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大人の日帰りウォーキング 夫からアウトドアショップへ買い物に誘われても 夫婦デートを断った妻の理由

わか子ライター

良人と由美子夫婦は車で東京の自宅を目指して、関越道を走っている。
お盆の帰省からの帰りであるが、今年は台風が本州を直撃する予報が出ていたので、日程を前倒しにして良人の実家を出発した。
もうすぐ定年退職を迎える良人と、四捨五入すれば50歳と言い張る由美子夫婦には大学生の息子が一人いる。小さなころは田舎の祖父母に会いに行くのを楽しみにしていたけれど、大学生にもなればバイトや友人との約束に忙しいと言う。
いつまでも親と一緒に行動しているのも、かえって心配になるので、子どもが成長して自分の世界を持つのは良いと思っている。しかし、息子本人は行かないのに、お小遣いはもらって来てねと必ず言う。お小遣いが欲しい気持ちはわかるけれど、それは、図々しい。

あー、渋滞しちゃったね。
運転席にいる由美子はブレーキを踏みながらハザードランプのスイッチを押して、後続車の様子を伺っている。
由美子だけでなく、良人も車の運転は出来る。今日、由美子が運転をしている理由はじゃんけんに負けたからである。良人と由美子が車に乗る前に必ず行う謎のルールが運転じゃんけん。じゃんけんは、由美子が勝つことが多い印象だが、今回の帰省では行きも帰りも由美子が負けた。車の運転が嫌いではないけれど、どうしてもじゃんけんで負けたのが悔しい。

花園インターの手前は、どうしても渋滞するよな。この先の合流車線はこんなにもと思う程長く整備されて荒川まで渡ってしまっていたから驚いたけれど、それでも渋滞するよね。
由美子はハザードランプを消して一息つく。
この先の圏央道と合流する東松山近くも、きっと混むよね。今も後ろにどんどん車がつながって渋滞はあっという間に伸びているし。
よし君の実家帰りでは、いつもの事だ。しかし、今では小さい子どもがいる訳じゃない。何より、よし君がイライラしないのが助かる。道路が渋滞するとイライラする人は苦手だ。イライラしても渋滞は解消しないと言いたい。そして、同乗者にイライラしている気持ちを全開でアピールされると、一緒にいる方が疲れてしまう。今でいう何とかハラスメント、何だったっけ?

田舎から帰る車内には、農家である良人の実家でもらった沢山の野菜やお米が積んである。トランクだけでは乗り切らず後部座席にまで進出してしまい、車の中は二人乗り状態である。
田舎の新鮮野菜は東京で買う野菜とくらべものにならない程美味しい。家に帰ってから1つずつ洗って、水を切って、レジ袋に入れて冷蔵庫までの作業は大変で疲れるけれど、贅沢な悩みかもしれない。でも、今日は疲れたから明日にしよう。

そうだ、由美ちゃん、高速を降りて寄り道して帰ろうよ。
突然、何かを思い出したように良人が言った。
今日のような、一年に数回しかないまっすぐ家に帰りたい日に、いきなり何をいいだすのかと思った。しかも、高速を降りても一般道もすいすい走れる訳ではないじゃないし、疲れているからもう帰りたい。
アウトレットだよ。買い物に行こうよ。
買い物とは魅力的な言葉。とても惹かれる私。でも、花園インターは過ぎたからもう降りられないよ。近くに新しくアウトレットモールが出来ていたのよね。
良人と由美子が乗っている車は、渋滞の列に並んでノロノロとしか動かない。
違うよ、新しいアウトレットには行きたいお店が無くてね。もう少し先の入間のアウトレットだよ。モンベルのお店があるからね。
そういう事か。先日、街道ウォーキングに行ったときに帽子が欲しいって言っていたよね。でも、入間に回るのも遠くなるし、今日は疲れたから帰りたいよ。

夫の実家で過ごすお盆休み程、妻にとって疲れる時間はない。
田舎の義父はすでに他界しているが、義母はまだまだ元気にしている。そして、義妹家族と甥や姪とその子供たち。さすがに結婚25年にもなれば、結婚当初と顔ぶれは変わっているが、私も少しは慣れた。私たちも家族も親せきも、歳をとって丸くなってきているが、それでも遠慮なしに思った気持ちを口に出す感覚に慣れることは無い。素直なのかもしれないけれど、なんで、あんなに人の心に引っかかる言い方をするのだろう。ちょっと、言い方を変えれば、言葉を受け取る側の印象も変わるのにと何時も思う。ある意味、特殊能力だわ。
郷に入っては郷に従えだと、毎回、思い込むようにしていても、体力的にも精神的にも疲れるのは変わらない。

