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【実際の最大射程の推定値】アイアンドーム:10km、ダビデ・スリング:80km、アロー3:数百km

JSF軍事/生き物ライター
イスラエル軍より、アイアンドーム、ダビデ・スリング、アロー2、アロー3

 イスラエル製の防空システムと言えば「アイアンドーム」が有名ですが、あまりにも有名になり過ぎたせいで、大手メディアの間ですらイスラエルの防空システムはなんでもかんでもアイアンドーム呼ばわりされてしまう事態となっています。

関連:アイアンドームとアロー:イスラエル防空システムの違い

 しかしこれは歴史的にもよくあることで、かつての太平洋戦争では零式艦上戦闘機(ゼロ戦)が活躍すると日本戦闘機はなんでもかんでもゼロ戦呼ばわりされてしまいました。一方でアメリカ戦闘機はなんでもかんでもグラマン呼ばわりです。※グラマンは戦闘機メーカーの会社名。

 実のところ戦闘機の種類を混同してしまうのはそれほど大した問題にはなりません。しかし迎撃ミサイルの種類を混同してしまうと場合によっては大きな問題になります。たとえばアイアンドームはロケット弾迎撃用であり、弾道ミサイルを迎撃できません。可能な任務と不可能な任務を混同してしまうと困ったことになります。

イスラエル製の主な防空システム

  • アイアンドーム:全長300cm、直径16cm、重量90kg ※ロケット弾迎撃
  • ダビデ・スリング:全長460cm、直径35cm、重量400kg ※ロケット弾迎撃
  • アロー2:全長700cm、直径80cm、重量2800kg ※弾道ミサイル迎撃
  • アロー3:全長560cm、直径53cm、重量1500kg ※弾道ミサイル迎撃

※一部の数値は筆者の推定。公式発表数値に明らかな矛盾があるため。

 アイアンドームやダビデ・スリングはイランから飛来する射程1500~2000km級の準中距離弾道ミサイルは迎撃できません。アイアンドームは通常サイズのロケット弾迎撃用で、ダビデ・スリングは大型サイズのロケット弾迎撃用です。これらは多層防御というよりは単に担当範囲が異なっています。

 一方でイスラエルの弾道ミサイル迎撃は多層防御で「中間段階をアロー3で迎撃して突破されたら終末段階をアロー2で迎撃」する二段構えです。終末段階にはさらにパトリオットも加わります。ただしイスラエルのパトリオット(イスラエル名称:ヤハロム)はPAC-2のみでPAC-3は計画があったものの導入を取り止め、PAC-2はダビデ・スリングで更新予定です。

アイアンドーム:射程10km(推定)

イスラエル軍よりアイアンドーム防空システムの米海兵隊向け仕様「MRIC」試作型
イスラエル軍よりアイアンドーム防空システムの米海兵隊向け仕様「MRIC」試作型
  • 全長300cm、直径16cm、重量90kg 

 アイアンドーム防空システムに関する誤解で最も多いのは公式発表数値の「4km~70km」という数字です。実はこれは迎撃目標に想定している敵ロケット弾の射程の意味であり、アイアンドーム防空システムのタミル迎撃ミサイル自身の射程の意味ではありません。(※なおアイアンドームはシステムが改良されて現在は射程120km級ロケット弾対応可能に改修済み)

 アイアンドームのタミル迎撃ミサイルは重量90kgしかなく短距離SAM(SHORADとも呼ぶ)というカテゴリーに入ります。このサイズの地対空ミサイルは射程7~10km・高度3~5kmくらいが平均的で、もしも70kmも飛べたら中距離・長距離SAM(HIMADとも呼ぶ)の領域になってしまいます。これを知っていれば誤解のしようがありません。

 アイアンドームの防護範囲は公式発表数値では150平方kmとされています。これを仮に円形とした場合、半径約7kmの円になります。つまり対ロケット弾の想定で射程7kmと解釈できます。ただし実際の防護範囲は単純な円形ではないのでおおよその数字になります。

 なお地対空ミサイルの有効射程は敵目標の速度次第であり、高速目標には防護範囲は狭くなり、低速目標には防護範囲が広くなります。アイアンドームも速度の遅いドローン相手には射程10km以上を発揮できると推定できます。

 アイアンドームはカウンターRAMと呼ばれる対ロケット弾迎撃兵器です。射程4~70kmのロケット弾に対応可能(後に120km級ロケット弾対応に改修)とは、一般的な大きさのロケット弾を想定した設計であるという意味です。この射程は122mm(グラド)、220mm(ウラガン)、300mm(スメルチ)の旧ソ連製多連装ロケット御三家に相当する性能のロケット弾が該当します。

※アイアンドーム(ヘブライ語名称:キパットバルゼル)、意味は鉄のドーム。当初はゴールデンドーム(キパットザハブ)と命名される寸前だった。

※タミルはイスラエルの男性人名でよくある名前から採用。ただし込められた意味はヘブライ語で「迎撃ミサイル」の略語である「Til Meyaret」を更に縮めたもの。

ダビデ・スリング:射程80km(推定)

