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「被告を絶対に許さない」三島市の死亡事故裁判、法廷に響いた遺族の慟哭

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
第3回公判を終え、メディア各社の取材を受ける被害者の長女(左)と次女(筆者撮影)

「衝突直後、父は手足を動かしうめき声を出していた、ということを、目撃者の方から伺いました。父は家族のこと、特に、前日にがんの手術を受けたばかりの弟のことが心配で、『死ぬわけにはいかない……』と、家に帰ろうとしていたに違いありません」

 11月30日午前10時、静岡地裁沼津支部の法廷で死亡事故の第3回公判が開かれました。

 情状証人として被告の夫が出廷し、尋問が行われることになっていたのですが、その前に被害者の長女・杏梨さん(28)の、遺族としての思いが法廷で公開されたのです。

子どもたちが幼かったころの仲澤さん。子煩悩で優しい父親だった(遺族提供)
子どもたちが幼かったころの仲澤さん。子煩悩で優しい父親だった(遺族提供)

 自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われている渡辺被告は、髪をひとつに束ね、白いマスクをつけた状態で終始うつむき、ときおりすすり上げるようなしぐさを見せながら、青いタオルを握りしめています。

 検察官による陳述書の代読は、さらにこう続きます。

「亡くなってしまったということだけでも家族が悲しむのに、事故の原因が自分にあるとされてしまった父の無念さを思うと、被告を絶対に許すことはできません。被告も通い慣れているはずの道、どうして赤信号で交差点に進入したのですか? どこを見て走っていたのですか? 『絶対に自分は青だった』という自信は、どこから来ていたのか、教えて欲しいです。自分の夫が、子供が、大切な人が、自分が、もしも同じ目にあったらどう思うのか、教えてください」

 被害者参加制度を利用して法廷に入り、検察官の側で肩を寄せ合うように座っていた杏梨さんの母と二人の妹も、その陳述内容を聞きながら悲しそうに肩を震わせ、時折、嗚咽を漏らしていました。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

■起訴事実を否認し、一度は無罪を主張した被告

 起訴状などによると、渡辺被告は2019年1月22日午後6時15分ごろ、三島市内で乗用車を運転中、赤信号を無視して時速約50キロで交差点内に進入。右方から青信号で走行して来た会社員・仲澤勝美さん(当時50)の原付スクーターに衝突し、仲澤さんを死亡させたとされています。

 ところが、事件はその後、異例の展開を見せました。

 被告は、5月28日に開かれた初公判で起訴事実を否認し、「自分は青信号を確認して交差点に入った」と無罪を主張したのです。

 にもかかわらず、10月22日に開かれた第2回公判では一転、カーナビデータという新証拠の出現によって赤信号だったことを認めざるをえなくなり、「赤信号で入ったのは自分だった」と、遺族に謝罪したのです。

 その経緯については、以下の記事でレポートした通りです。

『カーナビが立証した被告の「赤信号無視」 無念晴れるも、遺族が抱く初動捜査への不信』(2020/10/30配信)

『事故死した父は加害者ではなく被害者だった 待たれる捜査と非情な保険払い渋り』(2020/1/23配信)

『事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念』(2019/6/3配信)

 新型コロナウイルスの影響で傍聴席は大幅に制限され、この日も一般の傍聴者はわずかしか法廷に入ることができませんでした。しかし、そこで行われたやり取りは、ハンドルを握るドライバー、そして交通事故に関わる多くの人に聞いてもらいたい内容でした。

 事故から1年10か月、遺族はどんな思いでその時間を過ごしてきたのか。

 刑事裁判が始まってもなお無罪を主張し、亡くなった父親にあらぬ罪を押し付けようとした被告に、残された家族は何を思うのか……。

 今回はまず、法廷で読み上げられた遺族の陳述から、一部だけですが抜粋してご紹介したいと思います。

第3回公判を終え、裁判所を後にする長女と次女、被害者側の支援弁護士・高橋正人氏(筆者撮影)
第3回公判を終え、裁判所を後にする長女と次女、被害者側の支援弁護士・高橋正人氏(筆者撮影)

