ノルウェーの選挙運動 (1) 選挙小屋で起きる人間ドラマと各党の政策PR
9月11日は、ノルウェー国政選挙の投票最終日となる。全国各地では、有権者の支持を集めようと、各党が必死に政策PR中。
ノルウェー独特のものといえば、選挙小屋ともいわれる、各党の個性あふれるスタンドだ。
選挙運動中、言論内容や配布物などに関しては特に厳しい決まりはない。
今回は、選挙活動中の様子を一部まとめてみた。
オスロにあるカール・ヨハン通りには、観光客や地元民など、多くの人が集う。
国会議員に話しかけやすい雰囲気づくり
アーナ・ソールバルグ首相が所属する保守党では、ミカエル・テッチネール国会議員がマイクで党の政策を伝えていた。
聞き入る通行人もいれば、数分で立ち去る人もいる。
議員が話し終わった後、一人の男性が怒った様子で議員に近づいていった。年金制度について不満があり、テッチネール国会議員に言いたいことがあったようだ。
「あなた自身は働いた経験があるのか!?」と意気込んでいたが、男性は議員と話して落ち着いたようで、最後には「ありがとう」と言って、拍手をして立ち去った。
テッチネール議員は、実は保守党の有名な政治家だ。
1980年代より政治家を務めながら、弁護士や私立大学BIなどにも勤務していた(政治家は副業していることが多い)。かつては、オスロ市議会で政治的に最も大きな権限をもつ行政部リーダーも務めていた人物だ(日本でいう知事にあたる)。
インタビューで、「私は国会で議論することのほうが好きなのですが、通りで市民と話すと、役立つフィードバックがきますよ。先ほどの人のように、年金について批判的な意見がある人とも、意見交換をします。検閲されていない、まっすぐな意見がくるので貴重です」と語った。
各党の違いを知ってもらうために、たくさんの議論イベント
進歩党の選挙小屋前では、他党との議論タイムが始まっていた。各党は隣同士に立っているので、市民に政策の違いを知ってもらうために、議論するイベントを設ける。
この時に議論をしていたのは、「右派ポピュリスト政党」とされ、道路の建設や油田開発などに積極的な「進歩党」。そして、車よりも自転車などの移動を推奨し、油田開発を縮小させたい「緑の環境党」だ。最も対立する両党なので、政策の違いは分かりやすい。
進歩党の代表として議論していたのは、オスロ市議会に座るカール・I・ハーゲン氏。
ノルウェーの政治や社会の教科書には、必ず紹介される有名な人物だ。保守党の元党首でもあり、難民申請者や移民などの受け入れに、厳しい発言をする。
筆者の記事では、同党の現党首でもあるイェンセン財務大臣や、リストハウグ移民・社会統合大臣がよく登場する。そして、この党の根幹を築いた最も重要な人物といえばハーゲン氏なのだ。「怖い」、というイメージを抱いている在住外国人は多いかもしれない。
1973年からずっと政治家をしてきたハーゲン氏に、このような選挙小屋は当時からあったのかを聞いた。
「私が政治家になった時から、ずっとありましたよ。私が進歩党で党首をしていた国政選挙の時は、4週間の間に110回のスピーチをこなしました」と、昔を振り返る。
「通りで市民と話すことは重要。ノルウェーの政治家は市民と気軽に話ができる距離にいます」。
「20年前に妻とIKEAで買い物をしていた時のことです。偶然、すぐ近くには、当時の グロ・ハーレム・ブルントラント首相(初の女性首相、労働党党首)が、ご主人と一緒にいました。彼女にはセキュリティはついていませんでしたよ。この国は平和なのです」。
選挙中に市民との会話が増える時、移民などから声をかけられることがあるかと聞いてみた。
「移民もたくさん話しかけてきますよ。私たちに同意している人だっています。20年前にやってきた彼らは、必死にノルウェー語を学び、自活してきました。福祉制度を利用したくて来る人がいる今の流れを、好まない人だっているのです。オスロの一部の地域では、移民問題で喧嘩などが起きています。私はこのことを30年も前から注意していたのですけれどね」。
ハーゲン氏と話した後、進歩党の隣には、左派陣営をまとめる最大政党の労働党のスタンドがあった。
党のマークでもある、本物のバラの花を党員が配布中、立ち寄っていたのは子どもたちだった。
労働党は移民やイスラム教徒に寛容とされている。労働党の党員の前で、子どもたちは突然、対立する保守党の首相の顔が描かれたバッジを、足で激しく踏み始めた。彼らなりの、意思表示だったのだろうか。保守党・進歩党の連立政権には、苛立ちを覚える人が多いのも事実だ。
意見が異なる人が集う選挙小屋エリアでは、小さなドラマが発生しやすい。この国の民主主義のかたちだ。
自転車乗りとハイタッチして党の宣伝
翌日、朝早くに向かったのはサーゲネ地区。自転車での移動を推奨する緑の環境党が、サイクリストに「ハイタッチ」をしていた。
「自転車で通勤してくれて、ありがとう!ハイファイブ!」と声かけをしながら交流。
これでは政策パンフレットは配布できず、会話することもできない。だが、ハイファイブだけで、党が重要視していることは自転車乗りには伝わっているだろう。オスロ市議会で権力をもつ同党は、猛スピードで自転車道を増やしている。
木を置いておくだけで、党の宣伝
ノルウェーの政党は、市民と会話せずとも、党の個性を「視覚」だけで伝えることが得意だ。
首都中心の権力を嫌い、地方への権力分散、地方に住む農家たちに支持されているのは、「中央党」(野生オオカミ駆除に最も積極的)。
緑色のロゴが目立つ車の側に倒れているのは、大きな木だった。自然がある「地方」と同時に、林業なども連想させる。党員が立っていない間も、通り過ぎる人の印象に残るような工夫がされていた。
「ノルウェーの選挙運動」、次回に続く。
Photo&Text: Asaki Abumi