是枝裕和監督、映画チケット代1%の“共助”を拒む業界団体に言及「10年後は明るくない」
是枝裕和監督と諏訪敦彦監督が共同代表を務めるaction4cinema(日本版CNC設立を求める会)。22年6月の立ち上げから1年半に渡って、映画界の健全化に向けた基金への映画鑑賞チケット代からの1%の提供をめぐり、映画製作者連盟(映連)と交渉を行ってきたが、現在は中断している。その背景と経緯を是枝監督に聞いた。
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日本映画界の健全な発展へ向けて山積する課題
action4cinemaは、フランスのCNC(国立映画映像センター)に相当する統括機関を設立し、教育支援、労働環境保全、製作支援、流通支援を柱とする映画を守るための支援基金となる共助システム構築を目的にする。
是枝監督、諏訪監督のほか、西川美和氏、舩橋淳氏、深田晃司氏、片渕須直氏ら著名映画監督が名を連ねるaction4cinemaの立ち上げの背景には、映画界の健全化に向けた課題が山積していることがある。
たとえば、昨年は邦画634本が公開されたが、大手映画会社の作品数がその1割ほどで、興収は全体の9割以上を占める。残りの興収1割弱を、大手数社以外の独立系映画会社などの全体の9割になる作品で分け合っている状況がある。
世界的に見ても日本は映画チケット代が高いなかで、作り手側のほか、労働環境の改善や人材育成等には十分に還元されていない。大手映画会社は、大規模予算大作の製作委員会に入り、グループ系列のシネコンで上映する。そこでいくらヒットして興収を上げても、大部分の利益はその会社のなかで回るだけ。作り手側や業界全体には還元されないから、スタッフの賃金も上がらず、企画開発に対しての資金提供もない。
また、この数年で全国のミニシアターがどんどん潰れていって、観客が映画を見る環境が圧倒的に貧しくなってきている。東京は例外だが、それでも歴史的なミニシアターだった岩波ホールをはじめ、アートホールがいくつも閉館し、多様な映画体験を提供できなくなってきている。このままでは映画の多様性がどんどん失われ、映画産業がやせ細っていく。
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リーダーシップを発揮しない業界団体
action4cinemaは、こうした課題解決と業界の健全化に向けた組織(日本版CNC)の設立を掲げ、その財源として映画鑑賞チケット代から1%の提供の“共助”を求め、大手映画会社が集まる業界団体であり、実質的な映画業界トップである映連と交渉を重ねてきた。
しかし、そのミーティングは当初は月1で定期的に開かれ、1年半ほど折衝が行われてきたが、現在は頓挫してストップしている。
「我々は映画チケット代から1%を出してほしいと交渉してきましたが、大手映画会社の団体である映連からずっと拒否されています。彼らの主張は、文化庁や文科省などが国の責任でやるべきことであり、法律を変えてもらえれば従う、というもの。業界全体を見渡してミニシアターを取り巻く環境を含めた課題を改善していこうというリーダーシップは発揮していただけませんでした。
僕は業界内の共助・共生の仕組みを作るべきだと思って動いてきましたが、自発的に何もやる気がないというのがわかった1年半でした。残念な結果ですが、まだ諦めたわけではないので、しぶとい交渉を続けていきたいと思っています」(是枝監督)
フランスのCNCは映画チケット代の11%、韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)は同3%を財源の一部として助成を受けているなか、日本は1%さえ業界が認めない。
そのミーティングには大手配信事業者も参加していたが、業界の中心にいる当事者であるはずの映連が、他人事のようなスタンスだった。
「配信がこれだけ伸びてきているなか、これから先、劇場興行とどう両立させていくかという大事なことの根幹にあり問題であり、日本以外の国は危機感を持って意識的に動いています。それに対して日本は大手企業や業界団体が無策で何もしない。
