EVは地球に優しくても人間に優しくない一面をもつ――コバルト生産の闇
- 電気自動車が普及するにつれ、リチウムイオン電池の原料であるコバルトへの関心が高まっている。
- しかし、世界一の産出国であるコンゴ民主共和国では、コバルト生産をめぐる児童労働などの人権侵害が深刻である。
- こうした闇は、脱炭素への関心が高いが故に、国際的にはないものと扱われている。
いまや「脱炭素(カーボンニュートラル)」の一つの柱として世界的なトレンドになりつつある電気自動車(EV)は、地球には優しいかもしれないが、人間には必ずしも優しくない一面がある。
児童労働によって成り立つEV
小泉環境相(当時)が4月、「温室効果ガスの排出量を2030年までに13年度比で46%削減する」方針を打ち出したことは、その数値目標の出所をめぐる「おぼろげな」曖昧さもあって批判を招いたが、国内の政局はともかく、脱炭素の方針そのものは今後とも世界的なトレンドであり続けるとみられ、持続可能な開発目標(SDGs)との関連でも頻繁に取り上げられている。
なかでも世界的に高い関心を集めているのがEVの開発・普及だ。ハイブリッドなど既存の省エネ技術に優位のある日本メーカーは総じて消極的だが、これと対照的にヨーロッパ勢は、メルセデスが全ラインナップを電化する方針を2017年に発表するなど、いち早くこの波に乗っている。
ただし、脱炭素で注目されるEVも万能ではなく、そこには影もある。
とりわけ深刻なのが、EVの心臓ともいえるリチウムイオン電池の生産に欠かせない鉱物、コバルトをめぐる人権侵害だ。世界全体のコバルト生産の60~70%を占める中部アフリカのコンゴ民主共和国では、コバルト開発で児童労働が蔓延しており、搾取や暴行だけでなく劣悪な環境での死亡事故さえ頻繁に発生しており、この問題は2017年に国連の国際労働機関(ILO)でも議論されている。
コンゴの闇の奥
ところが、脱炭素が大きなムーブメントを生むなか、コンゴの問題はないものとして扱われやすい。他の分野でエシカルを強調する国・企業も、その例外ではない。
その典型例は、コバルト開発にかかわる多くの企業が2019年12月に訴えられた裁判だった。その対象には、アップル、グーグル、マイクロソフト、デル、テスラなどの名だたる欧米企業だけでなく、浙江華友コバルトなど中国企業も含まれていた。
この裁判は、大企業に対する訴訟を支援するアメリカの民間団体インターナショナル・ライツ・アドボケート(IRA)が起こしたもので、IRAはコンゴ人の14家族の代理人として、同国でコバルト開発にかかわる海外企業が「子どもを違法に就労させただけでなく、安全確保を怠り、事故で死亡させた」として提訴した。
訴状によると、こうした企業は法令に違反して子どもを雇用し、食事も十分に与えず、賃金は1日2〜3ドルしか支払っていなかったという。これらの鉱山では安全対策もおざなりで、しばしば死亡事故も発生している。
訴えられた企業の一つグーグルは英BBCの取材に対して「あらゆる原材料を倫理的に調達し、グローバルなサプライチェーンから児童労働を削減することに努めている」とコメントしている。
残念ながらコンゴ民主共和国では、それ以外の資源の採掘でも海外企業のからむ人権侵害が数多く指摘されているが、温暖化対策の切り札として注目されるコバルトの開発にはサステナブルやエシカルといったイメージがともないやすいだけに、その影も大きくなる。
人権保護の観点から企業活動の監視を行なうイギリスのNGO、開発における権利と説明責任(RAID)の責任者アンネク・ファン・ワンデンバーグ氏は「コバルトは地球温暖化対策に欠かせない資源だが、数百万台のEVに必要なリチウムイオン電池の不名誉になるような、搾取的な労働条件から目を背けるべきでない」と指摘する。
国際的に黙認される人権侵害
もちろんコンゴでも児童労働は法的に規制されている。
しかし、アフリカでは政府と癒着する企業による人権侵害が見過ごされやすく、とりわけコンゴ民主共和国はこれが目立つ国の一つだ。そのため、法令でいくら児童労働などを規制していても、企業に対する監督などはほぼザルで、問題が指摘される企業への是正勧告などもほとんど行われていない。
それどころか、海外企業の利益を守るため、コンゴ政府が深刻な人権弾圧を行なうことさえある。
コンゴでは海外の巨大企業とローカルな採掘者の間で、境界線などをめぐってしばしばトラブルが発生し、時には暴力的な衝突にまで発展してきた。この背景のもとで2019年、同国最大のコバルト鉱山にコンゴ軍が展開し、海外企業と対立するローカルな採掘者1万人以上を居住地から追い払い、この過程で多くの死傷者が出たと報告されている。
コバルト生産をめぐる深刻な人権侵害は、コンゴ国内の腐敗だけでなく、グローバルな黙認によっても成り立っている。
深刻な人権侵害をともなって生産された資源の調達には、規制がかかることもある。コンゴの場合、先進国はコンゴ産の金、スズ、タンタル、タングステンなどの輸入を規制している。
しかし、コンゴ産コバルトに関しては、輸入規制が適用されていない。脱炭素のトレンドが加速するとともにコバルトの重要性が増すなか、その輸入規制を各国は後回しにしているといえる。いわば脱炭素のために人権侵害が黙認される状況のもとでコバルトは生産され、それを用いたリチウムイオン電池はEVだけでなくスマートフォンやPCに利用されているのである。
「誰一人取り残さない」とのギャップ
念のためにいっておけば、EV普及を批判するつもりはない。脱炭素の目標そのものは重要だし、さらにいえば仮に先進国が「人権」を理由にコンゴ産コバルトの輸入を規制しても、それは結果的にこうした問題に頓着しない中国企業の独占を許すだけという判断が働けば、先進国がこの問題に深入りしないのは「現実的」とも呼べる。
とはいえ、コバルト生産にかかわる企業の多くがSDGsに協賛し、エシカル消費やサステナビリティの旗振りをしているだけに、そのギャップが際立つこともまた確かだ。ちなみにSDGsの理念は「誰一人取り残さない」である。
脱炭素が目指すのは、石炭・石油・天然ガスといった化石燃料に依存する、産業革命以来の生産・消費構造の大転換だ。その産業革命の発祥の地イギリスでは当時、蒸気機関を動かすための石炭の採掘現場で子どもが低賃金で1日10時間以上働くことが当たり前で、10歳未満の就労が初めて禁じられたのは1878年の工場法改正でだった。テクノロジーに比べて、人間そのものの進歩は極めてペースが遅いといえるかもしれない。