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【速報】一般道で時速115キロ はねられた歩行者死亡 被告の元刑事に下された判決は…

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
千葉県鎌ケ谷市の現場。この道で被告は時速115キロ出し歩行者をはねた(筆者撮影)

「主文、被告人を懲役3年に処する。この裁判が確定してから3年間、その執行を猶予する」

 5月24日、千葉地裁松戸支部で、自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われていた被告(31)に判決が言い渡されました(検察側の求刑は懲役3年)。

 制限速度40キロの一般道を、時速115キロで走行し、横断中の女性を死亡させたこの事故。

『なぜこのような行為が「危険運転致死罪」に問われず、「過失致死」なのだろうか……』

 そんな疑問を抱きながら裁判を傍聴していただけに、3年の執行猶予付きという判決の読み上げを聞いたときは、その軽さに驚きを感じざるをえませんでした。

 事故は2022年5月30日午後8時45分ごろ、千葉県鎌ケ谷市粟野の県道で発生しました。横断歩道のない場所を横断していた歩行者の女性(79)が、被告の運転する乗用車にはねられ、左大量血胸により死亡したのです。

 当時、千葉県警の刑事だった被告は、仕事を終え、自家用車のベンツで帰宅中でした。

 事故後、県警から停職3カ月の懲戒処分を受けた被告は、この年の12月23日に依願退職しています。

●今年1月、被告の在宅起訴を報じる記事。

高齢女性はねられ死亡、時速115キロで運転か…元巡査部長を在宅起訴 千葉地検松戸支部(千葉日報オンライン) - Yahoo!ニュース(2023.1.28)

■宇都宮では制限速度60キロの道で160キロ出し追突死亡事故

 ちょうど本件判決の2日前、私は栃木県宇都宮市下栗町の新4号国道で発生した、超高速度による追突死亡事故を取り上げ、以下の記事を発信していました。

<リヤショックはちぎれ、ホイールも砕けて… 超高速の無謀追突で夫が死亡。なぜこの事故が「過失」なのか 個人 - Yahoo!ニュース>

宇都宮で時速160キロの乗用車に追突された被害者のバイク(遺族提供)
宇都宮で時速160キロの乗用車に追突された被害者のバイク(遺族提供)

 加害者の男(20)は、被害者のバイクに追突する約200メートル手前で時速161~162キロの高速度を出していたことが、防犯カメラなどの映像から明らかになっています。

 この道路の制限速度は時速60キロなので、被告は約100キロのスピードオーバーをしていたことになります。

 この記事には非常に大きな反響があり、Twitter等にも多数のコメントが寄せられました。その多くは、大幅なスピードオーバーをして死亡事故を起こした被告が「自動車運転処罰法違反(過失致死)」の罪で起訴されていることに対しての疑問や怒りでした。

これほどの高速度で死亡事故を起こしているのに、なぜ「過失」なのか?」

何のために制限速度が設けられているのか?」

 遺族は現在、「危険運転致死罪」への訴因変更を求めて、検察庁に申し立てを行っているところですが、常識では考えられないような速度超過を「過失」と捉える司法に対しては、世間からも厳しい目が向けられています。

■なぜこの危険な道で、時速115キロも出せたのか……?

 さて、5月24日に千葉で判決が下された「時速115キロの死亡事故」に話を戻します。

 私は判決の後、自分で車のハンドルを握り、実際に事故現場を走行しました。

 そこは片側1車線の、決して広いとは言えない道で、道路わきには『通学路注意』の黄色い看板も立てられています。

事故現場付近。歩道もガードレールもなく、路肩には自転車も頻繁に走行していた(筆者撮影)
事故現場付近。歩道もガードレールもなく、路肩には自転車も頻繁に走行していた(筆者撮影)

