北朝鮮が中距離級の極超音速滑空ミサイル「火星16ナ(火星16B)」の発射試験に成功
北朝鮮は4月3日、前日の4月2日6時52分ごろに日本海に向けて発射したミサイルの詳細を写真付きで公開しました。新型の極超音速滑空弾頭を搭載した中長距離固体燃料弾道ミサイル「火星砲-16ナ」型の初の試射に成功したとしています。4月2日の試射について飛行性能は以下のように発表されました。(※正式名称は火星砲ですが、当記事では略称として火星と呼称)
- 1次頂点高度101.1km
- 2次頂点高度72.3km
- 射程1000km界線
なお4月2日時点での日本自衛隊の観測では「最大高度約100km・水平距離約650km以上」、韓国軍の観測では「水平距離約600km以上」でした。
○性能をわざと抑えた飛行試験
北朝鮮は中距離級の極超音速滑空ミサイルである火星16ナについて「速度と高度を強制制限」して、性能をわざと抑えた試験内容を実施したと説明しています。
- 安全を考慮して射程1000km以内に限らせた
- 第2段ロケットの始動遅延
- 能動区間での急激な軌道変更飛行方式
これは狭い日本海で中距離級(3000km以上)の極超音速滑空ミサイルの全力飛行試験はできないという意味です。通常の弾道ミサイルならば高く打ち上げるロフテッド軌道を行えば水平距離を短くしたまま全力で発射が可能ですが、極超音速滑空ミサイルは低く飛ぶことが特徴なのでロフテッド軌道では試験をする意味がありません。また亜音速巡航ミサイルならば狭い場所で周回し続けることも可能ですが、極超音速滑空ミサイルは左右方向への変針が可能といっても緩やかに少しだけで、急激な旋回を延々と維持し続けることはできません。
そこで本来は3000km以上飛べる火星16ナを射程1000km未満に抑えて、日本海の中で発射試験を完結させたことになります。もしも将来このミサイルの全力飛行試験を行おうとした場合、日本列島を飛び越えて太平洋に着水させることになるでしょう。
火星16ナは固体燃料2段ロケット+極超音速滑空体の構成と推定され、大きさは中国のDF-26中距離弾道ミサイルに匹敵します。DF-26と同等以上の性能を実現していた場合、おそらく最大射程4000km~5000kmを発揮できるものと見られます。
火星16ナは7軸14輪TEL(火星12は6軸12輪TEL)
○火星16ナ(火星16B)と火星16カ(火星16A)
火星16ナの「ナ」とは朝鮮語のカナダラ(가・나・다・라)のナ(나)で、英語でいうとABCDのBに相当する2番目の文字という意味で、つまり火星16Bに相当する表現です。中国語でいうと甲乙丙丁の乙で、火星16乙です。
※朝鮮中央通信の各国語版では新型ミサイル正式名称「화성포-16나」は、中国語版だけ意訳されて「火星炮-16乙」とされていました。英語版では音をそのまま当てた「Hwasongpho-16-Na」となっています。日本語版では「火星砲-16ナ」と最後のナだけ音をそのまま当てています。
そしておそらく2024年1月14日に発射した「極超音速滑空体を装着した中長距離固体燃料弾道ミサイル」が、火星16カ(火星16A、화성16가)なのだろうと推定されます。
北朝鮮が「極超音速ミサイル」を固体燃料化した新型中距離ミサイルの試験発射に成功(2024年1月15日)
- 火星16カ(火星16A、화성16가) 名称未公表、推定。2024年1月14日発射
- 火星16ナ(火星16B、화성16나) 名称公表。2024年4月2日発射
推定「火星16カ(火星16A)」は、1段式液体燃料の「火星12」中距離弾道ミサイルの弾頭を極超音速滑空体に置き換えた「極超音速ミサイル(北朝鮮側の発表した名称)」を、更に2段式固体燃料に置き換えたものと推定されます。そして火星16ナ(火星16B)はこれを更に新しい設計の極超音速滑空体に置き換えたものになるでしょう。
※なお固体燃料ロケットに置き換える際に推力が足りなかったせいでミサイルを大型化させたのか、火星12(6軸12輪TEL)から火星16(7軸14輪TEL)へとTELの車軸が一つ増えている。
