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有名店で「Go To イート」による不可解な大量の食べ残し 謎に迫る9つの考察

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

「Go To イート」のポイント利用期限が延長

昨年末の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、食事券の新規発行が一時停止されたり、既に発行された食事券やオンライン飲食予約ポイントの利用を控えるように呼びかけられたりしました。

せっかく飲食業界が盛り上がっていましたが、「Go To イート(Eat)」は半端な形で尻すぼみしてしまった印象を受けます。

オンライン飲食予約のポイント有効期限は2021年3月31日までとなっているので、自粛との兼ね合いで困っていた人もいるでしょう。

しかし、3月31日まで予約すれば6月30日まで利用できるとアナウンスされ、救済策が講じられているのは評価できるところです。

粗はあったが飲食業界を盛り上げることに

「Go To イート」は全国各地で食事券の開始がバラバラになったり、オンライン飲食予約でサイトによって仕様に差があったりするなど、当初は粗が目立ちました。

しかし、結果的には飲食店へ訪れる人が増えたことから、飲食業界にポジティブなインパクトを与えたよい施策であったと思います。

有名店でほとんど食べずに退店

「Go To イート」が活気を呈していた頃、あるひとつのニュースが気になりました。

西荻窪にあるモロッコ料理店でのこと。「Go To イート」のオンライン飲食予約のキャンペーンで付与されたポイントを使って、男女のふたり客が来店したといいます。

料理が運ばれて来ますが、なぜかほとんど手を付けません。食べないのでスタッフが持ち帰るか尋ねると「いいです」と拒否。料理を残した理由を訊くと「個人の自由ですよね?」と答えたのです。

人気ドラマ「孤独のグルメ」のシーズン5でも紹介された有名店。加えて、客の行動が不可解であったことから、TwitterなどのSNSで大きな話題となりました。

どうして客がこのような行動をとったのか、考察したいと思います。

モロッコ料理は洗練された料理

本題に入る前に、モロッコとモロッコ料理について紹介しておきましょう。

モロッコは地中海に面した国であり、ポルトガルやスペインに対峙しています。西から順番に列挙すると、モロッコ、アルジェリア、チュニジアは北アフリカに位置しており、アラビア語で西を意味するマグレブと総称されています。

この地域の料理であるマグレブ料理は、アフリカの食材が使われていながらも、ヨーロッパの洗練された薫りが感じられるということから、独特の食文化を形成。野菜やスパイスをふんだんに用いていながらも、辛味はなくて食べやすくなっています。代表的な食べ物として挙げられるのは、クスクス、タジン鍋、ブリック。

モロッコ料理は美食料理として知られており、クミン、パプリカ、サフランといった上品なスパイスが使われています。牛肉と羊肉がよく食べられており、他のアラブ料理とは違って、あまりヨーグルトが用いられていないのも特徴的。緑茶を飲む習慣もあるので、日本に通ずるところもあるでしょう。

日本人からすればモロッコ料理と聞いても想像しにくいかもしれませんが、日本でも十分に受け入れられる要素があるのです。

口に合わなかった

では、本題に戻りましょう。

件の客は、なぜほとんど食べずに店を後にしたのでしょうか。すぐに思いつくのは、口に合わなかったという理由。

オンライン飲食予約のポイントを使ったということはオンライン飲食予約サイトを通じて事前に予約していたということです。したがって、モロッコ料理やアフリカ料理であることは知っていたはず。

しかし、実際に訪れてみると、想像していた料理とだいぶ違っていたかもしれません。味が苦手であれば、持ち帰りさえも拒否したことが納得できます。ただ、もしそうであれば、最低でもつくり手に配慮した言葉は必要だったでしょう。

しかし、疑問点があります。普通は数口くらい食べてみてから判断しますが、ほとんど食べていません。それなのに想像したものと違うと決めつけ、食べ残すのはよほどのことでしょう。

確かに、昆虫食であったり、動物の体がそのままわかる形で残っていたりする場合には、見ただけで食欲が完全に失せてしまうこともあります。ただ、この場合はタジン鍋だったので、見ただけで食欲が失せた可能性は低いのではないでしょうか。

映える写真を撮影するため

次に考えられるのは、インスタ映えやSNS映えする写真を撮影するためだけに訪れたというケース。

映える写真を撮影しに来ていたのであれば、いくつものアングルで何カットも撮影したりするものです。それならば店側も目的に気付いたと思いますが、このような様子はありません。