この1年の間に、NetflixさんやU-NEXTさんにもお声がけをし、映連との交渉のテーブルについていただきました。当初彼らは映画界が豊かになるのであればと、助成金の捻出に前向きな姿勢を示していたのですが、映連が後ろ向きだったため、以降の進捗がありません」(是枝監督)
このままでは10年後の映画界が明るくないのは明らかと是枝監督は語る。では、衰退していく道から逃れるためには、どうしていくのか。
「10〜20年後の映画界のビジョンを作るのは僕ら監督だけではどうしようもありません。こういう改革は本来、民主導で行うべきで、文化と経済のバランスを取りながら、作り手と映画ファンを育んでいく仕組みを業界主導で作るべきだと思います。
国の主導でうまくいくとは考えていませんが、そういう働きかけも選択肢のひとつとして捨てずに持ちながら、いま対策を練っているところです。戦略的に動かないと失敗するのでまだ話せませんが、いろいろな関係先に働きかけを続けています」(是枝監督)
このままでは日本映画界はアジアで取り残される
昨年10月、諏訪敦彦監督とKOFIC(韓国映画振興委員会)のパク・キヨン委員長が、アジア7カ国による映画制作連携協定「AFAN(Asian Film Alliance Network)」に日本が不参加だったことに対して「日本映画界はこのままではアジアで取り残される」と警鐘を鳴らしていた。
(関連記事:「アジアで取り残される」日本映画が直面する現実)
改めて是枝監督にアジアにおける日本の立場について聞くと、日本にCNCやKOFICに該当するカウンターパートナーとなる組織がないことを問題のひとつとして挙げながら、「いまだ日本はアジアを下に見ていて、国内でやっていけるから、積極的にアジアと連携する必要はないという意識がある」と語る。
「アジアの国々は、作り手も産業そのものも国内マーケットだけでは成り立たない。作品を国外に出さないといけないから、みんな英語でプレゼンをしますし、どの国と誰と組んで制作できるかということにすごく積極的であり、自覚的です。そうしないと作り続けることができないから」(是枝監督)
かつてアジアの中心にあった日本映画だが、いまやその地位は危うい。是枝監督は「いまのままだったら、日本はアジア映画界のリーダーにはなれない」という。
では、日本はこれからどうしていくべきか。
「とにかく国際共同制作を増やしていくことではないでしょうか。そういうものを作りたいと思う監督と、それを成立させるプロデューサーが育つことが大事。分福(是枝監督が所属する制作集団)でも若手が育っていますが、いまの若い世代でそういう視野を持った監督たちが出てきていますから、僕らは継続的に彼らをサポートしていくことが必要です」(是枝監督)
新しい世代に業界の保守性に揺さぶりをかけてほしい
是枝監督と言えば、「第75回カンヌ国際映画祭」で最優秀男優賞を受賞(ソン・ガンホ)した韓国映画『ベイビー・ブローカー』や、「第76回ベネチア国際映画祭」で日本人監督作品として初めてのオープニング作品となった日仏合作『真実』など、世界で映画を撮っている。
日本エンターテインメントの海外進出が声高に叫ばれるなか、日本映画文化の世界進出の一端を担っているように感じるが、本人にそれを向けると「まったく考えていません(笑)。楽しいし、自分が学ぶことや発見が多いから。それだけです」と笑顔を見せる。
「日本の映画撮影の現場は、世界基準から遅れているところがたくさんあり、まずは自分の現場を少しずつ改善していくことしかやっていません。結果的にそれが日本の現場で共有されていくのはありがたいことですけど。
国内のマーケットの充実を維持し続けてこられた業界大手の先輩方の苦労と努力にはもちろん敬意を払いますが、これからは新しい世代が外との連携を強化して、業界の悪い意味での保守性に揺さぶりをかけて欲しいですね」(是枝監督)
世界で活動する監督たちや、日本と世界を地続きで捉える若い世代の映画人たちは、日本映画界の未来を見据えて行動を起こしている。その動きは、少しずつだが確実に広がっている。
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