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仏ニースのトラック突入事件が示す「インスタント・テロリスト」の脅威:テロリストの五分類

六辻彰二国際政治学者
ニースで人ごみに突入したトラックと警官(写真:ロイター/アフロ)

7月14日、フランスのニースでフランス革命の記念日の花火大会を見物していた人々にトラックが突っ込み、次々とはねられた結果、84名の死者が出ました。トラックを運転していたモハメド・ラフエジブフレル容疑者は、警察との銃撃戦の末に死亡。7月16日、過激派組織「イスラーム国」(IS)が犯行声明を出しました

今回の事件には、近年各地で相次ぐテロ事件とは異なる様相があり、「インスタント・テロリスト」の脅威を見出すことができます。

ラフエジブフレル容疑者の人物像

まず、ラフエジブフレル容疑者についてまとめます。

事件後、フランス当局がラフエジブフレル容疑者をテロ組織との関連で把握していなかったことが明らかになりました。そのため、当局からラフエジブフレル容疑者に関する詳細な情報は示されていませんが、これまでメディアなどで伝わっている断片的な情報を繋ぎ合わせると、およそ以下のようになります。

チュニジア出身のラフエジブフレル容疑者は31歳。2005年まで首都チュニス近郊で暮らしていたといわれます。AFP通信によると、父親は2002-2004年頃からラフエジブフレル容疑者が鬱の症状を示していたと証言しています。

その後、フランスに渡ったラフエジブフレル容疑者は、ニース市内で暮らしていましたが、近所との付き合いもほとんどなく、むしろ報道によると、近所の子どもを脅すなどのトラブルがあったといわれます。その結果、フランス当局によると、暴行事件で6ヵ月間収監されたこともあります。特に、2年前に離婚してからは、より対人関係でのトラブルが多くなったようです(事件後、前妻を含む5人が当局に拘束された)。

その一方で、イスラーム過激派との関係はかなり曖昧です。英紙テレグラフのインタビューに答えたラフエジブフレル容疑者の妹は、「私たちはムスリムだけど、彼は宗教的でなかった。酒も飲むし、たばこも吸っていた(いずれもイスラームの戒律では禁じられている)」と証言しています。また、ロイター通信は「ラフエジブフレル容疑者がモスクに行ったことはない」という、以前の近隣住民の話を伝えています。

これに対して、別の近隣住民は「今年4月頃からラフエジブフレル容疑者がモスクに通い始めた」と証言。これらを踏まえて、フランス当局はラフエジブフレル容疑者が急速に過激化したとみている模様です。また、やはり英紙テレグラフは、フランスで有名なイスラーム主義者(過激派をシリアなどに送っているといわれる)オマール・ディアビーに近い人々を、ラフエジブフレル容疑者が知っていたという証言も伝えています。

テロリストの5類型

先述のように、不明な箇所も多いのですが、仮にラフエジブフレル容疑者がメンタル面の問題や対人関係の悩みから、過激なイスラーム主義者の説法に「ひっかかって」短期間のうちに過激化したとするなら、「インスタント・テロリスト」とでも呼ぶべき、極めて粗雑なテロリストといえます。これは、今までのテロリストをタイプ分けすると、より明確になります。

これまで各地でテロ活動を行ってきたテロリストたちは、大きく5つに分類できます。

第1に、「プロフェッショナルのテロリスト」です。2001年にニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込んだアルカイダ工作員たちや、シリアやイラク、リビアで活動するISの戦闘員、昨年からフランスで発生したシャルリ・エブド襲撃事件パリ同時多発テロ事件などの犯人たちは、これに該当します。

彼らは自らの政治的、宗教的な主張を世に知らしめ、さらに「イスラームの価値観に沿った社会を建設する」という大義のために、「イスラームの教えに反する為政者のもとで平穏に暮らす人々」を「背教者」と位置づけて排除しようとする点で共通します。その目的の為に自ら生命を絶つこともありますが、「自分が生き残る」ことを前提としたテロ活動の場合は、逆に事前に逃走経路などを綿密に計画する傾向があります。また、その多くは実際に戦闘訓練などを受けています。いわば「筋金入りの過激派」で、現在懸念されているのはシリアから各国に帰国しているISの外国人戦闘員のテロ活動ですが、ここまで「振り切れた」人間は必ずしも多くありません。

第2に、「生活のためのテロリスト」です。これは欧米諸国よりむしろ、中東・北アフリカを含む開発途上国でよくみられるタイプです。「貧困がテロの温床になる」といわれるように、貧困状態にある人が、そこから抜け出すためにテロ組織に加入することは稀ではありません。2014年に「建国」を宣言したISには、外国人戦闘員だけでなく、イラクやシリアの人々のなかからも自発的にこれに参加する者が現れました。例えばイラクの場合、シーア派中心の政府から冷遇されたスンニ派住民が、やはりスンニ派のISに参加することで、当時月額1,000ドルともいわれた給与を受け取った方がましという判断が働きやすい環境がありました。

「生活のためのテロリスト」の代表格とも呼べるのが、ナイジェリアのボコ・ハラムです。ISなどは人質を殺害するシーンを流布させることで自らの主張を宣伝する材料に使いますが、ボコ・ハラムの場合、人質のほとんどを身代金と交換するか、あるいは売り飛ばすかしています。そこでは「イスラームの大義」は看板以上の意味をもたず、野盗とほとんど変わりません

