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ボストン・マラソン爆弾テロ事件から移民政策を読み解く

六辻彰二国際政治学者

ボストン・マラソン爆破事件の余波

4月15日、米国のボストンで発生した、マラソン大会を標的とした爆弾テロ事件は、チェチェン出身の兄弟の死亡・逮捕で、事件そのものの一応の決着をみました。日本など各国のイベント会場で警備が強化されたように、その影響は世界に及びましたが、現場となった米国では、今回の事件が各方面に飛び火しています。なかでも、国内のテロ対策と並んで、あるいはそれと関連して、移民政策には少なからず影響があるものとみられます。

欧米諸国における外国人嫌い

ヨーロッパで移民が国内政治問題として浮上するようになったのは、1990年代の初めでした。その代表格で、1972年に結成されたフランスの「国民戦線」が、移民排斥などを訴えて下院に議席をもつようになったのも、この頃でした。それ以前、フランスをはじめとするヨーロッパ各国の各政党は、移民の受け入れにおいて大きな差はなかったのですが、旧植民地を中心に開発途上国から流入する移民との間の雇用競争や文化摩擦が深刻化するにつれ、市民レベルでゼノフォビア(外国人嫌い)が蔓延するようになりました。

実際には、開発途上国からの移民には低所得層や低教育層が多いため、ホスト国の国民が避ける傾向のある肉体労働や単純労働、場合によっては売春に従事することが一般的で、いわば仕事の住み分けが一定程度あるといえます。そのため、ホスト国の国民のほとんどが、日常的に移民との雇用競争にさらされてきたとはいえず、経済停滞などが深刻化するなか、移民が社会的なフラストレーションを晴らす標的にされた側面は否定できません。

いずれにせよ、ほとんどの政党が気付かなかった、あるいは無視していたこの問題を問題として取り上げたことで、国民戦線は勢力を拡張し、同様の極右政党がヨーロッパ各国に伝播することとなったのです。一方で、極右政党の台頭は、昨今の経済危機と相まって、他の政党をも多かれ少なかれ移民規制に向かわせることになりました。それでも、2011年7月にノルウェーで、移民に寛容な政策をとってきた与党・労働党の青年大会などで連続テロ事件が発生したことに象徴されるように、ゼノフォビアそのものはいまやヨーロッパで拭い難いものとしてあります。債務危機に陥ったギリシャでも、市民のフラストレーションの矛先として、政府に対する抗議運動だけでなく、移民襲撃事件が頻発したことは、やはりこの観点から解ります。

一方、米国は「移民がつくった国」であり、ヨーロッパと比較して移民を受け入れやすい土壌はあります。中南米から流入する移民・ヒスパニックが、貧困層が多く、さらに英語を解さないひともいるなどの社会問題となりながらも、その人口は既にアフリカ系系米国人を上回ります。米国は「出生地主義」を採用しているため、親は不法移民であっても、米国で生まれた子どもは米国市民、すなわち有権者となります。そのため、もはや大統領選挙などで各党候補がポルトガル語、スペイン語の話者を活用する、あるいは本人が片言でもそれを話す必要すらあります。

例外としてのムスリム

しかし、やはり中東、アジア系となると、米国でもやや話は別です。特にアラブ系、イスラーム系の人は、テロとの戦いのもと、警察・FBIによる日常的な監視下に置かれるなど、米国社会におけるゼノフォビアの最大の対象になっています。これがアラブ系、イスラーム系米国市民の不満の温床となる悪循環が生まれており、日本でも一般化したホームグロウン・テロの脅威から、米国議会は2011年にホームグロウン・テロ防止法を成立させています。

最近はやや下火になりましたが、米国でいわゆるネオコンが華やかだった頃は、アラブ例外主義、あるいはイスラーム本質主義という議論が盛んに行なわれました。つまり、米国あるいは欧米諸国で一般的な、自由や民主主義といった理念は普遍的な価値をもち、多くの文化圏で受け入れられている、唯一アラブあるいはイスラームを除いては、という主張です。この主張は、要するにイスラームには自由や民主主義を抑圧する側面がある、だから彼らにその意義を説いても無駄だ、という考えに発展します。これが外にはテロとの戦い、内にはアラブ系、イスラーム系市民に対する監視という活動を支える根拠となったといえるでしょう。

今回の事件当初の米国内部の報道をみていれば、いきなりイスラーム系テロに結びつけることもなく、むしろ米国内部の過激な白人至上主義者による犯行という見方が強かったことから、少なくとも現在の米国社会が行き過ぎたゼノフォビアを警戒する理性を働かせた痕跡はうかがえます。アラブ例外主義やイスラーム本質主義が、やや抑えられた格好です。しかし、恐怖や疑心暗鬼の前には理性が容易に崩壊することは、2001年同時多発テロ事件後の米国をみれば明らかです。特に問題なのは、今回のテロ事件が組織的なものでなく、ツァルナエフ兄弟による個人的なものとみられていることです。「隣人がいきなりテロリストになるかもしれない」という環境が、ゼノフォビアを加熱させる契機になったとしても、そしてその際にアラブ系、イスラーム系市民がその標的になったとしても、不思議ではありません。

移民の選別がもつ功罪

ただし、その一方で、米国もヨーロッパも、移民を一切受け付けないという方針をとってきたわけではなく、今後もそれはないといえます。なぜなら、1990年代から欧米諸国は、移民の選別を強化してきているからです。肉体労働や単純労働に関わる移民をこれ以上受け入れるつもりはなくても、専門的な知識・技術をもったひとは話が別で、欧米諸国は一種の国家戦略として、こういった人材をむしろ世界各地から広く受け入れてきました

日本と同様に「血統主義」をとるドイツで、高い専門性をもつインド系のIT技術者を念頭に、特別枠で受け入れた移民の三世代目に市民権を付与するようになったことは、その典型です。日本と同じく医師不足に直面していた英国では、いまや医師の30パーセント以上が開発途上国の出身者です。また、最近ではフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグによる、ハイテク分野で専門的な技能をもつ移民をより積極的に受け入れるための政治団体を設立する計画が報道されています。すなわち、米国やヨーロッパ諸国は、移民を受け入れないのではなく、国家レベルでの成長のために、移民を選別して優秀なひとを積極的に受け入れる体制を強化する方向にあるといえるでしょう。

しかし、そういった選別がホームグロウン・テロと無関係かと言えば、そうではないと思われます。2001年同時多発テロ事件の実行犯グループのエジプト人リーダーは、ドイツの大学院で工学を専攻した高学歴者でしたが、ドイツ滞在時に欧米諸国への反感を強めたといわれます。高学歴・高技能であることが、ホスト国社会に対する敵対心を生みにくくすることは確かとしても、ゼノフォビアの蔓延がある以上、その影響から無縁ではいられないでしょう。その意味で、今後とも欧米諸国による移民選別政策は続くでしょうが、同時にホームグロウン・テロの脅威は高まりこそすれ、低下する兆しはみえないのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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