国や自治体に明確なノー! 有名な飲食店による署名運動は本当に正しいのか?
東京都などに「まん延防止等重点措置」を適用
2021年4月9日に東京都、京都府、沖縄県に「まん延防止等重点措置」を適用することが決まりました。東京都では、期間が4月12日から5月11日まで、対象地域は東京23区に加えて、八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田となっています。大阪府、兵庫県、宮城県では既に4月5日から5月5日まで適用されているので、全国的に新型コロナウイルスの感染拡大が懸念されているといってよいでしょう。
「まん延防止等重点措置」が適用されると、飲食店では、営業は20時、酒類提供は19時までに制限されます。東京都では緊急事態宣言が解除されてから、4月21日までは21時までの営業、20時までの酒類提供が要請されていただけに、緊急事態宣言と同じ状況に逆戻りする形です。
また、正当な理由なく命令に応じない場合、緊急事態宣言では30万円以下、重点措置では20万円以下の過料となっています。
緊急事態宣言が全国で解除され、もっと営業できるかと思っていた矢先に「まん延防止等重点措置」が適用されたことによって、飲食店は再び苦境に陥っているのです。
食文化ルネサンスとは
こういった状況を受けて、4月6日に一般社団法人 食文化ルネサンスが内閣総理大臣に宛てて署名運動を開始しました。
食文化ルネサンスとは2020年9月1日に設立された一般社団法人。
有名な料理人をはじめとし、日本の食を代表する人々が理事に就任しており、国と連携して日本の食文化の発展と推進を担う団体。3つのミッションを有しています。
・食文化の新しいあり方(マニフェスト)の表明
・文化庁と連携した食文化政策の提言
・文化功労者候補者の推薦
日本の食を押し進めていく立場であるだけに、食文化ルネサンスがコロナ禍における飲食店の状況に疑問を覚えることは想像に難くありません。
署名運動の訴え
食文化ルネサンスが署名運動で訴えていることは次の通り。
・飲食店は感染拡大の主要経路とされ、度重なる休業や営業時間短縮が要請されてきたので経営が厳しい
・時短営業が感染拡大防止に対して本当に効果があるのか疑問
・店舗形態、会食形式、感染症対策の徹底度などの要素を加味せず、一律に時短を求めるのは科学的ではない
・ガイドラインを作成すると共に実地検査と認証付与を速やかに行ってもらいたい
つまり、時短営業の要請は、論理的に納得できるものではないので、新たな施策を迅速に行ってもらいたいということです。
私もこれまで同様のことを記事で述べてきただけに、署名運動の訴えは非常に得心できます。
では、署名運動に関わっている料理人たちはどのような考えをもっているのでしょうか。食文化ルネサンスで理事を務める、大阪と東京を代表する料理人に話を聞きました。
「HAJIME」米田肇氏
大阪にある「HAJIME」は2017年に出版された「ミシュランガイド京都・大阪 2018」から三つ星として掲載されており、世界中からゲストが訪れるイノベーティブレストラン。
オーナーシェフを務める米田肇氏は「飲食店倒産防止対策」の発起人にもなるなど、常に飲食業界をリードしてきました。最近ではソニーAIのアドバイザーに就任するなど、食の領域を超えて活躍しています。
米田氏は「時短営業は夜出歩かないことにつながるが、日中は三密になってしまうので効果があるのか疑問を抱いていた。実際、時短営業に関係なく感染拡大も続いている」と施策への疑念を言及。
具体的な施策も挙げます。「三密を生み出さない工夫が必要ではないか。『山梨グリーンゾーン認証』のように、ガイドラインに基づいた感染症対策を行っている飲食店を認証すれば、時短営業は必要なく、ゲストも安心かつ安全に食事を楽しむことができる」
そして、一番大切なことは感染を広めないために飲食店とゲストが協力していくことであるといいます。
「時短営業を要請するだけでは、廃業する飲食店が増え続けるだけ。政府には科学的なガイドラインを作成してもらい、実地検査と認証を速やかに行っていただきたい。そのために署名活動を進めることにした」
最後に飲食店を代表して切実な思いを述べます。
「今営業していても、予約が入らず、客数も少ないので、求められていないのではないかと不安に陥る飲食店が多いかと思う。しかし、『行きたくても行けない』と『求められていないので行かない』は異なる。飲食店は、人にとって非常に大切な産業。この大切な文化を残していくためにも、国や自治体はできる限りのことを取り組んでいただきたい」
日本の飲食店の未来を常に考えてきた米田氏だからこそ、施策が与える影響を誰よりも憂慮しているのではないでしょうか。
「シンシア」石井真介氏
石井真介氏は東京にある「シンシア(Sincere)」のオーナーシェフ。日本一予約が取れないと称された「バカール」シェフを経て、2016年に「シンシア」をオープンし「ミシュランガイド東京 2019」から一つ星に輝いています。