イスラエル国防省より防空システム「ダビデ・スリング」の発射直後
イスラエル国防省より防空システム「ダビデ・スリング」の発射直後
  • 全長460cm、直径35cm、重量400kg

 ダビデ・スリング防空システムに関する誤解で最も多いのは公式発表数値の「40km~300km」という数字です。実はこれは迎撃目標に想定している敵大型ロケット弾の射程の意味であり、ダビデ・スリング自身の射程の意味ではありません。なお初期計画では「70~250km」対応を目標に開発され、後に対応範囲が拡大されました。

 つまりダビデ・スリング自身の射程を300kmや250kmと記述した資料は、迎撃目標に想定している敵大型ロケット弾の射程と誤解しています。しかし中くらいのサイズの迎撃ミサイルであるダビデ・スリングがそんなに長い最大射程を持っている筈が無いのです。

 それではダビデ・スリング自身の射程は何kmなのかというと、はっきりした公表数値が無く類推できる情報もあまりありません。そこでダビデ・スリングと似たような大きさの2段式の迎撃ミサイルと比較すると、たとえば同じラファエル社のパイソン対空ミサイルやダービー対空ミサイルのブースター付きのモデルがダビデ・スリングとよく似たサイズで同じ2段式です。そしてパイソンやダービーを地上発射するスパイダー防空システムのER(射程延伸型)仕様の有効射程は「80km以上」とラファエル社のパンフレットに書かれています。

 このことから同じラファエル社のダビデ・スリングも同程度の射程80kmではないでしょうか? そしてスパイダーER防空システムの射程が通常の航空機を対象としたものだとすると、対ロケット弾想定のダビデ・スリングの有効射程はそれ以下で、40~60kmである可能性があります。

 なおダビデ・スリングは空力操舵のみで、サイドスラスターやTVCは装着されていません。すると空気が薄くなる上空20~25km近辺が空力操舵で細かい機動が可能な限界になるので、これ以上の高度での機動は困難です。にもかかわらず一部のヘブライ語の出典の不明瞭なダビデ・スリングについて書かれた資料では高度「50~75km」「30~50km」を飛べるという物理的に有り得ない情報が書かれています。しかしこれが迎撃高度の数字は有り得ません。もしかするとこの数字は、最大射程の勘違いではないでしょうか?

 ダビデ・スリングの役割はイスラエル最大都市テルアビブの防空です。ガザ南部からテルアビブまで約100kmあるので、この距離を届く大型ロケット弾が相手だと、本来は射程70km級ロケット弾想定のアイアンドームでは荷が重く、後からアイアンドームを改修して射程120km級ロケット弾対応にはしましたが、無理をしているので迎撃範囲が狭い状態でした。

 そこで対ロケット弾用のカウンターRAMでありながら中距離・長距離SAM(HIMADとも呼ぶ)の領域に入る特殊な迎撃兵器として生まれたのがダビデ・スリングです。大型ロケット弾に対して大都市を広域防空する任務を担当します。

 ダビデ・スリングが射程300kmまで対応なのはレバノンやシリア南部から発射される大型ロケット弾まで想定しているからと推定されます。射程300kmまで対応ならば大型ロケット弾のみならず小型の短距離弾道ミサイルの一部も対応可能な範囲ですが、しかしイランやイエメンから発射される射程1500km級の準中距離弾道ミサイルまでには対応していません。

※ダビデ・スリング(ヘブライ語名称:ケラ・ダビデ)、意味は「ダビデの投石器」。ペリシテの巨人ゴリアテを倒した逸話からの命名。なお以前はシャルビット・クサミーム(ヘブライ語で「魔法の杖」の意味)とも呼ばれていた。

関連記事:ブースターを切り離す都市広域防空兵器「ダビデスリング」

アロー3:射程数百km(推定)

日本防衛省及びイスラエル国防省の発表写真よりSM-3とアロー3(注釈は筆者)
日本防衛省及びイスラエル国防省の発表写真よりSM-3とアロー3(注釈は筆者)
  • 全長560cm、直径53cm、重量1500kg

 アロー3防空システムに関する誤解で最も多いのは公式発表数値の「2400km」という数字です。実はこれは迎撃目標に想定しているイランの準中距離弾道ミサイルの射程の意味であり、アロー3自身の射程の意味ではありません。

 このあたりの説明は筆者が2021年2月20日に書いた過去記事「アロー3大気圏外迎撃ミサイルのTVC(推力ベクトル制御)」で既にまとめてあるので、こちらをご覧ください。

 ただしアロー3は分類上は二段式ですが構成としては実質的に一段式ミサイルに近く、迎撃弾頭のTVC付きロケットは急激な軌道変更用であり、射程の多くを第一段ロケットの推進力で稼いでいます。アロー3の射程は近い大きさの戦域防空用の弾道ミサイル防衛システムの中で比べると、THAAD(一段式、射程200km)以上でSM-3ブロック1A(三段式、射程1200km)以下の範囲だと考えられます。

