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大人の日帰りウォーキング アラフィフ夫婦の歩く旅 あなたと越えたい峠越え

わか子ライター

よし君、そろそろ起きて!今日は一緒に出かける約束だよ。

まだ眠い。そうか、今日は約束していた日だったか。

昨日は仕事で手続きの間違いが見つかった。若いスタッフが間違えてしまったようだが、そのことに他のスタッフも気付くことがなかったのも問題だった。とりあえず、先方に連絡をしたり、修正や今後の対応を調整して、それらを部内のスタッフに割り振ったりで残業になってしまった。ようやく仕事が片付いたころに、若いスタッフたちは飲みにでかける話をしていた。自分にも声をかけてくれたのは正直に嬉しかったが、遠慮してまっすぐ家に帰ることにした。風呂でさっぱりした後に飲むビールは最高に美味しかった。けれど、昨夜は飲みすぎたかもしれない。

眠い目なのか、飲みすぎでまぶたが浮腫んでいるのか。腫れぼったい両目をこすりながら、ようやく起きだして水を飲んだ。

何時に家を出る?

8時前には出発しないと。

少し前、妻の由美子がママ友の葉子さんと一緒にウォーキングに出かけてきた。一日かけて約20kmを歩く日帰り旅(下記に関連リンク)は、なかなか大変だったようだ。翌日も、翌々日も、筋肉痛で足が痛いと言ってはいるものの、なんだかそれも誇らしげで嬉しそうにも見えた。同時に、なんだか予感はしていた。自分も誘われそうだと…。

大学を卒業してから働いてきた会社の定年退職まで残り1年を切った。ようやく会社員も卒業することが出来そうだとホッとしている。会社には定年後の再雇用の制度があるので、続けて働く事も出来るけれど、どうしようか。由美ちゃんにしてみれば自分は働いていた方が良いのだろうな。定年をした旦那がずっと家にいて大変になる奥さんの話を、ネットニュースで見かけると複雑な気持ちになる。

一人息子が小学生の頃は、少年野球のお手伝いで週末は忙しかった。その後も高校まで野球をしていたので試合の応援に行くこともあったが、息子も大学生になり、子育てはもう終わる。そして、自分には趣味もなく、これから何かやりたいことがあるのかと聞かれても特にない。そろそろ、定年後の生活を本気で考えないと、とも思っている。

アラフィフ?アラ還暦にもほど近い、良人と由美子夫婦は早々に支度をして自宅を出発した。

今日の予定はどうなっていたっけ?と、言おうとしてぐっと飲み込んだ。口に出したらダメなセリフだ。

由美ちゃんは今日のためにいろいろ準備してくれている。下調べして、予定を立てて、電車の時間も確認して、天気予報だって確認しているはずだ。服装にも気遣ってくれ、持ち物も飲み物も、リュックも準備してくれている。そして、一番大切なことは、定年後にやってくるこれからの人生をどうするかだ。由美ちゃんは気にしてくれている。一緒に楽しめる時間を持とうと思ってくれているに違いないと自分は思う。今日は、夫婦で楽しめる趣味探しの一日でもある。なのに、これじゃはじめから丸投げだよな。

夫婦二人は京王新宿駅で特急電車を待っていた。えーと、確か街道歩きだったよな。高尾に向かっているから高尾山?それじゃ登山だ。という事は、甲州街道になるか。国道20号を歩くのか。高尾山から先の国道20号はそんな楽しんで歩けるような道じゃなくて車の往来が激しい道路のはず。少し、不安になる。

休日の朝、京王線新宿駅のホーム。ハイキングや登山に向かう人が多くいるが、新宿駅が始発なので二人は座ることが出来た。しかし、明大前駅でさらに乗客は増え電車内はハイカーで埋め尽くされた。通勤電車と全く異なる雰囲気に圧倒されながら、世の中にはこれほど多くのハイカーがいるのかと思った。ハイキングや登山ブーム、一時よりは落ち着いてきたかもしれないが下火ではない事は確かなようだ。自分と同世代の人々が、色とりどりのリュック(ザック)やウエアを身にまとっていた。世の中は健康志向でもあるのか。

途中で一度の乗り換えをして、新宿から1時間かからずに高尾駅に着いた。高尾駅ではJR中央本線に乗り換える人、JRから京王線に乗り換えて高尾山口駅に向かう人、高尾駅で降りる人、ハイカーで大混雑だった。