水産資源の未来を考えるシェフ集団「シェフス フォー ザ ブルー(Chefs for the Blue)」や医療従事者へ弁当を届ける団体「スマイルフードプロジェクト(Smile Food Project)」に参画し、食を通した環境や社会の活動にも大きく寄与。
石井氏は次のように切り出します。
「もちろん、飲食店ばかりを優遇しろというわけではない。ただ、政治家の方々の話を聞いて感じるのは、方針を決める政府と実際の現場との見解や価値観、温度感の違いだ」
署名活動については次のように説明します。
「実情を理解してもらわないと適切な施策は打ち出せないが、少数が声を上げたところで政府は動いてくれない。したがって、団体として声を届けることにし、政策に反映していただきたいと考えた」
現在の施策については鋭い疑問を呈します。
「飲食店をひと括りにし、20時までと区切るのは意味がないのではないか。規模に対してどれくらいの席間隔にし、同じ時間に何名までなら食事してよいかなど、正確なガイドラインを策定する必要がある。店舗ごとに異なる施策を設け、協力金も納税額を考慮したりするなど、柔軟に対応していただきたい」
「シンシア」のようなファインダイニングでは何ヶ月か先まで予約が入り始めるだけに、国や自治体による方針の急激な転換は、大きな負担がかかることでしょう。それだけにフレキシブルな施策の必要性を求める石井氏の声は響くものがあります。
これまでの飲食店への対応
これまで国や自治体が飲食店に対して行ってきたことを振り返ってみれば、飲食業界が署名運動を開始した背景をよく理解できることでしょう。
新型コロナウイルスの感染が拡大した当初は、風営法の1号営業に該当する飲食店を「接待を伴う飲食店」や「夜の街」と呼んでいました。これによって居酒屋やファインダイニングなど食事を楽しむ通常の飲食店は風評被害を与えられ、3月からの書き入れ時に売上機会を失っています。
2020年10月1日に農林水産省が主導して飲食業界を救う「Go To イート(Eat)」が開始されました。しかし、11月25日に経済再生担当相の西村康稔氏が「この3週間が勝負だ」と呼びかけたことによって、1年で最大の書き入れ時である12月も売上機会を逸失したのです。
2度目となる2021年当初の緊急事態宣言も納得感がありませんでした。なぜならば、昨年末に菅義偉首相は「緊急事態宣言を出すような状況ではない」と述べ、緊急事態宣言を発令する雰囲気を全く感じさせなかったからです。
しかし、年が明けてから唐突に発出することになったので、飲食店は考えたり準備したりする余裕がありませんでした。
施策に疑問が付されるだけではなく、その発言や態度によっても、飲食店は国に振り回されています。
その結果、東証2部の上場企業グローバルダイニングが時短営業の要請を拒否し、3月22日に行政による過剰な権利制約が続いているとして都を提訴する事態に至ったのです。
東京都が特定の飲食店に命令し、命令された飲食店が東京都を提訴するなど、溝はますます深まるばかり。
全ては緩やかな必然性をもってつながっており、そこから約2週間後に、食文化ルネサンスによる署名運動が始められました。
背景を説明したところで、署名運動でも述べられていた時短営業、ガイドライン、認証の詳細について説明していきましょう。
時短営業の効果が不明
新型コロナウイルスは人類が初めて対峙する感染症なので、国や自治体がベストな施策を迅速に行うことは難しいかもしれません。しかし、飲食店に対する時短営業の要請が、本当に効果があるのかどうかは疑問です。
大手飲食店予約サービス「TableCheck(テーブルチェック)」が分析したところによると、営業時間短縮の要請期間中は、飲食店内のディナー時間帯(18:00~22:00)の密度が、通常の約1.5倍に高まっていることが分かっています。
営業時間が短くなってしまったことにより、客が集中してしまい、密になっているというのです。「まん延防止等重点措置」によって再び20時までの営業時間となれば、さらに客が集中することになることは火を見るより明らか。
いつも真っ先に行われていますが、密を生み出す時短営業は本当に効果があるのでしょうか。
ガイドラインの必要性
署名運動では、ガイドラインを作成し、基準を明確にしてもらいたいという要望が挙がっていました。
国も自治体も飲食店に対してあれこれ押し付けるものの、いまだに意味のある感染症対策を示していません。
ここで述べている意味のある感染症対策とは、具体的な指針です。つまり、席数や席間隔の距離、飛沫防止板の材質や設置数、その大きさや厚み、換気の強弱や回数の基準、手洗いやアルコール消毒の程度など、客観的に理解できる基準のこと。
具体的なことが示されていないので、飲食店は何をどこまで行ってよいのかわかりません。何十万円もかけてしっかり対策している飲食店が、ほとんど対策していない飲食店よりも、優遇されていない矛盾もあります。
