電気自動車“過剰生産”で対立するG7と中国――その影にあるジンバブエのリチウム鉱山開発ブーム
- G7各国では中国による電気自動車などの過剰生産が市場取引を歪めることへの懸念が強まっている。
- 中国による電気自動車生産で無視できないのは、戦略物資となった鉱物リチウムを半ば独占的に調達できる原産地を確保していることである。
- なかでも南部アフリカのジンバブエは、リチウム産地としてポテンシャルが大きいとみられながらも、G7各国が開発の手をほとんど伸ばせない国である。
クリーンエネルギー分野の覇権抗争
イタリア南部プーリアで6月13~15日に開催されたG7首脳会合では、中国による電気自動車などの過剰生産が重要議題の一つとなった。
電気自動車とプラグインハイブリッド車の世界最大手である中国のBYDは、昨年世界全体で300万台以上を販売した。これは第2位の米Teslaの2倍近い規模で、その約40%はヨーロッパ向けに輸出された。
G7の懸念に対して中国政府は「過剰生産はない」「誇張されている」と反論する。
しかし、確かなのはG7と中国がハイテク覇権競争に直面していることだ。
先端技術分野で競争力を高めるため、中国は国内企業に膨大な補助金を出している。
そこにはAIやドローンの他、クリーンエネルギー技術も含まれる。独キール世界経済研究所の試算によると、BYDの場合、中国政府からの補助金は2023年だけで21億ユーロ(3,528億円)にのぼった。
その電気自動車生産に関連して無視できないのが、中国によるリチウムの確保だ。
リチウムは電気自動車の心臓ともいえるリチウムイオンバッテリーの生産に欠かせない原料の一つである。中国自身が年間1万4000トン以上のリチウムを生産していて、これは世界全体の約13%で世界第3位の生産量に当たる(第1位はオーストラリアの52%、第2位はチリの25%)。
しかし、中国企業はそれ以外でも半ば独占的にリチウムを調達できる産地を確保している。その一つが南部アフリカのジンバブエだ。
リチウム争奪戦の舞台ジンバブエ
ジンバブエではニッケル、金、ダイアモンドなどの鉱物資源が豊富に産出するが、リチウム生産量は2021年段階で1200トン程度と、世界全体の1% に過ぎなかった。
しかし、そのポテンシャルは大きく、世界全体のリチウムの20%程度が埋蔵されている可能性も指摘されている。
その開発で先行するのが中国企業だ。
中鉱資源集団(Sinomine)が2022年2月にリチウム鉱山の経営権を取得したのを皮切りに、中国企業は今年3月までにこの国のリチウム開発に約28億ドルを投資したとみられる。
中鉱資源集団の広報室によると、その所有するリチウム鉱山の一つMasvingoだけで埋蔵量は約6500万トン(現在の全世界の年間生産量は10万トン程度)にのぼる。
そのデータには疑問も残るが、少なくともジンバブエでリチウム生産が活発化していることは確かで、2022年に約7060万ドルだった輸出額は2023年には6億7400万ドルにまで急増した。
そのほとんどは中国向けの輸出だったとみられている。
先進国が出遅れる理由
これに対して、もちろん先進国企業の活動もゼロではなく、例えばオーストラリア企業Metal Groveもジンバブエでリチウム開発に参入している。
しかし、それでも先進国には出遅れが否めない。
その最大の理由は、欧米が2000年代からこの国に経済制裁をしいてきたことにある。
ジンバブエでは1999年、白人所有地を政府が補償なしで収用できる法律が可決した。
19世紀の植民地時代に入植したイギリス人などの子孫は人口の1%程度だが、ジンバブエ独立後も耕作可能地の半分近くを所有し続けてきた。黒人中心のジンバブエ政府は、これを取り上げてかまわないという法律を作ったのだ。
この問題はいわば植民地支配の遺産と呼べるが、白人財産の没収という事態を受けて、米英など欧米各国はジンバブエに対する経済制裁を発動した。
それと入れ違いのように、ジンバブエに急速に浸透したのが中国企業だった。
その結果、IMFのデータによると、ジンバブエの輸出額に占める中国向けの割合は8.9%(2022年)を占め、国別で最多である(輸入は17.9%)。
アメリカはジンバブエに向かうか
欧米とジンバブエの関係には変化の兆しもある。
ジンバブエ政府は欧米との関係改善を目指して2020年、財産を没収した白人に総額35億ドルの補償金を支払うことを約束した。これを受けて米バイデン政権は今年3月、2003年から続けた経済制裁の多くを解除した。
その前後からアメリカ企業の投資も増えている。ジンバブエ政府によると、2023年にアメリカから流入した対外直接投資(FDI)は1億7520万ドルにのぼった。
とはいえ、アメリカの大々的な参入には限界もある。制裁が全面的に解除されたわけではないからだ。
バイデン政権はジンバブエ政府による人権侵害などを問題視し、ムナンガグワ大統領やその側近に対する資産凍結といった制裁を続けている。
ところで、これらの政府要人のほとんどは、リチウムをはじめ鉱物資源の開発を行う企業の経営などにかかわっている。
そのため、たとえ制裁が政府要人へのピンポイントのものでも、欧米の主要国がジンバブエで資源開発にかかわるハードルは高いままなのである。
「中国はかつてのヨーロッパと同じ」
そのため中国企業はジンバブエのリチウム開発を半ば独占しているわけだが、現地では不安や懸念も表面化している。
国際NGOグローバル・ウィットネスなどは、ジンバブエにある中国のリチウム鉱山で児童労働、環境への配慮の不足、超過労働などの法令違反が頻発していると報告する。
また、大規模なリチウム鉱山開発は近隣住民とのトラブルも招きやすいが、中国企業が現地有力者を買収して住民を黙らせる、立ち退かせるといった事例も報告されている。
こうした背景のもと、中鉱資源集団が所有するBikitaのリチウム鉱山では昨年6月末、会社に雇われた“警備員”が現地人を銃殺する事件まで発生している。
資源開発をめぐるこうした問題は中国だけのものではないが、その規模とスピードが際立つだけに中国企業によるリチウム開発では特に目につく。
ジンバブエ人研究者タピワ・ンハチ氏は「中国のやり方はかつてアフリカの資源を持ち出していたヨーロッパの植民地主義とほとんど同じ」と述べる。
こうした批判を現地の中国大使館は全面的に否定し、「外国人嫌悪とフェイクの産物」と主張する。
ただし、ジンバブエではリチウム開発ブームが訪れる以前にも、中国人経営者が現地人に指示を徹底させるため日常的に銃で脅していた事件が発生し、裁判で有罪が確定したこともある。
それでも中国によるリチウム開発が止まることはなく、その行方がクリーンエネルギーをめぐるハイテク覇権競争にも影響する公算も高い。
とすれば、欧米は今後、リチウム開発のチャンスを諦めてでもあくまで人権問題を理由にジンバブエ制裁を継続するのか、それとも中国との対抗のために人権の旗を静かに下ろすのかの二択を迫られるとみられる。そのどちらに転ぶにせよ、ジンバブエのリチウム鉱山をめぐる人権侵害が当面改善の見込みがほとんどない点では変わらないのだが。