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実は集団暴走中だった… 一般道で160km死亡事故がなぜ過失? 遺族の訴えに高まる支援の声

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
時速160キロで追突され、大破した被害者・佐々木一匡さんのスクーター(遺族提供)

「6月1日に危険運転致死罪への訴因変更を求めるオンライン署名を始めました。短期間でたくさんの方にご支援いただき、とても熱いコメントを多数いただいて有難く思っております。6月18日には宇都宮市内(二荒山鳥居前のバンバ広場)で12時から街頭署名を行う予定ですので、ぜひご協力をいただければ幸いです」

 そう語るのは、今年2月、夫の佐々木一匡さん(63)を交通事故で亡くした妻の佐々木多恵子さん(58)です。

 多恵子さんから初めてのメールが入ったのは5月14日、夜遅くのことでした。  

佐々木多恵子と申します。

2月14日に交通事故で主人を亡くしました。

加害者は過失運転致死で起訴され、公判が始まりました。

先日、記録を見ることができ、危険運転致死で訴追出来ないものかと模索中です。

柳原様の記事は大分での時速194kmの事故を追いかけているときに知りました。

今後どのように動いたらいいのか、アドバイスいただければ幸いです。

 翌日、メールに記載されていた携帯番号に電話をかけると、多恵子さんは昨夜の淡々とした筆致とは裏腹に、突然の事故で最愛の夫を奪われた悲しみ、苦しみ、そしてこの事故が「過失」として起訴されたことに対する疑問や不安を、堰を切ったように語り始めました。

 バレンタインデーの夜に事故が発生してからちょうど3か月、ショックのあまりほとんど家から出ることもできず、何のアクションも起こせずにいたという多恵子さん。しかし、4月に刑事裁判が始まり、事故の真実が少しずつ明らかになるにつれ、『このまま黙っていてはいけないのではないか……』そう思うようになり、勇気を振り絞って私にメールをくださったというのです。

 そして、翌週の5月22日、私は以下の記事で本件のことを報じました。

<リヤショックはちぎれ、ホイールも砕けて… 超高速の無謀追突で夫が死亡。なぜこの事故が「過失」なのか  個人 - Yahoo!ニュース>

 すでに加害者(20)は「過失運転致死罪」で起訴され、刑事裁判の第1回公判は始まっています。訴因変更を求めるには、一刻の猶予も許されないという状態でした。

警察署に保管されていた一匡さんのスクーター(多恵子さん撮影)
警察署に保管されていた一匡さんのスクーター(多恵子さん撮影)

■夫の事故車と向き合った妻の覚悟

 実は、この記事のトップに掲載した写真は、多恵子さんが私との電話の後、自ら警察署に足を運び、撮影されたものです。原形をとどめないほど激しく破損した白いスクーター。一匡さんが帰宅途中、死の間際までまたがっていたその事故車を初めて直視する……、どれほどの勇気が必要だったことでしょう……。

 その写真が送られてきたとき、私は彼女の覚悟を見た思いがしました。

 それからわずか半月、驚くべき速さでさまざまなことが動き始めました。

 多恵子さんは当時被害者参加代理人だった弁護士に依頼し、検察庁に「危険運転致死罪」での訴因変更を求める書面を提出。その後、新たに危険運転事件に詳しい弁護士と委任契約を結び、5月30日、その弁護士とともに宇都宮地検へ出向きました。そして、検事と直接話し合って確認したところ、6月8日に控えていた第2回公判が、7月25日の10時に予定されることになったのです。

 多恵子さんら遺族は、6月1日、オンライン署名もスタートさせました。

< 一般道で時速160キロ運転は「過失」でしょうか?  1.危険運転致死罪への起訴の変更を求めます! 2.集団暴走行為での起訴の追加を求めます! · Change.org>

今回、遺族が宇都宮地検に求めているのは、以下の2項目です。

1、危険運転致死罪への起訴の変更

2、集団暴走行為での起訴の追加

 同時に、多恵子さんは新聞やテレビなど、数々のメディアから取材を受け、連日のように大きく報道されるようになりました。そうした影響もあり、遺族の元には今、この事故のことを知った全国各地の方々からたくさんのメッセージや情報提供が寄せられています。

 以下は、その中のひとつです。

事故直後110番通報した一人です。当時ガードレールに突っ込んでいる車は確認していましたが、制限速度を100km/h以上オーバーしていたのを今回知りました。検察の言う「制御出来ていた」の定義が、一般の考える感覚と合っていないのでしょう、それを変えてもらうしかないです。また、事故後NETで加害車両を見た時に、下平出町LRT基地の交差点から集団暴走運転をしていた車両と同じだったのを警察に伝えましたが、その後詳しい事情を聴かれることもなく、事務的な対応をしている感じでした。

