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サッカー界のためにも良かった。スペイン、EURO優勝の仕組みを解説

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
こう見るとまだ17歳だなと思う。ヤマルとニコに全振りした監督の勇気がカギだった(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

スペインがEURO2024決勝でイングランドを破り欧州王者となった。これはサッカー界のためにも良かった。優勝チームは今後の見本になる。スペインを見本にするチームが現れた方が、イングランドを見本にするチームが現れるよりも、サッカーは楽しくなるのだ。

なぜか?

■「点を取れ。そのためにタレントを生かせ」

スペインの総得点は15だった。対してイングランドは8得点である。サッカーの華はゴールだ。単純に、華をたくさん見せてくれた方が見ていて楽しい。プロサッカーはショーなのだから観戦者を楽しくしてナンボである。

つまり、今回のスペインの優勝は「失点の心配よりも得点の心配をせよ」というメッセージだった。

では、得点を取りに行くためにスペインは何をしたか?

手持ちの攻撃タレントを生かすサッカーをした。

今回のスペインには右にラミン・ヤマル、左にニコ・ウィリアムスという1対1で抜けるタレントがいた。前者が決勝の前日に17歳になったばかりで、後者が同前々日に22歳になったばかりと若かったが、経験不足のネガティブさよりもタレントの大きさのポジティブさに賭ける勇気がルイス・デ・ラ・フエンテ監督にはあった。

イングランド相手に先制点を挙げたニコ・ウィリアムス
イングランド相手に先制点を挙げたニコ・ウィリアムス写真:ムツ・カワモリ/アフロ

実は予選ではヤマルとニコに任せるサッカーはしておらず内容も良くなかったのだが、シーズン中の2人の出来を見てスタイルを変更し国内でも高くなかった下馬評を引っくり返した。デ・ラ・フエンテのU-19以降のアンダー世代監督を歴任してきた実績が生きた。

変更内容は以下の通り。

①中盤の3人の並びを「1ボランチ+2インサイドMF」から「2ボランチ+1トップ下」に変えた。中央の守りを横に広げてサイドから攻めるためのリスクヘッジをした。

ヤマルとニコは守備時には大きな穴になる。体ができておらず当たり合いには勝てないし、そもそもドリブラーというのは突っ掛ける際にボールを失うので、失った本人がファーストプレスには行けない。なので、主にボランチの2人(右ロドリ、左ファビアン)、時にはSBの2人(右カルバハル、左ククレージャ)に代わりに行ってもらわないといけない。1ボランチでは守備のカバーが間に合わないのだ。

天才に若さは関係なかった。あのゴールがなければカウンター最強のフランスに普通に負けていたはず
天才に若さは関係なかった。あのゴールがなければカウンター最強のフランスに普通に負けていたはず写真:Maurizio Borsari/アフロ

②伝統のボールポゼッションを捨てた。

GKやDFから直接ヤマルとニコにボールを渡すか、まずCFモラタに当てて次にヤマルとニコに渡した。スペースがある状態で1対1をさせるためには、ボールを奪ったらなるべく早く渡した方がいい。スペースを埋められサポートがやって来る前に。

そのためにはロングパスが一番だ。ロングパスだと当然、精度が下がってボール支配率は下がる。スペイン伝統のポゼッションサッカー(足下にショートパスを繋ぎ崩す)は捨てざるを得ない。が、W杯優勝(2010)、EURO連覇(08、12)時の左右サイドにはビージャやイニエスタやシルバやペドロがいた。彼らはトップ下や点取り屋タイプで、ヤマルやニコのような1対1のできるウインガーではない。

サッカーはスタイルありきではない。手持ちのタレントに合わせてサッカーを変えるべきで、ポゼッション向きのタレントがいた時はポゼッションサッカーをして、ウインガーがいるからポゼッションにこだわらないようにした。

それだけのことだった。

■「待ちのサッカーではタレントが死ぬ」

実はタレントの数ではイングランドの方が勝っていた。しかしサウスゲイト監督がタレントを生かすサッカーをしていたとは言い難い。

パーマーの見事な同点ゴール。イングランドは果たしてタレントを生かしていたか?
パーマーの見事な同点ゴール。イングランドは果たしてタレントを生かしていたか?写真:ロイター/アフロ

ケイン、パーマー、ワトキンスの昨季のゴール数を合わせるととんでもない数になるのだが、なぜケインの1トップでパーマーとワトキンスの出番がほとんどなかったのか? 2列目の飛び出しでゴールを量産したベリンガムがなぜサイドに置かれ、トップ下か右サイドで得点もアシストも稼いだフォーデンがなぜ左サイドでプレーしなければならなかったのか? サカなんてとんでもないドリブラーなのに、右SBのウォーカーはなぜ上がってマークを引き付け、もっと彼のドリブルが生きるようにお膳立てしなかったのか?