国や自治体は、飲食店が感染の大きな原因であるとし、重点的に予防対策をするべきであるとして名指しするのであれば、より明確に必要となる対策を示さなければなりません。そうしなければ、ただ単に飲食店をスケープゴートに仕立て上げていることになるでしょう。
検証と認証による通常営業
ガイドラインを策定するのはよいことですが、それだけでは効果は限定的。ガイドラインがしっかり守られているかどうかを検証し、守られている飲食店に対して認証を与えることはとても重要です。
なぜならば、ルールが決められていたとしても、従っても従わなくても何も変わらないとすれば、そのルールに全く効果が内包されていないことになるからです。
東京都では感染防止徹底宣言ステッカーが配布されています。しかし、申請は自己申告であり、抜き打ち検査も本当に行われているのかどうかも不明。
チェックシートの項目には客観的に測定できる数値がほぼ記載されていません。したがって、本当にクリアできているのかどうかを判断するのも非常に恣意的なところでしょう。
したがって、改めてガイドラインを策定し、それを遵守している飲食店に対しては認証を与え、インセンティブとして通常営業を許可することが必要です。
ハンマーでもダンスでもない
ここまで署名運動が主張している内容を鑑みてきましたが、そのどれもが真っ当な意見であるように思います。
米田氏がいうように、営業時間を短くしても、他の営業時間が過密となり、余計に三密の状態をつくりやすくなりますし、石井氏がいうように細かなガイドラインを作成しなければ、当事者である飲食店は何をどうすればよいのかわかりません。
「ハンマー&ダンス」という概念があります。2020年3月末にWeb記事で掲載された、米国の起業家でジャーナリストトマス・プエヨ氏が提唱した概念です。40以上もの言語に翻訳され、注目されてきました。
・「ダンスの時間ではない」 コロナ対策で小池都知事(THE PAGE)
・新型コロナと人類は「ダンス」で共存? 40カ国語に訳された米対策論文のシナリオ(Forbes JAPAN)
ハンマーはロックダウンや緊急事態宣言など感染者を徹底的に減らす施策であり、ダンスは経済活動を再開すること。つまり、コロナ禍の中においては、強弱や緩急をつけて施策を打っていくことが重要であるというのです。
国や自治体の態度や施策が曖昧
日本でも「ハンマー&ダンス」というキーワードや概念はよく知られており、国や自治体による戦略の根幹を成しているといってよいでしょう。
しかし、国や自治体の態度を見ていると、今の状況がハンマーなのかダンスなのか、よくわかりません。
なぜならば、国民に自粛を求めながら国会議員や官僚が深夜まで大きな宴会を行っていたり、真剣に考える段階にあると述べる一方で東京2020オリンピックや聖火リレーだけは是が非でも実施しようとしたり、飲食店での会食が感染拡大の主な原因であると非科学的に断定しながらも何千もの人々が集まるイベントや密閉度が高いカラオケは無根拠に寛容であったりと、全くの矛盾だらけだからです。
今回の署名運動は、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた当初から名指しで批判されてきた飲食店による、危機感や不信感の現れであると同時に、国や自治体の態度や施策に対する明確なノーであると考えています。
一日でも早く新しい効果的な施策を
飲食に関して提案されたマスク会食に対しても疑問だらけです。
医療ガバナンス研究所理事長である上昌広氏によれば、マスク着用は賛成であるものの、飲食店でのマスク会食は机上の空論であるといいます。
マスク会食もやめるべきでしょう。朝日は「専門家は会食中にマスクを着けること自体には賛成だが、効果は限定的。近畿大学の吉田耕一郎教授(感染制御学)は(中略)「机上の空論で、あまり効果はないだろう」と話す
感染者がマスクに触る機会が増えればリスクが高ままります。検証しないいい加減な話
(原文ママ)
このような非現実的なことを考える暇があれば、厳格なガイドラインを設けて、通常営業できる飲食店とそうでない飲食店とを峻別する方が、飲食店にとっても利用する国民にとってもよほど健全で意味があることでしょう。
世界に誇れる日本の食の市場規模、つまり、外食産業の市場規模は2017年度で約25兆円もあります。それだけに、飲食店が自走できるようにした方が、国や自治体にとっても有益ではないでしょうか。
新型コロナウイルスは人類にとって未曾有の厄難であることは確かです。しかし、国や自治体が自分ごととしてより真剣かつ真摯に、そして科学的に取り組んでこなかった結果、飲食業界の中心にいる人々による署名運動が始められたといっても過言ではありません。
国や自治体はそのことをしっかりと理解し、新しい効果的な施策を一日でも早く立案し、実行する必要があります。