- 火星16カ:極超音速滑空体は2段円錐形(bi-conic)
- 火星16ナ:極超音速滑空体はウェーブライダー形状
2段円錐形の滑空体は極超音速滑空ミサイルというよりは機動式弾道ミサイルの一種に近く、アメリカが過去に装備していたパーシング2弾道ミサイルの機動式弾頭(MaRV)によく似た設計で、古くからある堅実な設計と言えます。
一方で円錐形ではない断面が三角形に近いウェーブライダー形状の滑空体はより航空機に近いもので、先進的な設計です。滑空能力はこちらの方が上になるのですが、飛行制御の設計が難しくなり冒険的な挑戦です。
北朝鮮は極超音速滑空体の開発にあたって堅実な設計と冒険的な設計の2種類を同時に開発しており、冒険的な設計のウェーブライダー型の開発が滞っても問題がないように保険を掛けています。
○火星16ナ(火星16B)と火星12ナ(火星12B)
火星16ナ(火星16B)はおそらくですが、昨年に北朝鮮の平壌で開かれた「武装装備展示会2023」と「戦勝70周年記念パレード」で既に公開済みの、液体燃料型の中長距離級の極超音速滑空ミサイルである火星12ナ(火星12B)と滑空体が同じ物だと考えられます。滑空体の下面が膨らんだ形状が一致しています。なお北朝鮮のウェーブライダー型の滑空体で最初の火星8では下面の形状は真っ平でした。
- 上:火星16ナ(火星16B):2024年
- 中:火星12ナ(火星12B):2023年
- 下:火星8:2021年
- 上:火星12ナ(火星12B):2023年
- 下:火星8:2021年
- 上:火星16ナ(火星16B):2024年
- 下:火星8:2021年
火星8の発射試験での成績が芳しくなかったので、火星12ナおよび火星16ナではウェーブライダー型の滑空体の設計を変更し改良したものと見られます。滑空体の胴体下面が膨らみ、複雑な曲面で形成されています。胴体側面の張り出しも形状が変更されています。操舵翼の形状も火星8は台形ですが、火星12ナおよび火星16ナは三角形になっています。
おそらく火星8の滑空体の下面が真っ平な形状は空力性能が悪く、飛行途中で墜落していたのかもしれません。2021年9月28日の火星8の発射試験では飛距離は200kmに届いていませんでした。
今回の火星16ナの発射試験が北朝鮮の主張する通り成功であったならば、改良されたウェーブライダー型の極超音速滑空体が満足のいく飛行性能を発揮できたことになります。
北朝鮮は固体燃料ロケットをブースターとする先進的な極超音速滑空ミサイルの実用化の目途が立ちつつあり、グアム攻撃がこれで可能になるとすると、アメリカは開発中の極超音速兵器迎撃ミサイル「GPI」の完成を急がなければならなくなるでしょう。
そして中距離ミサイルは日本への攻撃も可能になります。ただしグアム攻撃用の射程4000km級は日本攻撃には過剰なので、新たに準中距離級(射程1300km前後あれば東京攻撃には十分)を開発する可能性もありますが、もしも北朝鮮が日本攻撃用とグアム攻撃用を兼用する方針とした場合には、グアム攻撃用の火星16ナを日本攻撃用としても量産配備する可能性もあります。
他の可能性としてはKN-23拡大型(KN-23の全長を伸ばした短距離弾道ミサイル)の弾頭重量を減らして射程を延伸して日本攻撃用とする可能性や、北極星2を量産する可能性などもあります。ただし北極星2は通常の弾道ミサイルであり迎撃しやすいので、機動式弾道ミサイルのKN-23拡大型か極超音速滑空ミサイルである火星16ナを将来装備として選択する可能性が高いでしょう。
○火星16ナ(火星16B)の正式表記
- 화성포-16나
- 火星砲-16ナ
- 火星炮-16乙
- Hwasongpho-16-Na
- Хвасонпхо-16на
※北朝鮮の朝鮮中央通信2024年4月3日「朝鮮ミサイル総局が新型中・長距離極超音速ミサイルの試射に成功」より各国語版から火星砲16ナの正式表記。
なお英語圏では通称としてHwasong-16B(HS-16B)という表記も広まっています。