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ヴェネチア銀獅子『悪は存在しない』難解ラストの解釈を濱口竜介監督に問う 異色制作手法を経た怪作

武井保之ライター, 編集者
濱口竜介監督(C)2023 NEOPA/Fictive

最新作『悪は存在しない』(公開中)で「第80回ヴェネチア国際映画祭」銀獅子賞(審査員大賞)を受賞し、時の人となった濱口竜介監督。

『ドライブ・マイ・カー』(2021年)での「第74回カンヌ国際映画祭」脚本賞含む3部門、『偶然と想像』(2021年)での「第71回ベルリン国際映画祭」銀熊賞(審査員グランプリ)受賞とあわせて、世界3大映画祭で主要賞制覇。名実ともに日本を代表する映画監督のひとりだ。

すでに世界中の映画祭で高い評価を受けている『悪は存在しない』は、大自然のなかの人々の営みと、そこへの脅威になる都会の商業主義の対立を映す人間ドラマ。そんな本作の企画経緯、さまざまな想像を掻き立てる絶妙な響きを持つ『悪は存在しない』というタイトル付け、大きな余韻を残すラストへの思いについて聞いた。

ライブパフォーマンス用映像制作のために生まれた長編映画

ライブパフォーマンス用映像制作から生まれた長編映画『悪は存在しない』(4月26日公開)(C)2023 NEOPA/Fictive
ライブパフォーマンス用映像制作から生まれた長編映画『悪は存在しない』(4月26日公開)(C)2023 NEOPA/Fictive

物語の舞台は、長野県の自然豊かな高原。そこに、コロナ禍のあおりを受けた東京の芸能事務所が、政府からの補助金を当て込んでグランピング場建設を計画する。森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町内は動揺し、その余波は地元の人々の生活にも及んでいく。

そんな本作の制作のきっかけは、音楽を担当する石橋英子氏から濱口監督へのライブパフォーマンス用映像制作のオファーだった。

『ドライブ・マイ・カー』の音楽制作で意気投合していた2人は、今回のライブ映像制作のための試行錯誤を重ね、濱口監督は「従来の制作手法で、まずはひとつの映画を完成させ、そこから依頼されたライブパフォーマンス用映像を生み出す」という結論に至った。

そこから、石橋氏のライブ用サイレント映像『GIFT』とともに誕生したのが、長編映画『悪は存在しない』。本作は、まるでセッションのように自由に作られた。濱口監督が「初めての経験だった」とする映画と音楽の旅は、やがて2人の想像をも超えた景色へとたどり着いた。

衝撃ラストにもつながるタイトルの意味

『悪は存在しない』(C)2023 NEOPA/Fictive
『悪は存在しない』(C)2023 NEOPA/Fictive

本作は、大自然のなかに生きる人々と、都会からグランピング場を作るために訪れる業者との対立と共存を描く人間ドラマだ。そのタイトルは、さまざまな想像を掻き立てる絶妙な響きを持つ『悪は存在しない』。ネーミングについて聞くと、濱口監督はこう答える。

「制作に先立ってリサーチをしているときに、映画に出てくるような大自然の風景を見つけました。生命の気配のない冬の森に入って、劇中の親子のように深呼吸をしていると、ここに悪は存在しないという気持ちになるわけです。

そこでフッと出てきたそのフレーズをプロジェクト全体のタイトルにしていましたが、最終的に出来上がった物語と絶妙な響き合いをしている気がしたので、そのまま映画のタイトルにしました」

そんな物語には、いくつかの対立構造がある。グランピング場建設を巡る地元と東京の間だけでなく、大自然のなかに暮らす人々の間にも、東京の会社員同士のなかにもあり、また野生の鹿と地元・猟師の関係もそのひとつかもしれない。そんな関係性に対しても、濱口監督がタイトルに込めた思いが響いている気がする。

大きな余韻を残すラストシーンの意味

ストーリーの進行とともに、地方と東京それぞれの登場人物に少しずつ共感していくうちに、衝撃的なラストを迎える。映画を見終わった人は、何とも言い表せない、形容しがたい感情に襲われることだろう。

「わかりやすい対立構造みたいなものがあって話が進むなか、主人公はずっと誰とも対立する立場にはいないんです。議論が紛糾する場面でも、実のところ中立的なことを言っています。そんなキャラクターの最後の行動が観客を驚かせるわけです」

観客にとっては、驚かされるのと同時に難解でもある。そこに込めた意味を濱口監督に聞くと、ネタバレにはならないように答えてくれた。

「ただ単にそれが起きた、ということが第一です。それを受け止めていただきたい。主人公の側にもいわゆる悪意は存在しないという解釈でいいと思います、たぶん(笑)」

※ここから先は映画鑑賞後に読んでください(ネタバレあり)

印象的なラストを迎える『悪は存在しない』。映画館を出たあともその強烈な余韻に引きずられる(4月26日公開)(C)2023 NEOPA/Fictive
印象的なラストを迎える『悪は存在しない』。映画館を出たあともその強烈な余韻に引きずられる(4月26日公開)(C)2023 NEOPA/Fictive

観客が考えることで完結する物語

さらに濱口監督は続ける。

「彼自身が生きてきた人生と、あの瞬間の偶然みたいなものが、彼にああいう行動を取らせているんじゃないかと考えています。あの瞬間に、タイトルと物語の緊張関係がもっとも高まります。劇中の高橋のラストのセリフは観客の疑問でもあると思いますが、その答えは与えられることはなく、高橋も観客もなぜこうなったのか自問するしかない、という構造です」

そのラストの画は、企画の最初の段階から濱口監督の頭のなかにしっかりと存在していた。それまでに映し出されてきた主人公の思考が導く行動が、あの結末に至るという。

鑑賞後にその余韻を噛み締めながら、そこに込められた思いをじっくり考え、観客それぞれが答えを出すことで物語は完結する。そんな映画体験は、誰もの心に何かを残すに違いない。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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