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映画『MadS』、“カメラを止め”なかったシリアスなゾンビパニックの出来は?

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
噛まれて流血。こんな当たり前のシーンもワンカットだと大問題に

この作品には凄い部分と、凄くない部分がある。

■『カメラを止めるな!』との違い

凄いのは全編ワンカットのゾンビ映画であること。ワンカットのゾンビものというのは『カメラを止めるな!』の前半部分と同じなのだが、あれよりはるかにキツイ。

※『カメラを止めるな!』の公式WEBはここ

『カメラを止めるな!』は37分間だが『MadS』は89分間だし、見た人は覚えていると思うが、『カメラを止めるな!』にはカメラマンが転ぶシーンがあってもそのままいっている。後半部分がタネ明かしになっているので、転ぶのもご愛嬌、ギャグになるわけだが、もちろんシリアスなソンビもののこっちは、そういうわけにはいかない。

俳優側も撮影側もミスをしたら終了、一から撮り直し、という条件で、ゾンビものを撮ることがいかに困難か?

■ワンカットの大問題:血糊と特殊メイク

※以下、少しネタバレがあります。白紙の状態で見たい人は読まないでください

例えば、ゾンビ映画なら当たり前のゾンビに噛み付かれて血が噴き出るシーン。これ、普通の撮影なら一度カメラを止めて、血糊を仕込んでから撮影を再開すればいいわけだが、ワンカットだとそういうわけにはいかない。

血糊はあらかじめ仕込んでおくか、あるいはカメラの見えないところでその場で仕込まないといけない。

『カメラを止めるな!』でも、カメラの死角に隠れたスタッフがバケツに用意していた血糊を体にかけておく、なんてシーンがあったけど、あれだ。

『MadS』の1シーン
『MadS』の1シーン

『MadS』でもいたるところで血が出てくる。ナイフで滅茶苦茶に刺して血が噴き出すシーンは、ナイフの内部か包帯の下に血糊を仕込んでおいたのだろう。

撃たれて弾丸が体を貫通、背中も胸も血だらけになるシーンは、映らない背中側にはあらかじめ血を付けておいて、胸の方は、顔のアップの間に隠れていたスタッフが血を塗り付けた、ということだろう。

あと、人間の数倍の運動能力のゾンビがバイクを凄いスピードで追ってくるのだが、あれはバイクが曲った時にカメラの死角になるコーナーに、ゾンビ役が何人か控えておいてリレー形式で全力疾走して撮った、とのだと思う。

やっかいな体の変化、特殊メイクが必要な撮影の場合は、こういう手もある。

主人公がゾンビをまくことに成功し、電話したりしている姿をカメラが追う。その間に、ゾンビの方は特殊メイクを行う。あるいはあらかじめ特殊メイクしておいた者とすり替わる

で、出し抜けに、恐ろしい姿で再び主人公の前に現れる――。

こういうトリックを使えばワンカットでもゾンビ映画を撮ることができる。死角を利用してトリックを仕込むのは手品と同じだ。

■撮影トリックを想像するのが楽しい

一カ所だけ、どう撮ったのかわからないシーンがあった。

追われる主人公が踏切に入り、走って来る列車を間一髪でかわして逃げ去る――。列車は本物に見えた。これ、撮影の度に、命懸けで列車に飛び込んだ、ということなのか?

以上のようなトリックも含めてノーミスでいかないといけない。

『MadS』の1シーン
『MadS』の1シーン

『カメラを止めるな!』では物語の舞台(=撮影場所)は廃墟だけだったが、『MadS』ではドラッグディーラーの家、主人公の邸宅、パーティ会場、公園、バー、主人公の母のアパートというふうに舞台が移っていき、その間に自動車、トラック、バイク、自転車、徒歩、全力疾走による移動が挟まる。俳優が動くごとに当然、撮影スタッフが付いて行かねばならない。また、主役は3人いて、カメラがある人物を追い掛けるのを止めて、新たな人物を追い掛けることでスイッチしていくやり方になっている。

誰かがセリフをとちったらアウト。誰かがカメラのフレーム外に出たらアウト。カメラマンが転んだらアウト。仕込みのスタッフが映り込んだらアウト。電話が掛かってきたり、列車が来るタイミングがズレたらアウト……と撮り直しになる要因は無数にある。

しかも、ゾンビ出現から軍隊の登場までの89分間は、夕方から夜になるタイミングでなければいけないので、1日1回しか撮影できない。

唯一、ワンカット撮影で有利な点があるとすれば、手持ちカメラなので手ブレが酷く画面も暗いので、少々のミスは視聴者には「見えない」ということだ。

監督によると、撮影は5日間で行われ、1日目、2日目、3日目は散々な出来。4日目に「やったね!」というものが撮れて、5日目のベストショットがこうして公開可能になった、とのことだ。

『MadS』の1シーン
『MadS』の1シーン

■お話と手法はどっちが大事か?

ここで冒頭に戻る。

「凄くない部分」というのは「物語」のことだ。

ここまでまったくストーリーに触れていないのは特筆する部分がないから。

ゾンビものをワンカットで撮ろうとした勇気と、工夫を尽くした撮影手法、大変な撮影を見事やり遂げた俳優とスタッフには称賛しかない。しかし、それだけ大変な思いをして描こうとした内容には意外性や新味がない。ゾンビパニックで起こりそうなことは全部起こる。どこかで見たお話なのだ。

主役がドラッグ中毒という設定で、「ゾンビ+ドラッグ」で幻覚か現実かなんてところで遊び、傑作『CLIMAX クライマックス』のごとく、ワンカットでドラッグによる眩暈感を出そうとしたのかもしれないが、うまくいっていない。

※『CLIMAX クライマックス』の公式WEBはここ。ラストの40分間ほどの地獄はワンカットで撮られている

『カメラを止めるな!』が世界的に大ヒットしリメイク版まで出たのは、第一にお話が面白く、第二にワンカットの必然性があり、お話を引き立てていたから。

つまり、お話が主で手法が従なわけだが、残念ながら『MadS』はこれが逆になってしまった。

舞台挨拶に現れたダビド・モロー(David Moreau)監督(マイクの人物)と、3人の主人公たち(監督の左側)。撮影は筆者
舞台挨拶に現れたダビド・モロー(David Moreau)監督(マイクの人物)と、3人の主人公たち(監督の左側)。撮影は筆者

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※写真提供はシッチェス国際ファンタスティック映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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