リヤショックはちぎれ、ホイールも砕けて… 超高速の無謀追突で夫が死亡。なぜこの事故が「過失」なのか
■事故から3か月、亡き夫の形見のバイクに向き合った妻の悲痛
「今日、覚悟を決めて警察署に出向き、主人が乗っていたバイクの写真を撮ってきました。対応してくださった警察官は『こんなに酷い状態の事故車を見るのは初めてだ』と言っていました。改めて主人の無念さが伝わってきました……」
そう語るのは、栃木県宇都宮市の佐々木多恵子さん(58)です。
送られてきた写真を見て、私は一瞬言葉を失いました。
警察署に保管されているという白いスクーターは、リヤショックがちぎれ、フレームが持ち上げられたことで、車体がVの字に折れ曲がっています。
本来、路面とほぼ平行であるはずのシートは大きく跳ね上がって上を向き、もはやライダーが乗るスペースはどこにもありません。
さらに、取り残されたリヤタイヤをよく見てみると、アルミ製の硬質なホイールが砕けているではありませんか。
原形をとどめないほど大きく破損したその事故車はホンダDio(以下のサイト参照)です。
メーカーのサイトにある商品写真と見比べると、このバイクが後部からどれほど大きな衝撃を受けたかが一目瞭然でしょう。
事故直後の報道等を見ると、後ろから追突した加害者の車は、バイクの後部に突き刺さっており、衝突時の両車の速度差がいかに大きかったかを物語っています。
「主人が突然亡くなってから3か月が経ち、先月刑事裁判も始まりましたが、未だに、どうして主人はいないのだろうかと、一日に何度も何度も問いかけている自分がいます。もちろん、返事など返ってくることはありません。でも、あの日主人は、意識を失いながら何を考えていたのだろう、最後に何を言いたかったのだろう、どんな思いで亡くなったのだろうかと思うと、本当に辛くて仕方ありません」(多恵子さん)
〈事故直後の報道(とちぎテレビ)〉
■会社から帰宅途中に起こった突然の事故
事故は、2023年2月14日、午後9時35分ごろ、宇都宮市下栗町の新4号国道で発生しました。
乗用車を運転していたアルバイト・石田颯汰被告(20)が、乗用車(トヨタ・クラウン)で走行中、前を走っていた会社員の佐々木一匡さん(63)のバイクに追突したのです。
一匡さんはすぐに病院へ運ばれましたが、多発外傷と胸部大動脈損傷を負い、およそ1時間後に死亡が確認されました。
石田被告は事故から約1時間後、過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕されました。
多恵子さんは振り返ります。
「あの日の夜、仕事を終えた主人から、『これから帰るよ』と電話がありました。いつもなら30分ほどで帰宅するのですが、この日はなぜか、1時間経っても、2時間経っても帰ってきませんでした。心配になった私が、様子を見に行こうとドアを開けたちょうどそのとき、警察官が夫の免許証で住所を確認したと言って、自宅まで事故のことを知らせにきたのです」
『なぜ、本人から連絡がないのだろう……』
多恵子さんは不安を覚えながらも、すぐに一匡さんが搬送されたという病院へと駆けつけました。
「到着後、なかなか会わせてもらえませんでしたが、私は、きっと頑張って治療していただいているはずだと信じ、主人のことを思いながら、ずっと待っていました。でも、やっと対面できたとき、主人はすでに冷たくなっていました。私は出血が止まらない耳のガーゼを何度も何度も取り替えて……。今でもそのときの主人の顔が思い出され、眠れない日々が続いています」
■衝突直前、加害者は制限速度を100キロオーバーしていた
一匡さんが亡くなったことから、罪名は「過失運転致死」に切り替えられ、加害者は3月7日、宇都宮地裁に公判請求されました。そして、第1回目の公判が4月24日に開かれました。
しかし、多恵子さんはどうしても納得ができなかったと言います。