これら疑問の答えは「守備重視のリアクションサッカーをした」で片付く。

退屈であくび連発のサッカーをしていたイングランドが準決勝オランダ戦、決勝スペイン戦と尻上がりに面白くなったのは事実である。だから、優勝のチャンスもあった。だが、オランダとスペインが攻めに来てくれた(=アクション)お陰で、イングランドのリアクションサッカーが生きたのだ。

ベリンガムのオーバーヘッドの同点ゴール。劇的だったが、問題はスロバキア相手に終了間際までリードされたこと
ベリンガムのオーバーヘッドの同点ゴール。劇的だったが、問題はスロバキア相手に終了間際までリードされたこと写真:Maurizio Borsari/アフロ

リアクションサッカーというのは、ボールを奪いに行かず、ボールロストを誘いに行かず、敵陣に入らず、自陣で辛抱強くロストを待ってカウンターで攻撃する、というもの。「待ちの姿勢」で受動的だ。リアクションサッカーでも勝てる。弱小国が勝利への最短距離としてそれをやるのは尊敬に値する。

しかし強国でタレントがいるのなら、やはり能動的な、アグレッシブな、積極的な、攻撃的なサッカーをしてほしい。見ている方も面白いし、やっている選手の方も楽しいだろう。

この大会、強国のリアクションサッカーで失望させられたチームとして、イングランド、オランダ、フランスを挙げておく。

このうち、フランスはリアクションサッカーの最強国だったと思う。スペインも先制された後に救世主ヤマルが天才ならではの今大会一番美しい同点ゴールを決めていなければ、必殺のリアクション=カウンターで普通に負けていただろう。

だけど、フランスにはリードされた後にアクションに切り替えるギアがなかった。受動的なサッカーを能動的なサッカーに切り替えられなかった。

鼻の負傷が響いたか。世界最高のFWエムバペも結局1ゴールに終わった
鼻の負傷が響いたか。世界最高のFWエムバペも結局1ゴールに終わった写真:ロイター/アフロ

単純に言えば、アグレッシブに守備をして「敵陣で」ロストを「誘って」(「自陣で」ロストを「待って」ではなく)攻め続けるオプションがなかった。エムバペもデンベレもバルコラもオフェンシブなタレントだが、プレスができるアグレッシブなタレントではなかった。デシャン監督にもそれを補うプランがなかった。

それが唯一できていたのがドイツだ。

ドイツはそもそも能動的なチームなのだが、失点して点が必要となると、肉弾戦最強のフュルクルクを投入するわ、DFの数を減らすわ、3バックにクロースを組み込むわと、さらに能動的にシフトして、スペインを自陣ゴール前に釘付けにした。

それでも勝ち上がれたのは、ゴールポストがシュートを防いでくれたとかハンドでPKの笛が吹かれなかったとかの幸運のお陰である。本当に強いし、ナーゲルスマン監督の引き出しの多さにも驚いた。ちなみにスペインが国際大会で開催国を破ったのは初めて。

今回の優勝で、「実はドイツ最強説」が補強されたのではないか。

■「サッカーはフェアだった」

スペインの優勝は記録ずくめだった。

4つの世界王者(イタリア、ドイツ、フランス、イングランド)を破っての優勝。通算4度の優勝は最多。全勝(引き分け扱いのPK戦もなかった)の王者は16チーム参加のEURO1996以降初めて(現在は24チーム参加)。15得点はEURO1996以降で最多。得失点差11はEURO1996以降で最多タイ……。

サッカーでは内容が勝敗に反映されるとは限らない。圧倒的に攻めても勝てるとは限らない。

クロースを軸に据えたドイツは本当に強かった。世が世なら優勝してクロースかムシアラがMVPという展開もあった
クロースを軸に据えたドイツは本当に強かった。世が世なら優勝してクロースかムシアラがMVPという展開もあった写真:ロイター/アフロ

元ヴィッセル神戸監督のファンマ・リージョには「勝つのに敵陣に入る必要がない唯一のスポーツがサッカーだ」なんて言われたことがある。バックパスがオウンゴールになったり、キックオフを直接ゴールに蹴り込まれることがあるから。

理屈上は攻めた方が得点の確率が上がり勝利の確率も上がる。だが、確率が上がるだけで必ず勝てるとは限らない。得点が多く入るスポーツなら攻撃頻度と勝率は正比例するけども、1-0が普通でジャイアントキリングが珍しくないサッカーではそうではない。サッカーは内容と結果が一致しないという意味ではアンフェアなスポーツなのだ。

3勝3分1敗で得失点差2のイングランドにも勝つチャンスがあった。

特にパーマーのゴールで同点に追い着いた73分から、オヤルサバルの決勝点が入る85分までは勝ち越しのチャンスだった。また、86分のCKからのヘディングシュートがゴール内でダニ・オルモにクリアされず同点になっていたら、体力優位のまま延長戦に臨めたはずだ。

優勝を決めるゴールを挙げたオヤルサバル。彼、ミケル・メリーノ、スビメンディと、久保建英がいるソシエダ勢が裏で支えたチームでもあった
優勝を決めるゴールを挙げたオヤルサバル。彼、ミケル・メリーノ、スビメンディと、久保建英がいるソシエダ勢が裏で支えたチームでもあった写真:ロイター/アフロ

デ・ラ・フエンテ采配にも疑問があった。

モラタからオヤルサバルへのスイッチは早過ぎるように見え、その交代直後にイングランドに追い着かれた。そのイングランドの得点は、オヤルサバルのシュートが力なくGKピックフォードの手に収まってからのカウンターによって生まれた――と、スペインの流れも悪くなっていた。もっとも、肝心の決勝ゴールをそのオヤルサバルが決めてしまうのだから、監督の見立てに脱帽するしかない。

そんなことをすべてひっくるめ、大会全体を見渡しても今回のスペインの優勝はフェア――内容と結果が一致したもの――だったと言える。最も優勝に相応しかったチームが順当に優勝した。スペインが「ごめん」と一言詫びを入れないといけないとすれば、それはドイツに対してだけである。

結局はこの人(右)のお陰。失礼な質問をしてすみませんでした
結局はこの人(右)のお陰。失礼な質問をしてすみませんでした写真:ロイター/アフロ

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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