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スペイン優勝と映画で考える、「不法移民とサッカー」

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
EUROでMVP級の活躍ニコ・ウイリアムスの両親は不法移民だった(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

EURO2024で優勝したスペイン代表。なかでもMVP級の大活躍をしたのが、ニコ・ウイリアムスだ。彼は不法移民の子である。

ニコの両親はガーナからやって来た。サハラ砂漠を渡り国境の高い金網をよじ登り、アフリカのスペイン領メリージャに入った。そこで難民申請をしたのだが、紛争地域出身だと追放されないので、「リベリア人」と嘘をついた。

■映画の主人公とニコの両親の共通点

このニコの両親の命懸けの冒険が実際どんなものだったか、の理解を助けてくれるのが、映画『イオ・カピターノ』である。

略奪と死。映画『イオ・カピターノ』はアフリカからの不法移民の過酷な姿を描く
略奪と死。映画『イオ・カピターノ』はアフリカからの不法移民の過酷な姿を描く

原題『Io Capitano』は「僕が船長だ!」の意で、ポンコツ船を操って欧州(イタリア)に着いた時の主人公の歓喜の叫びから名付けられている。ニコの両親が陸路での欧州入りだったのに対し、この映画の主人公セイドゥは海路で欧州入りをするわけだが、地中海を渡るのも命懸けだが、同じくらい命懸けなのが砂漠を渡ることだ。

脱落は死を意味する。

トラックで走る時は荷台から振り落とされれば終わり。徒歩の時は仲間のリズムに取り残されれば終わり。周りに助ける余裕はなく、間違いなく渇死する。ニコの母親は熱砂を裸足で渡ったそうだが、映画にもそんなシーンが出てくる。

船に乗っても溺死と渇死の危険は常にある。ろくに飲まず食わずの地獄行で、過酷な自然と戦い続ける。さらに悪いことに、移民を喰い物にする邪悪な人間とも戦わねばならない。盗賊、マフィア、人身売買組織……。

ニコの両親がやった金網登りも実は命懸けで、22年6月には将棋倒しや警官の暴力で37人が死亡し76人が行方不明になる悲劇があった。

■「不法だから追い返せ」が通用しない理由

さて、こうして命からがら辿り着いた不法移民たちを私たちはどうするべきだろうか?

「不法なんだから追い返せ」という意見はスペインにもある。しかし実際、目の前で溺死もしくは渇死しかけている人をあなたは「追い返す」ことができますか? 赤ん坊を抱いた母親や保護者のいない未成年者もいるのに。

不法だから追い返せ、という理屈はわかるが、自分がその場にいれば「助ける」が自然な反応だと思う。

「海岸に移民の船が漂着してバカンス中の人たちが総出で救助した」というのがたまにニュースになる。救助した人の中には不法移民に批判的な人もいたことだろう。排外思想の持ち主でも人種差別主義者でも、目の前で人が死にかけていればミネラルウォーターを差し出したり、バスタオルで包んであげたりを反射的にしてしまうと思う。それが人間だ。

まず命を救うこと。移民政策の話は後ほどすればよろしい。

命懸けで砂漠を越え、地中海を渡る。脱落したら即死である。『イオ・カピターノ』の1シーン
命懸けで砂漠を越え、地中海を渡る。脱落したら即死である。『イオ・カピターノ』の1シーン

というわけで、不法移民であってもまずは救助される。病院につれて行かれ、衣食住を与えられる。そうして司法の判断を持つ。

もし国外追放という判断が出たら次なる問題が浮上する。中央アフリカから来た人たちをどこへ返すのか? 隣接するモロッコへか? ニコの両親はモロッコとの金網を乗り越えたが、「金網の向こうに返して終わり」で済むわけない。

■「人道主義」は美しく耳に優しいが

さりとて、「かわいそうな移民たちを受け入れよう!」なんてヒューマニズムも解決策にはならない。

確かに、EUROでのスペイン優勝は多様性の勝利であり、寛容さの勝利だった。

ニコとともに大活躍したラミン・ヤマルもまた移民の子供である。父はモロッコ出身、母は赤道ギニア出身。祖母を訪ねてやって来たのでこちらは合法移民だけど。

フィジカルに優れたアフリカ系の移民の子供たちはスペインを強くした。ニコ、ヤマルともスペインに生まれにくいドリブラーだったことはフィジカルの違いに関係しているかもしれない。

ニコの母親は裸足で砂漠を渡った。『イオ・カピターノ』の1シーン
ニコの母親は裸足で砂漠を渡った。『イオ・カピターノ』の1シーン

『イオ・カピターノ』の主人公はバルセロナのシャツを着ているし、仲間にもサッカーのシャツを着ている者がいる。欧州サッカーは憧れの豊かな欧州の象徴なのだ。

移民一世の主人公らにサッカーをやっている余裕はないが、息子の世代にはスペインの優秀な育成部門に飛び込む者も出てくるに違いない。

もっとも、こうした事情を勘案しても「EUROの優勝はスペインの移民政策を正当化しない」。だって、誰もがニコやヤマルになれるわけではないから。

■社会的・経済的に不法移民を支え切れない

スペインの失業率は10%を超えている。

そんな中、言葉と適応にハンディを抱える不法移民たちが仕事を見つけるのは簡単ではない。貧すれば鈍する。金に困れば犯罪に手を染めてしまいかねない。

不法移民の増加と犯罪の増加に関係があるとすれば、それは彼らが悪人だからではなく、彼らが自立できるだけの仕事がこの国にないからだ。

無理はない。

スペインの景気は悪くなく一昔前は20%台だった失業率もここまで下がってきたのだが、それ以上に不法移民が増えている。

内務省のデータによると、今年1月から7月までの不法移民の総数は2万9000人で、前年比8割増。1日当たりでは136人となる。毎日、毎日休まずこれだけの移民が海を渡り、陸を越えてやって来て、このままのペースだと年末には5万人に迫る計算だ。今年の不法移民だけで小さな市が1つできてしまうのだ。

すでにスペインの社会的・経済的キャパを超えていないとすれば、超えるのも間近だろう。

「追い返せ!」でもダメ、「受け入れよう!」でもダメ。理屈を通してもダメで、情に訴えてもダメ。

スペイン優勝が見せてくれたのは、不法移民問題の明るい一面だけだ。

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たぶん日本未公開だが、紹介すべき映画。『マイシャベル』、『地中海 海の掟』

追記: 『地中海 海の掟』は『地中海のライフガードたち』という邦題で限定公開された。『難民映画祭』というのがあり、『イオ・カピターノ』もこちらで上映されるかも

※映画写真の提供はサン・セバスティアン映画祭

『イオ・カピターノ』のマッテオ・ガローネ監督
『イオ・カピターノ』のマッテオ・ガローネ監督

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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