「実は、捜査が進む中で防犯カメラの映像が解析され、加害者は衝突地点の200メートルほど手前で時速161~162キロ出していたことが判明したのです。この道路の制限速度は時速60キロです。この道で時速162キロという信じられない速度になるまでアクセルを踏み続けるという異常さ、その挙句、前を走っていたバイクに気づかず追突し、人を死なせるという無謀で残虐な行為を、不注意による過失で済ませてはいけないと思うのです。私は事故後ずっとふさぎ込み、行動を起こすことができませんでした。でも、柳原さんの一連の交通事故の記事を読み、とにかく連絡をしてみようと思いました。なぜ、加害者は前を走る主人のバイクに気づくことができなかったのか? なぜ、追突を避けることができなかったのか? 一般道での時速162キロという速度は、危険運転致死傷罪の『制御することが困難な高速度』には当てはまらないのか……、そのことを広く問いたいのです」
「YouTube とちテレNEWSチャンネル」
■「危険運転致死罪」への訴因変更を求めて検察に意見書提出
夫の一匡さんは九州大学卒業後、本田技術研究所に約40年勤務し、長年、自動車の安全に関する研究を続けてきたエンジニアでした。
自身でまとめたワークシートの中に、『2050死者ゼロ目標に感銘を受け、何とか実現させたいともがく日々』という記載もありました。
*「2050死者ゼロ」に関しては、以下の記事を参照
Honda | 2050年交通事故死者ゼロに向けた、先進の将来安全技術を世界初公開
それだけに、多恵子さんは悔しさがこみ上げると言います。
「主人は車の安全についての研究が主な仕事でした。歩行者の安全、同乗者の安全など、多方面からホンダの掲げた交通事故ゼロの目標に向けて、日々取り組んでいました。交通事故被害をなくすため、信念を持って仕事を続けてきた人が、こんなかたちで、無謀な運転によって一方的に命を奪われるとは……。主人の気持ちを思うと本当に無念でなりません。私には車という武器を持って殺されたとしか思えないのです」
5月19日、多恵子さんは弁護士と共に宇都宮地検を訪れ、一通の「意見書」を提出しました。そこにはこう記されています。
『被告人についての訴因として、危険運転致死が相当であり、宇都宮地方裁判所宛に訴因変更を申請されたく、本書をもって意見する』
書面を受け取った検察は、検討の上早めに返事をしたいと答えたそうです。
「危険運転致死傷罪」に対する司法の解釈が揺れる中、大分で発生した以下の事故では、地検が訴因変更を申請し、大分地裁はそれを認めています。
<【194キロ死亡事故】異例の訴因変更 弟亡くした姉が筆者に語ったこと - 個人 - Yahoo!ニュース>
多恵子さんは語ります。
「加害者といえども、生きている限り人権が守られていることは十分にわかっています。でも、突然命を絶たれた主人の人権は一体どうなるのでしょうか。加害者からは3か月たった今も、謝罪ひとつありません。命あるものに対して行った残虐な行為、何の落ち度も、罪もない人の命を奪ったという事実に対して、裁判所には真っ当な罪名で追及し、厳しく裁いていただきたいと思います。失われた命は二度と取り返すことができないのです」
一般道で制限速度を時速100キロもオーバーし、前車に気づかず追突するという行為は「危険運転」にあたらないのでしょうか。
第2回公判は、6月8日、午前10時から、宇都宮地方裁判所で開かれる予定です。
遺族の意見書を受け取った宇都宮地検の「訴因変更」についての判断にも、注目したいと思います。
★2023年6月2日追記。
諸事情により、6月8日に予定されていた第2回公判は延期となり、7月25日午前10時から予定されています。
詳細については下記の記事をご覧ください。
★2023年6月29日追記。「第2回公判・再延期のお知らせ」
諸事情により、7月25日に予定されていた第2回公判(上記)は延期されました。次回期日はまだ決まっていません。