何とか高尾駅を出ると、人の流れが去ってからトイレに行く。道中にトイレはない訳ではないけれど、ここで済ましておかない理由はないという。素直に従う。そして、コンビニで食べ物を調達する。今日のコースでは途中に食事ができる店はないから、多めに持参した方が良いと言われたそうだ。二日酔いで朝から何も食べていないし、おにぎり3個と大きなソーセージが入ったパンを選んだ。由美ちゃんもおにぎりとパン、そして5個入りドーナツを手に取った。支払いは自分がする。計画や準備を丸投げしているからこれくらいは当然だ。飲み物は由美ちゃんがスポーツドリンクとお茶を用意してくれていた。

9時30分頃、二人は国道20号に出て西に向かって歩き始めた。この辺りは歩道があるから安心して歩けると思っていると、右に曲がって脇道に入っていく。甲州街道って国道20号だよね?

国道20号を甲州街道と言うけれど、所々には旧街道が残っているそうなの。この辺りでは、もともとはこっちの脇道が甲州街道で、明治に入ってから大垂水峠を抜ける今の国道20号ができて甲州街道と言われるようになったそうよ。

そうなのか。この先で相模湖に抜ける国道20号の峠を大垂水峠と言うのも知らなかった。とりあえず、車の往来が激しい場所は通らないようなのでほっとする。歩いて先に進んでいくと小仏関跡があっった。

関所と言えば、東海道の箱根や中山道の碓井だと思いながら説明版を読んでみると、甲州街道では小仏関が重要な関所であったと書かれている。小仏と聞くと渋滞で有名な小仏トンネルだよねと由美ちゃんは言った。小仏と聞いて関所を思い浮かべる人は少ないだろう。

高速道路の橋脚の下をくぐり先に進むと、高尾山道と書かれた石碑があった。ここから高尾山へ行けるのか。高尾山と思われる方を眺めると、確かに山がある。ふと、これから先に進む道を眺めると、そこにも山がある。ぐるっと見渡すと、山に囲まれている。これって、山をこえるってことだよな。二日酔いが冷めてきていた頭の中に、山が現れた瞬間だった。

様子を見ていた由美ちゃんが言った。高尾山の標高は599mで、これからこえる小仏峠は548mと聞いたよ。よし君、出かけるなら景色が奇麗な場所が良いなって言ったから相談したのよ。そうすると、碓井峠、箱根峠、さった峠も候補になったけれど、ちょっと遠いから。

なるほど、確かに小仏なら遠くないな。景色も、奇麗かもしれない。高い場所に行けば景色は奇麗なはずだ。ケーブルカー、あったよな?それは、高尾山か…。

おにぎりを食べよう。リュックの中からコンビニで買ったおにぎりを取り出して食べる。そんなに長い距離を歩いていないが、朝食を食べていないのでおなかが空き始めていた。そして、この先は登山が待っている。いや、正確には峠越えだけれど、自分にとっては登山で良い。エネルギー補給は必要である。一個では足らない。もう一個食べてお茶を飲んだ。さぁ行くぞ。心の中でつぶやいた。

歩き進むとJR中央本線のレンガ造りの橋脚があった。なかなか見ごたえがある。明治時代の物かもしれないが、現役とはすごいな。と、つぶやいていると由美ちゃんはすでに先へと進んでいる。そういえば、由美ちゃん毎日ウォーキングしているから体力があるよな。あ、取り残されているじゃないか。急いで歩きだした。

ここまでの距離はどれくらいだろうか。結構な距離を歩いたと思う。目の前には山道がある。本格的な山越えだ。戻るのなら今しかない。途中に小仏バス停があったのは確認している。

引き返そう!ここまでで十分頑張ったよ。言えないよな…。

ようやく6km程を歩いたよ。ここからが本番の山道だね。登山道だわ!

由美ちゃんは何だか嬉しそうだ。スポーツドリングで喉を潤した。行くしかないか。

山道に入ってからの事はあまり記憶にない。登山靴ではなくスニーカーを履いていたので、石や木で足を捻らないように気を付けるようにするだけで精いっぱいだった。山の中でけがだけはしたくなかった。二歩、三歩進んでは息が切れる。立ち止まっては呼吸を整えるを繰り返す。歩きなれている由美ちゃんは、僕ほどではなさそうだけれど、立ち止まって息を整えるのは同じだ。結構、きつい。

無我夢中で峠を登り、もうだめだと思った瞬間だった。自分たち夫婦をさらりと別のご夫婦が抜かしていった。

はぁはぁ息をしながらあぜんとしていると、ご主人が声をかけてくれた。

もうすぐそこが、小仏峠ですよ。

峠から東京が見えていた。

山の中で倒れずに済んだ。

大げさだと笑いながら言われた。

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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