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銃弾に倒れ殉職の22歳NY警察。「あの日喧嘩をしたまま…」新妻のスピーチに全米が涙

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
殉職したジェイソン・リベラさんの葬儀で遺影を持つNYPD。(写真:ロイター/アフロ)

ニューヨーク市のセント・パトリック大聖堂で27日より2日間、銃撃事件で命を落としたNYPD(ニューヨーク市警察)、ジェイソン・リベラ(Jason Rivera)さん(22歳)の葬儀がしめやかに執り行われた。

28日、ジェイソン・リベラさんの葬儀参列のため、会場周辺に集合したNYPD。
28日、ジェイソン・リベラさんの葬儀参列のため、会場周辺に集合したNYPD。写真:ロイター/アフロ

リベラさんと共に現場に出動し、顔面に銃弾を受けて重体となっていた別の警官、ウィルバート・モラ(Wilbert Mora)さん(27歳)も、事件から4日後の25日に死亡した。死亡前、モラさんの5つの臓器は移植を必要とする患者に移植され、5人の命を救っている。モラさんの通夜と葬儀は、来月1日と2日に執り行われる。

どんな事件?

事件は21日、マンハッタン区ハーレム西135丁目の住宅街で起きた。午後6時15分ごろ、母親から息子の家庭内暴力で911コール(緊急通報電話)があり、リベラさんとモラさんが現場に駆けつけた。2人が自宅に入り、奥のベッドルームに近づいた時、待ち伏せをしていたラショウン・マクニール(Lashawn McNeil、47歳)がベッドルームのドアを突然開け、警告をすることなく警官に向け複数回発砲した。リベラさんはその夜、死亡が確認された。マクニールは逃走しようとしたが、駆けつけた別の警官によって頭部と腕を撃たれ、3日後の24日に死亡した。

通報の段階で、母親から武器の所持などの情報はいっさいなかったが、マクニールのベッドルームからは2つ目の銃器も発見されている。

コミュニティに愛された警官

リベラさんの葬儀にあたり、母校や警察関係者などからリベラさんの優しい人となりや正義感あふれる活動の逸話が、次々と報じられている。

リベラさんは、ホームレスを見かけたら食べ物を買って与える心優しい青年だったという。高校卒業後は在校生に向け、「成功したければ、とにかく100%惜しみなく努力することが大切。高校時代、自分に発破を掛けてくれる人がいなかったから、自分はそうする」というようなビデオメッセージを積極的に発信していた。

そんなリベラさんの夢は、昔から警官になることだった。そしてその夢が叶ったのは2020年だった。NYPDの警官として新たな人生が大きくスタートする矢先の出来事だった。路上での勤務中、リラックスしてカメラに笑顔を見せる優しい警官の一面ものぞかせていた。

涙を誘う新妻の追悼スピーチ

リベラさんは小学校で親友になり、高校時代から付き合っているドミニク・ルズリアガ・リベラ(Dominique Luzuriaga Rivera)さんと、昨年10月に結婚したばかりだった。

全米中に中継された葬儀の中で、新婚3ヵ月で未亡人となった妻ドミニクさんの追悼スピーチが、参列者や聴衆の涙を誘った。傷心のドミニクさんは介助されて壇上に上がり、震えながら「10月9日は私たちの人生でもっとも幸せな日でした」と回想した。

事件の日、リベラさんの勤務は午後からだったため、妻のドミニクさんはリベラさんといつものように朝食をとり、勤務開始前の時間をゆっくりと過ごしていた。しかし、いつもと少し違う日だったという。

「その日、私たちは言い争いをしました。計画していたことが流れたり、忙し過ぎて何日も互いに会えなかったりという状況にも我慢が必要で、警官の妻でいることはなかなか大変なことです。彼は『大丈夫。どうにかなるから(考え過ぎるな)』といつも慰めてくれていた。でも私は、せめて自分といるときくらい彼に仕事の電話に出て欲しくなくて、言い争いになった。彼は随分と怒っていたが、出発する際『車で送っていくよ。これが最後の申し出かもよ』と言ってくれた。しかし私は喧嘩をし続けたくなかったので、彼の申し出を断りウーバーを使った。最大の過ちを犯してしまった...」

その後、ドミニクさんはハーレムで2人の警官が撃たれた事件をCitizen(犯罪を知らせるアプリ)の通知で知り、夫にテキストをした。「あなたが怒っていることは知っている。知っているけど、無事かどうかだけ知らせて。今は忙しいと、それだけでもいいから知らせて」。返信はなかった。

アプリでリベラさんの居場所を探すと、ハーレム病院にいることがわかった。「仕事で病院に向かったのだろう」と思ったという。

「あなたはもうここにいないけど、私を通して生き続けてほしい」「生涯、最期まで、あなたを愛しています」と、リベラさんの葬儀で妻のドミニクさん。
「あなたはもうここにいないけど、私を通して生き続けてほしい」「生涯、最期まで、あなたを愛しています」と、リベラさんの葬儀で妻のドミニクさん。写真:ロイター/アフロ

しかし警察からの連絡で訃報を知り、病院へ急行した。「ねぇベイビー、起きて。私はここよ」。ドミニクさんは病院でシーツに包まれ変わり果てた夫に問いかけ続けた。

「あなたが私の元から去って行ったなんて信じられない。生き返って、私に『さよなら』を言ってくれたらと、もう一度『愛している』と言うことができたらと、淡い期待を持ったが…。私は今も、悪夢の中をさまよっています」

リベラさんの葬儀で震えながらスピーチをする妻のドミニクさん。

ドミニクさんによると「無垢な子どもの恋心を持ち合った2人が、まさか結婚するとは思いもしなかった」らしいが、インスタグラムの昨年11月の投稿では、新郎のリベラさんについて「最期まで(生涯の)ソウルメイトであり、親友であり、恋人。リベラ夫人より」と綴り、結婚記念日を振り返っている。つい3ヵ月前、2人は幸せの絶頂にいた。

「システムは我々を裏切り続けている。私たちはもはや安全ではない。警官でさえも…」。急増する銃犯罪の根源となっている欠落した刑事司法制度と、マンハッタンの新地方検事(アルヴィン・ブラッグ氏、Alvin Bragg)による、犯罪者に甘いとされている政策に疑問を投げかけ、リベラさんの悲痛な叫びを代弁する形でドミニクさんはスピーチを終えた。

銃撃事件で死傷した警官は、今回の2人の警官を入れて今年ですでに5人にも上る。2014年には駐車中のパトカーにいた2人の警官が突然、路上から射殺される事件も起こった。

「(銃器の流入経路の)河川がいくつもあって、市内で合流し犯罪の海と化している。その流れを堰き止める必要がある」と専門家は指摘する。今月就任したばかりのエリック・アダムス市長は銃犯罪の減少計画を発表しているが、いったん「濁流」となった勢いを堰き止めるのは容易なことではない。市はどう対処していくのだろうか。

参考記事

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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