 歩道はところどころ途切れており、ガードレールのない場所も多く、商業施設の駐車場や脇道も隣接。路肩には自転車や歩行者も頻繁に通行しています。

 衝突現場付近の路面に目をやると、『追突多し』『事故多し』といった標示もありました。おそらく事故が多い場所なのでしょう。

 本件事故は、そのような「危険」な道で発生していたのです。

「この道は時速40キロで走るのも怖い……」

 私は率直にそう感じました。

事故現場の路面には「追突多し」の表示も(筆者撮影)
事故現場の路面には「追突多し」の表示も(筆者撮影)

 以下は、本件裁判を当初から傍聴されてきた大谷正則さん(仮名)が撮影された映像を制限速度の40キロと、115キロ(倍速処理)で比較した動画です。

 この道で制限速度の約3倍もの速度を出すとは、いったいどういうことなのか……。

 検察官や裁判官は、一度でもこの現場を見たのでしょうか。

■検察での取り調べに「時速60キロくらいだった」と供述していた被告

 実は被告は、警察、検察での取り調べ時に「時速60キロくらいで走っていた」と供述。法廷では検察官にそのことを厳しく追及されていましたが、その理由について、以下のように述べていました。

「自分としては時速80キロ位かと思っていたが、衝突地点から車の停止地点までの距離をもとに、現場検証をした警察官が計算したところ、時速60キロくらいだと言われたので、そうなのかと思った……」

 後に防犯カメラの映像解析により、衝突直前の速度は、時速115キロだったことが明らかになっているのですが、もし、防犯カメラの映像がなければ、本件は「時速60キロで起こった事故」として処理されていた可能性があるのです。

 ちなみに、衝突地点から停止地点までの距離は28.5mとされているようですが、時速115キロの場合、本当にその距離で停止できるのか? そもそも、その距離は正しいのか? 疑問を感じざるを得ません。

 もちろん、被告が記憶している速度は必ずしも正しいとはいえず、多少の誤差があることは仕方がないでしょう。しかし、実際には時速115キロで走行していながら、約半分の速度だったと供述していたことについては、自己保身が過ぎると言われても仕方がないのではないでしょうか。

 亡くなった被害者は反論することができません。検察官や裁判官は、そうした不誠実な供述のあり方についても、もっと厳しくとらえるべきではないかと感じました。

 亡くなった女性は娘さんの家にほぼ毎日足を運び、いろいろと世話をしていました。79歳ですが杖などは使っておらず、足腰は丈夫だったそうです。

 事故発生時は横断歩道を渡っていなかったとされていますが、それが事実でも、まさか制限速度の3倍近い高速度で車が突っ込んでくるとは想像もできなかったはずです。

■『進行を制御することが困難な高速度』とは何なのか?

「危険運転致死傷罪」は、飲酒運転や赤信号無視、大幅な速度オーバーなど、悪質な交通違反による事故の厳罰化を訴える遺族らの訴えを受け、2001年の刑法改正で導入されました。

 その条文には、速度超過について『進行を制御することが困難な高速度』と記されています。

 しかし、具体的にどのような道で、何キロオーバーすれば「危険運転」になるのか、ということについては明記されておらず、法改正から22年経過した今も司法の判断は大きく揺れています。

 警察庁交通局が発表した『速度規制の見直し状況と課題』(2013)によれば、「法令違反別交通死亡事故件数」は、最高速度違反の数が6番目となっていますが、死亡事故率でみると、最も高くなっています。つまり、速度が高いということは、万一の事故が起きたとき、それだけ致命傷を与えるリスクが高いということです。

 また、『規制速度超過がなかったとすれば、約3割の事故は死亡事故に至らなかった』というデータも公表されています。

 制限速度を大幅に超過した上での重大事故は全国各地で発生していますが、衝突時の速度は、そもそも正しく捜査されているのか? そして、検察官や裁判官は、異常な高速度で走るという行為の本当の危険性を認識しているのか……。このままでは、せっかく作られた法律が「絵に描いた餅」となり、抑止力につながらないのではないでしょうか。

 今回の判決はまだ確定していません。2週間以内に検察が控訴しなければ、執行猶予3年という判決が「判例」として、またひとつ残されることになります。

千葉地裁松戸御支部(筆者撮影)
千葉地裁松戸御支部(筆者撮影)

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ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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