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思い込み厳禁。映画『ストレンジ・ダーリン』があなたの偏見を炙(あぶ)り出す

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
「ワンナイトラブは危ない」なんて陳腐な教訓にならなかったのは時系列バラバラのお陰

『ストレンジ・ダーリン』(原題:Strange Darling)は6章で構成され、いきなり第3章からスタートする。

「章で構成」と聞くと、また長い(しばしば冗長な)作品を見せられるのかと、うんざりするが、97分と平均的な長さ。オープニングからテンポ良く面白くドキドキで一気に見られる。

時系列がバラバラに語られるお話を頭の中で再構成するのは面倒臭い、と思うかもしれないが、むしろ逆。ちゃんとサプライズとショッキング映像交じりの謎解きになっていて、再構成こそが作品のお楽しみとなっている。

※『ストレンジ・ダーリン』のオフィシャルサイトはここ

■自分騙しに気付く、構成の妙

これ、時系列通りに語られたら、普通に「変な人のお話」になる。バラバラだからこそ面白い。

というのは、私たちが予想するお話の全体像というのが、私たちの偏見の産物だった、と見ていくうちに気が付かされるからだ。

『ストレンジ・ダーリン』の1シーン
『ストレンジ・ダーリン』の1シーン

この「気付き」こそが、実は作品の最大の楽しみで、お話自体は「素材」に過ぎず、バラバラの構成は「仕掛け」に過ぎない。過ぎないのだが、素材も仕掛けもよく練られているので、老若男女、見た人はみんな一様に自分の偏見に気付く。で、その偏見というのは老若男女似通っているはず。だって「個の偏見」というより「社会総意の偏見」と言えるものだから。

詰まるところ、「偏見」というのは「自分騙し」であって、見終わると、偏見で目が曇っていて真実が見えていなかったことに気付けてスッキリする。

ありがとう、って感じ。結構な血の量と残酷描写がある作品なんだけど。

本当は偏見の内容を書きたい。

最近のスペイン社会は結構、組織的にこの偏見を拡大している面もあるのだが、ネタバレになるので止めておく。

『ストレンジ・ダーリン』の1シーン
『ストレンジ・ダーリン』の1シーン

■時系列バラバラには名作が多い

『ストレンジ・ダーリン』(J・T・モルナー監督)で改めて思ったのは、時系列バラバラは、単なる頭の体操、パズル遊びではダメだ、ということ。わざわざバラすのなら、基本の「見ている者を混乱させる」以上の意図を持ってやってほしい。

その意図とは、『ストレンジ・ダーリン』なら「あなたの偏見を炙(あぶ)り出す」だ。

時系列バラバラには名作が多い。

『メメント』(クリストファー・ノーラン監督)なら、その意図は「新しい記憶を数分間しか保てない主人公の体験を追体験させる」

白黒のシーンは普通に過去から未来に時を流し、カラーのシーンは未来から過去へと逆行させて、それぞれを交互に挟み込む、という映画史上最難関の構成となっており頭が痛いが、苦労をする甲斐は十分ある。

ラストシーンがクライマックスではなく、クライマックスをカラーと白黒の結合点に置く、という意外性ある構成の素晴らしさ。人間という生物の悲しさに気付かせてくれる教訓の奥深さ。時系列バラバラ作品の金字塔である。

『オープン・ユア・アイズ』(アレハンドロ・アメナバル監督)なら、「夢と現実をごちゃ混ぜにする」

現在の状況とフラッシュバックは全然辻褄が合わない――ように見えるが、最後は辻褄が見事に合う。SFとしてもホラーとしても一級品で、これでアメナバルは世界デビューした。美醜をテーマにした作品としても誠実かつ残酷で、『A Different Man』の何倍も心に刺さる。公開当時はサラマンカ大学在学中でレポートの課題として分析したことも懐かしい。

『ストレンジ・ダーリン』の1シーン
『ストレンジ・ダーリン』の1シーン

『アレックス』(ギャスパー・ノエ監督)なら、「過去は不可逆で取り返しがつかない」

普通の時系列なら、「ある決断→悲劇→それによって起こるさらなる悲劇」という順になるが、その時系列を逆行させることで、「大きな悲劇」を最初に散々見せられてから遡(さかのぼ)ってみたら、そもそも原因は「ほんの些細な決断」にあったことが強調される。文章における倒置法みたいなもの。

幸せな人生とはかくも脆く地獄になるのか……。

これ、時系列順に並べ直した新バージョン『アレックス STRAIGHT CUT』も見たが、やはり旧バージョンの方が衝撃が段違いに強い。最初に見るなら旧バージョンを!

『怪物』(是枝裕和監督)なら、「同じことが人によって見え方が全然違う」

最初にある人物の視点で物語を追い、私たちに「あいつ酷い奴だな」と思わせておいて、その酷い奴視点でもう一回同じ物語を追い直す。すると、“怪物=加害者”と“怪物の被害者”が入れ替わる。モンスターペアレントとかモンスター教師とかいう予備知識は、真の怪物探しの邪魔になるだけ、と教えてくれる。

『ストレンジ・ダーリン』は以上の名作とは比べようもないが、時系列バラバラの良さがよく出ていて入門編としておススメしたい。

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※写真提供はシッチェス国際ファンタスティック映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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