また、もしも写真が重要であったとしても、店で撮影を行った後、料理は持ち帰って自宅などで食べてもよいものです。しかし、持ち帰りも拒否しています。

写真を撮影するためだけに訪れたのも少し違うようです。

時間がなかった

時間がなかったというのは考えられるでしょうか。

仕事や用事の時間を勘違いしており、着席してから食事する時間がないことがわかったというケースです。そのため一口も食べている余裕がなく、急いで店を後にしたということが考えられます。

ただ、客がそこまで慌てていた様子はありません。それに、時間がないだけであれば、食べ残した理由について答えてもよさそうなものです。

食べる気分ではなくなった

最初は食べる気分であったのに、料理が運ばれて来た時に食べる気分でなくなったというのは、どうでしょうか。

たとえば、訪れた男女が口論してしまったり、何か悲しいことを思い出してしまったり、体調の異変があって食欲がなくなってしまったりすることもあります。

ただ、客の体調がおかしかったり、客のテーブルに微妙な雰囲気が流れていたりしていれば、サービススタッフは気がつくものです。

このような様子が窺えなかったので、この可能性も少ないように思います。

アレルギーがあった

アレルギーが原因である場合はどうでしょうか。

小麦でできているクスクス、モロッコ料理でよく使われる牛肉や鶏肉はアレルゲンとなります。したがって客が、これらのアレルギーを持っていれば、一口も食べられず、食事を終えることは理解できます。

ただ、アレルギーを持っているのであれば、健康を損なったり、生命に関わったりするので、極めて慎重になるもの。普通は事前に料理の詳細を訊いてからオーダーします。

したがって、アレルギーがありながら、何も訊かず、届いてからやはり食べられないというのは考えにくいでしょう。

信仰によるタブー

信仰上の理由も考えてみましょう。

モロッコの国教はイスラム教なので豚肉は使われていませんが、牛肉は使われています。例えば、客がヒンドゥー教徒であり、牛肉がタブーとなっていれば、食べられないとなるのは理解できるかもしれません。ただ、写真を見てみるとタジン鍋に使われているのは、牛肉ではなく羊肉のようです。

それに宗教上の禁忌であれば、アレルギーと同じように、オーダー前に必ず料理の詳細について尋ねるはず。

客がビーガンであったり、ベジタリアンであったりする場合も同様です。

同業者による情報収集

ここまで色々な可能性を考えてきましたが、ほとんど食べずに残した理由には辿り着きませんでした。次は、訪れたのが通常の客ではないとして考えてみます。

まず、他の飲食店など同業者による情報収集であることは考えられるでしょうか。

もしも訪れた客が同業者であったとすれば、全てを食べ終えるかどうかは別にして、しっかりと料理を味見するものです。内装やサービスを主に見に来ることもあるかもしれませんが、さすがにほとんど食べないということはないでしょう。

領収書も請求することが多いですが、この件ではそれもなかったようです。

メディアによるリサーチ

同業者の情報収集と似たものに、メディアによるリサーチがあります。

テレビや雑誌など、番組や記事の企画に適しているかどうかを調べるのが目的です。もしも、リサーチで訪れたのであれば、スタッフにいくつか質問を投げかけたり、最後に領収書を請求したりします。

しかし、このような様子もなかったので、その可能性も低いでしょう。

レビューで訪問

レビューで訪れたとは考えられないでしょうか。レストランガイドの審査や覆面調査で訪れたりする場合です。

値段とボリュームのバランスを評価することも重要なので、レビューでは基本的に全て完食します。しかし、件の客は完食するどころか、ほとんど料理を食べていません。味見すらできていない状況なので、レビューだということはないでしょう。

飲食店を支える「Go To イート」であってほしい

ここまで様々な考察を試みてきましたが、件の食べ残しが納得できるようなケースは見当たりませんでした。単なる嫌がらせや憂さ晴らしだったのでしょうか。

ただ、いかなる場合であったとしても、お金を支払えば、何をしてもいいということはありません。世界でSDGs(持続可能な開発目標)が推進され、食品ロスの削減も進められている時代に、故意と思えるような大量の食べ残しは理解に苦しみます。

料理人やサービススタッフに対してはもちろん、生産者や食材に対しても大変失礼です。常識を超えた食べ残しをするのであれば、何かしらの事情を説明するべきだったでしょう。

もしも、オンライン飲食予約で簡単にポイントを獲得できたことによって、気軽に食べ残せるようになったとすれば、極めて残念です。飲食店を応援するための「Go To イート」が、経済的な面ではもちろんのこと精神的な面でも、飲食店を支えるものになることを心から願っています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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