■「何度も、何度も、心が折れそうになった……」

<被害者の長女・杏梨さんの陳述書より>

 父はいつもの道を、交通ルールを守って帰宅していました。それなのに、事故直後は警察から「父が急な右折をしたことで起きた事故だ」と言われ、翌日の新聞にも「父が右折しようとした」と書かれてしまいました。

 父の通勤ルート、普段から慎重な運転をしていると知っている私たちは、警察の説明に納得できませんでした。

 そもそも「二段階右折をしなければならない大通りを急な右折をするはずがない!」と確信し、すぐにSNSや事故現場に立ち目撃証言を集め始めました。

葬儀後すぐに遺族が作成し、配布したチラシ(筆者撮影)
葬儀後すぐに遺族が作成し、配布したチラシ(筆者撮影)

 しかし、一度「加害者」とされてから目撃証言を集めたり、署名活動をしたりするのは簡単なことではありません。

『一度決まったものは覆らないんだよ』というようなことを何度も言われたりして、悔しい思いを沢山しました。

 何度も何度も、心が折れそうになりました。

 それでもずっと真実を求め続け、今があるのは、発信し続けた結果です。

 もし、私たちが父の通勤ルートを知らなかったら……、父がマメな性格でなければ……、私たちが声を上げなければ……、もし途中で諦めてしまっていたら……、真実には辿り着けなかったと思います。

 

 被告も苦しんでいるのかもしれません。

 事故を起こしてしまったことを悔やんでいるかもしれません。

 でも、今これほどにまで私の心を支配する、怒りや憎しみ、悲しみを、あなたに知ってほしいと心から思います。

「遺族」になってからのこの1年10ヶ月間、感情が喜怒哀楽から怒りと悲しみに減りました。これまでの間、家族の支えや周りの知人、友人のおかげでここまで来られましたが、「遺族」という特殊な立場を理解してもらうことに苛立ちも感じました。

 私は毎日毎日、どうして父が死ななくてはならなかったのか、どうしたら父に会えるのかと考えては悲しみを堪えられず泣いてばかりいます。

 全ては被告人の信号無視からきたのだと思うと、怒りが爆発しそうになります。

 被告人は逮捕されたもののすぐに釈放され、家に帰れば家族がいて、罪を認めず、免許も返納せず、私たちからすれば以前と変わらない生活を送ってきたものと思っています。

 ですが、私たちが住む、父のいない世界はあまりにも厳しく、あまりにも苦しいです。

 父の奪われてしまった人生の代償があるならば、執行猶予をつけず被告を実刑に処していただき、家族と離れる辛さを身を持って分かってもらいたいと思います。

 このような「死人に口なし」の事故で、今後、被害者が泣き寝入りをしないためにも、交通事故の悲惨さを伝えるためにも、事実と異なる証言をした被告を過失運転致死傷罪の最高刑実刑7年にすること切望いたします。

事故現場で献花する家族(遺族提供)
事故現場で献花する家族(遺族提供)

■「死人に口なし」の事故捜査、二度と繰り返さぬために

 事故後の自己防衛的な虚偽供述、不誠実な態度が、どれほど被害者遺族を苦しめるのか……。

 初動捜査に当たった警察は、なぜ、事故直後から遺族が投げかけた数々の訴えを無視し、被告の言葉だけを鵜呑みにして誤った情報をメディアに発表したのか。

 本来は、防犯カメラの映像を探して検証し、最低限、携帯電話の使用履歴等も調べ、遺族や目撃者の話にも真剣に耳を傾けるべきではなかったのか。

 そして、警察の発表に基づいてそのまま第一報を報じたメディア、大黒柱を失い途方に暮れている遺族に、根拠のない過失割合と損害賠償の見込みを一方的に突き付けた自動車共済も、その姿勢について猛省すべきでしょう。

 法廷の中で、遺族が懸命に訴えたこの声に耳を傾け、二度とこのようなことが起こらないよう、再発防止に向けての検証が必要だと思います。

 次回、第4回公判は、2021年1月21日10時から被告人尋問が行われる予定です。

(遺族提供)
(遺族提供)
ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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