 この方(投稿者は実名)は、事故直前に加害者が「集団暴走」していた場面を目撃し、その事実を警察に伝えていたというのです。

 以下の記事でも書いた通り、遺族は加害者らの供述調書によって、この事実をかなり後になって知りました。事故直後、目撃者からこうした通報があったのに、なぜ、検察がこの事実を重くとらえなかったのか、疑問を抱かざるを得ません。

【続報】一般道で時速160kmの追突事故が「過失」ですか? 遺族衝撃 加害者は集団暴走中だった - 個人 - Yahoo!ニュース

被害者の佐々木一匡さん(遺族提供)
被害者の佐々木一匡さん(遺族提供)

■全国各地で発生する超高速度による死傷事故

 すでに報じられている通り、大分県で発生した「一般道で時速194キロ」による死亡事故は、「過失運転致死罪」で起訴されていましたが、遺族の訴えによって「危険運転致死罪」に訴因変更され、これから刑事裁判が行われます。

【194キロ死亡事故】異例の訴因変更 弟亡くした姉が筆者に語ったこと(2022.12.2)

 多恵子さんは、この事故の遺族や支援者ともつながり、日々、LINE等で情報を交換しながら、訴因変更に向けて行動しています。

 一方、全国各地で発生している同種の超高速度による事故の報道に目を向けると、「危険運転致死傷罪」の壁の高さを痛感します。

●制限速度を86キロ超える時速136キロで車を運転 衝突事故を起こした男性教諭(24)を懲戒免職 「待ち合わせにギリギリで…」 教育委員会に報告する前に校長は定年退職 | TBS NEWS DIG(2023年6月13日)

 この事故は、愛知県岡崎市の中学校に勤務していた男性教諭が、制限速度50キロの国道1号線を時速136キロで走行して、信号が黄色から赤色に変わった交差点に進入。その際、右折してきた車に衝突し、30代の男性に腰などを骨折する大けがをさせたというもの。

 男性教諭はその後、過失運転傷害の罪で起訴され、6月5日に名古屋地方裁判所岡崎支部で懲役3年執行猶予4年の判決を受けたというのです。

 また、千葉地裁松戸支部では5月24日、以下の判決が下されています。

●【速報】一般道で時速115キロ はねられた歩行者死亡 被告の元刑事に下された判決は…  - 個人 - Yahoo!ニュース

 この事故では、制限速度40キロの県道を、現職の刑事が時速115キロで走行し、横断中の女性がはねられて死亡しました。

 しかし、本件も「危険運転」には問われず、「過失運転致死」の罪で起訴されました。そして死亡事故でありながら、上記の重傷事故より軽い、懲役3年執行猶予3年という判決だったのです。

大分で発生した時速194キロ死亡事故の被害車両(遺族提供)
大分で発生した時速194キロ死亡事故の被害車両(遺族提供)

■危険な運転による交通事故を抑止するために

「危険運転致死傷罪」は、飲酒運転や赤信号無視、など、悪質な交通違反による事故の厳罰化を訴える遺族らの訴えを受け、2001年の刑法改正で導入されました。その条文には「危険運転」とみなされる速度違反について、『進行を制御することが困難な高速度』と記されています。

 しかし、具体的にどんな道で、何キロオーバーすれば「危険運転」になるのかについては明記されておらず、いずれの事故も「事故直前までまっすぐに走れていたので、制御ができていた」と判断されているのです。

 超高速度による事故の罪名とその量刑は、法改正から22年経過した今も個々の事故によってばらつきがみられるのが実情です。

 亡くなった一匡さんは本田技術研究所に勤務し、長年、自動車の安全に関する研究を続けてきたエンジニアでした。

 自身でまとめたワークシートの中に、『2050死者ゼロ目標に感銘を受け、何とか実現させたいともがく日々』という記載もありました。

*「2050死者ゼロ」に関しては、以下の記事を参照

Honda | 2050年交通事故死者ゼロに向けた、先進の将来安全技術を世界初公開

 多恵子さんは語ります。

「交通事故被害をなくすため、信念を持って仕事を続けてきた主人が、無謀な運転によって一方的に命を奪われてしまいました。私たち遺族は、身勝手な動機によって法を無視し、挙句の果てに引き起こされたこのような死亡事故が『過失』として裁かれることに到底納得することができません。同じように苦しんでいる被害者やご遺族のためにも、そして、こうした危険な運転による事故を抑止するためにも、司法には交通事故に対してぜひ適切な運用をお願いしたいと思います」

<街頭署名のお知らせ>

●日時/6月18日(日) 12~15時

●場所/宇都宮市二荒山鳥居前のバンバ広場

<紙での署名>

(遺族提供)
(遺族提供)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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