第3に、「強制されたテロリスト」です。例えば、ボコ・ハラムに誘拐された女性や少女のなかには、人込みで自爆することを強要されたケースが多く報告されており、国連によると過去1年間で10倍に増加しています。年端もいかない子どもの場合、身体に爆弾が巻き付けられても分からないまま、爆発させられるケースもありますが、一定以上の年齢の被害者の場合、「天国にいける」など過激派の言辞で説得する場合もあり、さらに家族や身内から求められることもあります

同様に、自らの意志ではなく、周囲の人間関係を断たれ、絶望の淵のなかでイスラーム過激派の手先となってしまうケースは、ロシアなどでも報告されています

第4に、「感化されたローン・ウルフ型のテロリスト」です。これは開発途上国よりむしろ、欧米諸国に目立つタイプです。2013年のボストン・マラソン爆破テロ事件の犯人たちは、その典型です。長年、その国で暮らしながらも、社会に馴染めないだけでなく、差別などの不公正に直面するなかで、イスラーム過激派の教義に傾斜していき、「ホームグロウンテロ」と呼ばれるテロ活動を行うのは、主にこのタイプです。SNSなどメディアの発達もあり、どこかの組織と実際にコンタクトがなくとも、情報などを入手でき、まさに「ローン・ウルフ」として行動することが可能です。ボストン・マラソン事件の場合、犯人のツルナエフ兄弟は特定のイスラーム過激派から実際に支援などを受けていたわけではなく、そのために米国当局も把握し切れていませんでした。

第5に、「ローン・ウルフ型」の亜種としてあるのが、今回のラフエジブフレル容疑者を含めた「インスタント・テロリスト」です。これもやはり基本的に一人で行動しますが、確信犯的なローン・ウルフ型と比べて、より精神疾患の兆候が強く、犯行の計画性も乏しいのが特徴です。精神的に不安定な人々が、メディアを含む周囲の情報や出来事に影響を受けやすいことを、イスラーム過激派が利用しているという指摘は、ISの台頭に合わせて、2014年にシドニーでカフェが占拠された事件や、同年のカナダ連邦議会襲撃事件などの後でみられるようになりました。

その多くはかなり場当たり的な犯行で、「自分が生き残る、あるいは逃げ切る」ことを前提としておらず、そこには「プロフェッショナル型」の確信あるいは綿密な計画性、「強制型」のように周囲との連絡を誰かに絶たれていたという事情をうかがえません。他方、「生き残る、あるいは逃げ切る」を前提にしていない以上、「生活型」とも異なります

インスタント・テロリストの脅威

今回の事件を振り返ると、ISとの関連は指摘されているものの、「4月からモスクに行っていた」という証言にあるように、控えめに言ってもラフエジブフレル容疑者のそれは「にわか仕立て」の信仰心や信念だったといえます。先述のように、メンタル面での問題や対人関係のトラブルを背景に、ラフエジブフレル容疑者は過激なイスラーム思想に「引っかかった」とみてよいでしょうが、そうだとすると深い確信があったとはいえません。

また、犠牲者の数は多いですが、犯行そのものは2008年の秋葉原通り魔事件など、日本でしばしば発生する「通り魔」に近いもので、逃走を計画していた様子もうかがえません。少なくとも、プロフェッショナルのものからは程遠いと言わざるを得ず、いわば警察と打ち合って人生を清算することを目的に、大型トラックで人ごみに突っ込んだとしかみえません

こうしてみたとき、今回の事件のラフエジブフレル容疑者は「インスタント・テロリスト」の典型例といえるでしょう。そして、今回の事件によって、次の「インスタント・テロリスト」が出てくることが懸念されます

ここで「インスタント・テロリスト」と呼ぶ、精神疾患などを抱えるタイプは、確信犯的なプロフェッショナル型などと比べて、大きな脅威とみられてきませんでした。しかし、どこの国でもストレスフルな状況が広がるなか、メンタル面での問題を抱える人は、増えこそすれ、減ることは想定できません。一方で、こうした人々の精神状態を左右しかねない過激な説法や憤りを覚えるニュースがメディアを通じて拡散する状況も、大きく変化するとはみられません。つまり、イスラーム過激派からみて、アプローチする対象は数多くいることになります。

もちろん、「インスタント・テロリスト」の場合、突発的、衝動的にテロ事件を起こそうとしても、そのための訓練を受けたわけでもなく、手段も限られています。実際、先述のカナダやオーストラリアのケースでは、関係者の努力もあって、大きな被害を出さずに済んできました。しかし、19トントラックを用いた今回の事件は、武器でないものを武器にすることで、特別な訓練を積んだテロリストがチームを作らなくても、綿密な計画を立てなくても、爆弾をいくつも用いなくても、多くの犠牲者を出すことを実証してしまいました

各国で爆弾などの武器の取り締まりが強化されるなか、「武器」でないものによる大量殺傷の一種のモデルケースができた以上、ISやアルカイダなどのイスラーム過激派が、これを使いまわそうとすることは、容易に想像されます。ニースの事件は、テロ対策をまた一段、難しくするものだったといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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