日本が支援することが確認された。
その一方で、TICAD7では中国を念頭に、主に2つの合意がなされた。
第一に、「自由で開かれたインド太平洋構想」だ。これは違法操業船の取り締まりや海底資源の開発などを骨子とするが、「一帯一路」構想のもとインド洋にも進出著しい中国を牽制するものだ。
「債務のワナ」からの救済
第二に、より踏み込んだものといえるのが、アフリカ諸国が抱える中国からの借金の負担を軽減させるための支援だ。
中国は「一帯一路」構想の以前から、各地で膨大なローンを組んでインフラ整備などを推し進めてきたが、これはアフリカでも同じで、その規模は2000年から2016年まで分だけでも1240億ドルにのぼる。
債務が返済できなくなった場合、中国政府が担保として重要施設などを譲り受け、影響力を増す状況は「債務のワナ」と呼ばれる。
インド洋のスリランカが中国に港湾の使用権を99年間譲ったことは日本でも広く報じられたが、アフリカでも、例えばザンビアで2018年9月、中国との間で国営電力公社の譲渡が協議中と地元紙が報じ、大きな騒ぎとなった。また、中国海軍が基地を置くジブチでも、港湾の管理権が中国の手に渡る懸念は高まっている。
こうした背景のもと、TICAD7では債務管理アドバイザーの派遣や官僚を対象とする債務に関する講習の実施など、債務を増やさないための協力が盛り込まれた。
借金返済の支援
これに加えて、TICAD7で日本はアフリカ各国が中国からの借金を返済するための協力も打ち出した。とはいえ、もちろん日本が借金を肩代わりするのではなく、アフリカ各国が国際通貨基金(IMF)や世界銀行から融資を受けやすくするための技術支援である。
中国が融資にほとんど何も条件をつけないのと対照的に、IMFや世界銀行は融資の引き換えに財政赤字の削減などを求める。この条件の厳しさが、アフリカ各国を中国に向かわせた一因である。
しかし、中国からの借金が膨らむに連れ、アフリカには再びIMFや世界銀行に支援を求める動きも生まれている。今年4月、コンゴ共和国はIMFに支援を要請し、これと並行して中国とは返済期間の延長などの協議を開始。7月にIMFは約4億5000万ドルの融資を決定した。
こうした事態の発生は、中国にとって「高利貸し」のイメージがこれまで以上に広がることを意味する。TICAD7で日本がアフリカ各国をIMFや世界銀行に向かわせようとしたことは、この動きを加速させるものといえる。
「日中冷戦」のもとの援助競争
こうした日本の「中国封じ」は、アフリカをめぐる日中のレースが新しいステージに入ったことを象徴する。
アフリカ進出を図る日本政府の目には、2000年代以降、急速にアフリカに進出する中国が一種の脅威と映った。その結果、日本政府はアフリカ向け援助額を増加させ、これに中国も援助額の増加で応じる「援助競争」が本格化したのだ。
付け加えると、そこには「近親憎悪」の一面もある。医療や教育といった社会サービスを援助の柱とする欧米諸国と異なり、日中両国はインフラ整備が援助の中核を占める点で共通するため、なおさら差別化が難しいのだ。
こうして激化した日中のレースは、米ソが勢力争いのために援助を惜しまなかった冷戦時代を彷彿とさせる。
深層でのつばぜり合い
ところが、援助競争は日中にとって負担が大きく、永久に続けられるものではなかった。とりわけ、日本にとっては、対アフリカ貿易額で中国の約10分の1に過ぎない状況で援助が頼みの綱だったが、有権者のアフリカへの関心が低いなか、援助額を増やし続けることが難しかったといえる。
その一方で、一時は首脳会談すら行われなかった日中関係は、2017年頃から徐々に改善。昨年6月には安倍首相が「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と宣言するに至り、これと前後してアフリカを含む開発途上国での援助で日中が連携する協議も進められてきた。
これらを反映して、2016年のTICAD6では、援助の増額がストップ。一方、中国もこれとほぼ時を同じくして、援助の増額をやめた。こうして、金額を競う日中の援助競争は、ひと段落ついたのである。
ただし、日中の潜在的な緊張に変化はない。TICAD7で打ち出された債務管理は、公的な資金協力をこれ以上増やせない日本政府が、先述のコンゴで生まれたアフリカでの変化を踏まえて打ち出した新たな手法といえるだろう。
実効性への疑問
もっとも、こうした手法が日本政府の期待ほど成果をあげるかは不透明だ。そこには大きく2つの理由がある。
第一に、先述のように、IMFや世界銀行の融資の条件が厳しいため、多くの国が二の足を踏みやすいことだ。
さらに、IMFや世界銀行は1980年代、今の中国に先立ってアフリカで過剰な貸付を行い、各国を債務地獄に陥れた「前科」をもつ。しかもその際、IMFや世界銀行は融資をテコに各国の経済政策にまで介入した。これらの借金は後に減免されたが、少なくともアフリカ諸国からみてIMFや世界銀行への警戒心は強い。
そのうえ、アフリカ各国の政府は汚職が激しく、責任あるポストの人間が国家の将来より中国企業からのワイロを優先させても、取り締まりには限界がある。
そのため、日本の働きかけだけで、アフリカ諸国が雪崩を打ってIMFや世界銀行に駆け込むことは想定しにくい。
アップデート・レースの行方
第二に、中国が黙っていると思えないことだ。
中国政府はこれまで状況に応じて手法をアップデートしながらアフリカに進出してきた。中国企業の進出が雇用を生まないと批判されれば現地人の雇用枠を増やし、経済や資源だけに目を向けていると批判されれば国連の平和維持活動や無償援助も増やしてきた。
中国にとってアフリカは重要な足場であり、企業はともかく中国政府はそこでの悪評を避けようとする傾向が強く、これまでも二国間の協議で各国の債務を部分的に放棄してきた(結果的には無償で援助したことになる)。
そのため、今後アフリカ諸国がIMFや世界銀行に支援の要請をする動きが広がれば広がるほど、中国は債務返済の免除を増やすことも想定される。そのうえ、中国は出資額を増やすことによってIMFや世界銀行での影響力を大きくしている。
こうしてみたとき、日本政府の外交的メッセージはアフリカ各国の債務負担を減らす一つのきっかけになるかもしれないが、それだけで中国の圧倒的なプレゼンスがは揺らぐことは想定しにくい。
むしろ、中国政府へのプレッシャーはそのアップデートを促すきっかけにもなり得る。その場合、アフリカにおけるビハインドを多少なりとも挽回しようとするなら、日本もアプローチをアップデートし続けるしかない。TICAD7での「中国封じ」は、今後も続くであろう「日中冷戦」の一里塚に過ぎないとみた方がよいだろう。