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シリアのアサド政権が滅亡、ダマスカス無血開城

JSF軍事/生き物ライター
モスクワにあるシリア大使館の前で掲げられたシリアの自由の旗(写真:ロイター/アフロ)

 2024年12月8日、シリアの首都ダマスカスが陥落しました。圧政者バッシャール・アサドはモスクワに逃亡しています。2011年3月15日から始まり13年8カ月3週3日間の長きに渡った壮絶なシリア内戦は、推定46万人以上の死亡者を出しながら、反体制派の勝利によってとうとう終わりを告げました。

 11月27日から開始された反体制武装勢力の攻勢から僅か11日で決着が付いています。大規模な市街戦での抵抗は発生しておらず、全戦線が雪崩を打ったように崩壊していきました。これは政権軍の中から逃亡や投降、裏切りが大量に出たことを意味します。この最後の戦いは事前の調略で全てが決していたのです。

北部からの攻勢(シャーム解放機構:HTS)

  • 11月27日:攻勢開始
  • 11月30日:アレッポ陥落
  • 12月05日:ハマー陥落
  • 12月08日:ホムス陥落

南部からの攻勢(南部作戦室:複数の南部勢力の連合)

  • 11月29日:攻勢開始
  • 12月06日:ダルアー陥落、スワイダー陥落
  • 12月07日:クネイトラ陥落

→ダマスカス攻勢(ダルアー県とスワイダー県を経由)

南東部からの攻勢(シリア自由軍:SFA)

  • 12月06日:攻勢開始
  • 12月07日:パルミラ陥落、カルヤタイン陥落

→ダマスカス攻勢(カルヤタイン経由)

ダマスカス攻勢(南部作戦室/シリア自由軍)

  • 12月07日:ダマスカス南側から侵入(南部作戦室)
  • 12月07日:ダマスカス北側から侵入(シリア自由軍)
  • 12月08日:ダマスカス陥落

※シャーム解放機構(HTS:Hay'at Tahrir al-Sham)は日本の報道では意訳されてシリア解放機構と呼ばれる場合もある。元ヌスラ戦線。イスラム過激派と紹介される場合もあるが、2016年頃からアルカイダとの関係は断絶している。

※南部作戦室(SOR:Southern Operations Room)は今回の作戦のために新設され急きょ集まったシリア南部の複数の武装組織の連合。SORという略称はあまり使われていない。

※シリア自由軍(SFA:Syrian Free Army)によく似た名前の自由シリア軍(FSA:Free Syrian Army)という別の武装組織もあるので注意。

 戦力として最も多く、最も大きな貢献を果たしたのは北部攻勢の主力であるシャーム解放機構です。北部の大都市アレッポの奪還から全てが始まりました。ハマーでは先鋒が一時は政権軍に撃退されるも再攻勢で攻略し、続いて交通の要衝ホムスに迫った時点でこの内戦は決着が付いていたと言えます。ホムスが陥落するとシリアの地中海沿岸部(ロシア軍が駐屯している)と首都ダマスカスとの連絡路が遮断され、先が無いのは目に見えていました。

 戦力的には弱小な筈の南部作戦室とシリア自由軍があっという間に攻め込んでダマスカス攻略に成功したのは、シャーム解放機構の北部攻勢でアレッポ・ハマー・ホムスと次々と抜かれていったことを見て政権軍の士気が崩壊したことが原因です。特にハマー陥落以降に、逃亡や投降や裏切りがさらに加速していって誰も真面目に戦おうとしなかったからでしょう。そしてダマスカスは無血開城されました。

 ダマスカスは陥落し、市民に毒ガスを使った虐殺の圧政者バッシャール・アサドは逃亡しました。対アサド戦争終結、おめでとうございます。シリアに自由あれ。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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