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経済的スランプの中国が7兆円以上の対アフリカ経済協力を約束した3つの理由――諸刃の剣のFOCAC9

六辻彰二国際政治学者
FOCAC9での習近平国家主席とセネガルのファイ大統領(2024.9.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • 経済的にスランプが続くが、中国政府は強気の方針を崩しておらず、アフリカ向けに3年間で510億ドルの資金協力を約束した。
  • そこには地政学的な目的だけでなく、グリーン分野での主導権確保やグローバル金融における存在感など、中国自身の利益が織り込まれている。
  • ただし、アフリカではすでに財政悪化で債務不履行に陥る国も出ており、この状況下で貸付を増やすことには懸念も大きい。

スランプの中の前のめり

 中国経済をめぐるニュースはこのところGDP成長率の鈍化若年失業率の高止まり、土地国債のバブルといったスランプを印象づけるものが目立つ。

 それでも中国政府は強気のようだ。

 9月4日から3日間開催された第9回中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)首脳会合で習近平国家主席は、50カ国以上の首脳・閣僚を前にして、アフリカ向けに3年間で約510億ドルの経済協力を約束した

 FOCACは中国のアフリカ政策のプラットフォームで、2000年から3年ごとに開催されてきた。

 今回のFOCAC 9で示された金額は、前回2021年のFOCAC 8より約100億ドル多く、日本円に換算すれば7兆円以上にのぼる。

 念のために補足すれば、約510億ドルのうち約100億ドルは民間投資で、中国政府や政府系金融機関が拠出する金額だけでみれば、前回2021年から大差ない。

 それでも日本政府が2022年、アフリカ向けに官民合わせて300億ドルの拠出を約束したのに比べると、金額の大きさが目立つ。

 とはいえ、経済的に決して絶好調といえない状況で、なぜ中国はこれほどアフリカ進出に前のめりなのか。そこには大きく3つの理由をあげられる。

資金協力に慎重な欧米との差別化

 第一に、国際的な支持固めという、いわば地政学的な理由だ。

 大前提として、アフリカ大陸の国の数は国連加盟国の約4分の1を占める。そのため、国際世論の主導権を握りたい先進国と中ロのアフリカ争奪はエスカレートしている。

 例えばバイデン政権は昨年、3年間で550億ドルのアフリカ向けの民間投資を約束した。さらに今年6月にはケニアをサハラ以南アフリカ各国で初めて“主要な非NATO同盟国”に指定し、安全保障協力を強化するなど、アフリカへのアピールを強めてきた。

 ただし、バイデン政権は550億ドルの民間投資を約束したものの、実際に投資するかしないかの決定権は最終的にはもちろん企業にあるわけで、いわば目標に過ぎない。その一方で、公的資金による支援はむしろ減っている

 実際、先進国全体で拠出した政府開発援助(ODA)のうちアフリカ向けの占める割合は2020年の35.2%をピークに減少し続け、2022年には25.6%にまで落ち込んだ。

 その主な原因としては先進国自身の景気低迷に加えて、巨額のウクライナ支援があげられる。

 例えばEUは今年2月、復興支援を含めてウクライナ向けに500億ユーロの資金協力を約束したが、その一方でヨーロッパ各国はアフリカ向け支援を減らし、その合計は48億ユーロにのぼった。

 つまり、欧米が静かにブレーキを踏むタイミングであるだけに、FOCAC 9で提示された510億ドルはアフリカにとって金額以上の意味をもつ。

経済的スランプ脱却の一助

 スランプの中国がアフリカ進出に前のめりである第二の理由は、それがスランプ脱却の一助になるという期待だ

 これまで中国はアフリカで道路や高速鉄道といったインフラ建設を行ってきたが、そのほとんどがローンだ。そのうえ、必要な資材の少なくとも半分に中国製品を用いる契約であることが一般的である。

 つまり、中国の経済協力はもともと中国自身にも利益をもたらす構図になっているのだが、これに拍車をかけているのがグリーン技術の開発・普及だ。

 習近平はFOCAC9の基調演説のなかで「中国はアフリカが“環境に配慮した成長のエンジン(green growth engine)”を構築するのを支援する用意がある」と強調した。