本当に疲れた。だから、私は家に帰る。反対されても帰る。運転しているのは私だ。
でも、アウトドアショップへ買い物に行きたい。街道歩きを始めてから私にも欲しい物があるのよね。

甲州街道歩きを始めた良人と由美子夫婦。初回は日本橋を出発して一番目の宿場である内藤新宿を過ぎ、京王桜上水駅から電車で帰宅した。この日に歩いた距離は約16km。

二回目の今日は、前回終了した桜上水駅から出発し、甲州街道である国道20号を西に向かって歩き始めていた。甲州街道で2番目の宿場である下高井戸宿は、この先にある上高井戸宿との合宿であり、宿場の規模も小さく月の半分を交代で宿場の業務をしていたという。
国道20号沿いに下高井戸宿の本陣や問屋場跡がある記録もあるが、それらの場所に説明版などは無く、高速道路の高架が走る都心らしい風景が続いている。

こんなところに説明版があったよ。通りすぎるところだったよ。
良人が見つけたのは、車の通りが激しい国道20号と歩道を仕切るガードレールに沿うように立てられている一里塚の説明版だ。

下高井戸の一里塚説明版 江戸より4番目(世田谷区下高井戸1丁目)
下高井戸の一里塚説明版 江戸より4番目(世田谷区下高井戸1丁目)

下高井戸の一里塚、江戸から4里になるのよね。甲州街道の一里塚、1番と2番は残っていなかったけれど、3番目の笹塚、4番目の下高井戸は見つけられたから、一里塚ハンター気分でこの先も一里塚を見つけながら歩こうか。そう言って、由美子は一里塚の説明版を写真に収めた。
一里塚ハンターか、腕が悪くても出来そうなハンターだね。
良人が由美子をからかったが、由美子は意外と理解力とスルー力が高く、余計な言葉は相手にしない。
おやじの突っ込みにいちいち反応しているとこっちが疲れる。スルーが一番だわ。この年代になると、狙っても滑るよね。と心の中で思っている。
国道20号、甲州街道の上を走っていた中央道は右にそれ、国道20号は西に延びる。環状8号線との交差点を越えると、旧甲州街道は脇道に入っていった。脇道に入ると騒々しさが落ち着く。
良人と由美子は歩くペースを落とさないように歩き進む。歩く旅では頑張りすぎる必要は無いが、自分たちの目標は達成したい。無理はしないが努力はする。

あれ、これも一里塚と書いてある。
確かに、旧甲州街道沿いにある石に「甲州道中一里塚 日本橋依利(より?)四里 高井戸宿」と書いてある。あれ。

旧甲州街道沿い 謎の一里塚の石碑(世田谷区上高井戸1丁目)
旧甲州街道沿い 謎の一里塚の石碑(世田谷区上高井戸1丁目)

さっき、国道20号にも高井戸一里塚の説明版があり、それにはこの場所にあったと言う内容が書かれていた。
一里塚ハンターの由美ちゃん、さっき撮った写真を見せてよ。
相手にしてほしいだけだろうけれど、一里塚ハンターと、わざわざ付けて言わなくても良いよね。今回は完全スルー出来ずに心の中で言い返しながら、スマフォを取り出して写真を探す。写真に写っている説明版には杉並区教育委員会と書かれていた。なるほど、と言いながら、今度は自分のスマフォで位置を検索している。
この場所も杉並区だよね。
何だかピンポイントに気になってしまったらしい。確かに、1か所にしかないはずの一里塚が2か所あっちゃだめよね。それは解るけれど。
この辺りは杉並区と世田谷区のちょうど境目だけれど、杉並区みたいだな。だとしたら、教育委員会設置の説明版の方が信用できる気がする。しかし、この石碑はなんだ?お寺の人が石碑を造っちゃったのかな。

確かに、紛らわしいけど。ま、一里塚ハンターとしては事実を記録するのみだわ。
一里塚ハンターの由美子が写真に撮って先に進むと、さらにもう一つ一里塚の石碑があった。一体いくつあるのだ。

里程標(新一里塚)明治3年建立 内藤新宿より三里 世田谷区給田三丁目
里程標(新一里塚)明治3年建立 内藤新宿より三里 世田谷区給田三丁目

次に現れた一里塚の石碑には説明版があり、新一里塚と書かれてあった。
これはなんだ。理解するのにハードルが高いぞ。
とりあえず、江戸時代に造られたものではなく、明治になって造られたものみたいだね。距離は内藤新宿から三里と書いてある。
一里塚ハンターは、ややこしいよと言いながら、写真に収めた。

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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