 アロー3の一部の推定値に最大射程2400km(1500マイル)というSM-3ブロック2Aに匹敵する数字がありますが、アロー3の推定重量1.5トン級で二段式ミサイル(実質的には一段式に近い)という大きさと構成から考え難い数字です。普通に考えても、より大きく三段式のSM-3の方が射程は長くなるでしょう。おそらくですが2400kmとはアロー3の射程のことではなく、想定している迎撃目標のイランの中距離弾道ミサイルの射程の数字を勘違いしているのかもしれません。

 イスラエルの国土の狭さから言っても迎撃ミサイルが射程2400kmもあるのは過剰です。射程240kmでも1基で全国土の防衛が可能です。

出典:アロー3大気圏外迎撃ミサイルのTVC(推力ベクトル制御)

 イラン東部からイスラエルを狙う場合は射程2400kmになります。この数字はそういう意味なのでしょう。イラン西部からは射程1100kmでも間に合いますが、狙われやすい弾道ミサイル移動発射機を目立つ場所に展開したくないので、国土の奥深くに配置しようとすると射程の余裕が必要になります。

過去15年間にイスラエルは防空システムを大幅に強化し、最長2400キロ離れた場所から発射される弾道ミサイルを迎撃する新たなシステムを導入した。

出典:イランの報復受けたイスラエル、防空システムは有効か-Bloomberg(2024年4月14日)

 同じ解釈はブルームバーグも行っています。しかし他メディアではアロー3の射程を2400kmと書いているケースを今も多く見受けられます。

※アロー3(ヘブライ語名称:ヘッツ3)、意味は「矢」。大気圏外専用の弾道ミサイル迎撃システムで、迎撃弾頭はTVCを用いて宇宙空間で機動する。射程数百km(推定)、迎撃高度100km以上(公式)、迎撃高度70km以上(推定)。

アロー2:射程70km(公式)、射程150km(推定)

イスラエル軍および米ミサイル防衛局よりアロー2迎撃試験の写真を拡大して90度回転させた比較用写真
イスラエル軍および米ミサイル防衛局よりアロー2迎撃試験の写真を拡大して90度回転させた比較用写真
  • 全長700cm、直径80cm、重量2800kg

 アロー2防空システムについては迎撃目標として想定している射程「1500km」のイランの準中距離弾道ミサイルという数字はありますが、敵ミサイルの射程とアロー2自身の射程の取り違えの誤解は生じていません。これはイスラエル軍がアロー2の射程の数字を公式発表しているからです。

 しかし直径や重量に関してイスラエル軍の公式発表の数値が明らかに間違っているという問題が生じています。射程についても公式発表数値よりもう少し長く飛べるのではと推定されています。

イスラエル空軍の公式サイトに掲載されているアロー2の数字「全長:7.00m、直径:0.6m (基部)、重量:2800kg」のうち、直径0.6mはおそらく誤記載で直径0.8mが正しい可能性が高そうです。

出典:アロー2迎撃ミサイルの全長・直径・重量の公表数値について推定

 アロー2は射程70~150km・迎撃高度10~50kmで、極超音速兵器に対応可能な迎撃高度を有しています。もともと弾道ミサイル迎撃用に設計されていたのでこれは偶然の産物だったのですが、これを生かして本格的に極超音速兵器に対応できるようアロー2を元に改良したアロー4を開発中となっています。

 アロー2とその後継アロー4は「Endo-exo-atmospheric interceptor」、大気圏内外迎撃ミサイルと称されています。大気圏内専用でも大気圏外専用でもない、大気と宇宙の狭間を機動可能な特殊な迎撃ミサイルです。

※アロー2(ヘブライ語名称:ヘッツ2)、意味は「矢」。大気圏内外を機動する弾道ミサイル迎撃システム。射程70~150km・迎撃高度10~50kmで、空力操舵が効き難くなる高度25km以上でもTVCで機動可能。

※アロー1は試験用で迎撃ミサイルとしては量産されず、後にTM-91C標的ミサイルとして転用されている。

まとめ

  • アイアンドーム:対応可能な最大目標120km、自身の最大射程10km
  • ダビデ・スリング:対応可能な最大目標300km、自身の最大射程80km
  • アロー2:対応可能な最大目標1500km、自身の最大射程150km
  • アロー3:対応可能な最大目標2400km、自身の最大射程数百km

※誤解が生じる原因はイスラエル独特の防空システムの性能表現である「対応可能な最大目標(相手の弾道ミサイルやロケット弾の射程)」と「自身の最大射程(迎撃ミサイルの射程)」の取り違え。

※用語解説

  • SAM:Surface-to-Air Missile 地対空ミサイル
  • SHORAD:Short Range Air Defense 短距離防空
  • VSHORAD:Very Short Range Air Defense 近距離防空
  • HIMAD:High-to-Medium Air Defense 高・中高度防空
  • Counter-RAM:Counter-Rocket, -Artillery and-Mortar 対ロケット弾等
  • BMD:Ballistic Missile Defense 弾道ミサイル防衛
軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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