 先端技術における主導権を握る目標のもと、中国はプラグインハイブリッド車や電気自動車の生産量で世界一である。

 一方、アフリカの多くの国もパリ協定に署名していて、温室効果ガスの排出規制義務を負う。また、アフリカでは地球温暖化にともなう干ばつや水害が多発していて、気象衛星などのニーズも高まっている。

 こうした状況でグリーン技術・製品の普及をテコ入れすることは、中国企業のビジネスチャンスを拡大させる。

グリーン製品の上流と下流の掌握

 ただし、アフリカでは電気自動車の普及は進んでいない。その一方で、送電線の整備などが遅れているため、農村などでも独立して発電できるソーラーシステムの需要は高い。

 例えば今回、北京を訪問したナイジェリアのボラ・ティヌブ大統領は、ソーラー技術供与などに関する覚書を交わした。ナイジェリアはアフリカ一の産油国で、中国との貿易額は約240億ドルにのぼる。

 このようにアフリカは中国にとってグリーン製品の市場なのだが、それと同時にグリーン製品のサプライチェーンの上流でもある

 コンゴ民主共和国やジンバブエなど、アフリカにはリチウムイオンバッテリーの製造で重要なリチウムやコバルトを豊富に産出する国が多いからだ。

 このうちコンゴ民主共和国では先月、中国の支援により、首都キンシャサと鉱業の中心地ルブンバシをつなぐ高速道路を含め、3本の幹線道路を建設する計画が明らかになった。費用の総額は70億ドルにのぼるといわれる。

 つまり、このタイミングでアフリカ進出を加速させることは中国にとって、グリーン製品の販路を拡大すると同時に原料を確保することにもなるのだ。

人民元普及の布石

 そして第三に、中国がアフリカに約510億ドルもの資金を投入する理由として、それが“ドル一強体制の打破”のステップになることがあげられる。

 そのヒントはFOCAC 9で提示された資金額にある。

 ここまでわかりやすくするため便宜的に“約510億ドル”と記述してきたが、習近平が基調演説で公表した金額は、正確には“3600億元”だった。

 前回までのFOCAC首脳会合では多くの場合、米ドルで資金額が提示されてきた。

 それが今回、人民元建てで資金提供が約束されたことは、アフリカ各国にとって決して悪い話ではない

 ドル高傾向が続くなか、貧困国にとってドル建てでの取引や返済はこれまでより負担が大きくなっているからだ。そのため、途上国同士の取引ではドルを用いないことも増えている。

 ただし、中国政府が人民元建てで資金協力するのは、アフリカの利益のためだけではないだろう。

 中国はもともと国際取引におけるドル一強体制の打破を目指してきたからだ。

米ドルが基軸通貨であることは、世界全体に対するアメリカの影響力の一つの源泉でもある。そのため、中国はこれまでにも「一帯一路」構想などで人民元の普及を進めてきた。

 とすると、FOCAC 9における人民元建ての巨額の資金協力は、グローバル金融における存在感を高めようとする中国の戦略の一環といえる。

リスクはないか

 ただし、中国のアプローチには大きなリスクもある。その最大のものがアフリカの債務問題だ。

 コロナ感染拡大後、アフリカ各国の財政状況は極度に悪化していて、ザンビアやガーナなどデフォルト(債務不履行)に陥った国もある。

 これに対して、アメリカが大きな発言力を握る国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、経済協力と引き換えに税金引き上げなどによる財政再建を求めているが、アフリカでは緊縮策よりむしろ資金投入による景気回復を求める意見も強い。

 中国のアプローチは緊縮財政など求めず、むしろ景気浮揚を優先させようとするもので、アフリカ各国政府の要望に合致しやすいことは間違いない。

 ただし、すでに悪化しているアフリカ各国の財政状況が、中国資金の流入によってさらに悪化する懸念も大きい。

 つまり、このタイミングであえて貸付を中心とする資金提供を増やし、それがアフリカ各国の景気回復につながれば中国の大きな手柄になるだろうが、一歩間違えればさらにアフリカを借金漬けにしたという汚名だけが残ることにもなる。

 その場合、先進国からの「債務の罠」批判がこれまでより強くなることは疑いない。

 その意味で、FOCAC 9で示された方針はアフリカにとってだけでなく中国にとっても諸刃の剣といえるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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