事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念
「午後6時半ごろ、自宅の近所からけたたましい救急車のサイレンの音が聞こえてきました。それを聞いた母が、『パパがまだ帰ってこない……、ひょっとすると、パパかもしれない!』そう言いながら、急に取り乱し始めました。不安になって父の携帯に電話をかけても、『電源が入っていません』というメッセージが流れるだけでした」
辛い日の記憶を私に語ってくださったのは、今年1月、父親の仲澤勝美さん(当時50)を交通事故で失った、長女の勝呂杏梨さん(26)です。
「母の予感は的中しました。警察から父が事故に遭ったという知らせを受け、私たちはすぐに病院へ駆けつけたのですが、到着したときにはすでに息を引き取っていました。父が胸ポケットに入れていた携帯電話は、画面が原形をとどめないほど割れていました……」
2019年1月22日 18時13分、事故は、静岡県三島市、伊豆縦貫道下の萩西交差点で発生しました。
仕事先から原付スクーターで帰宅途中だった勝美さんは、乗用車と衝突して胸を強く打ち、大動脈損傷でほぼ即死だったそうです。
『今から帰るね』というメッセージがLINEで送られてきてから、10分後のことでした。
「実は前日、24歳の弟がガンの手術を受けていました。子煩悩で優しかった父はとても心配し、この日は仕事から帰宅したらすぐに母と一緒にお見舞いに行く予定だったんです。対面した父の顔は傷だらけで、両目をうっすらと開け、無念そうに見えました。下の妹はまだ小学生です。父は、残された家族のこれからのことが心配でたまらなかったことでしょう。それを思うと胸が苦しくなりました……」(長女・杏梨さん)
■事故直後、警察は「父の右折が原因」とマスコミに発表
勝美さんの突然の死を受け入れられず病院で泣き崩れていた家族は、さらに警察から事故の状況を聞かされ、愕然としたそうです。
娘の杏梨さんは振り返ります。
「警察官はこう言いました。『大通りをスクーターで直進していたお父さんが、細い道へ右折しようとして衝突したようです、それは間違いないですね』と……。私たちは思わず耳を疑いました。父は慎重な性格で、原付で片側二車線の大通りを通るのは怖いからと、通勤時にはあえて細い裏道を通っていました。つまり、大通りを直進するはずがないのです。相手のドライバーは、『自分は青信号で直進、対向してきた相手(父)が急な右折をした』と説明したそうですが、私たちは直感的に、その状況はあり得ない! そう思いました」
しかし、翌日の新聞では、この事故のことが警察発表のまま次のように報じられていたのです。
■父の走行ルートが違う! 目撃証言集めに立ち上がった遺族たち
相手側が加入していた自動車共済も、早々に「右直事故」と判断していたようです。
事故から間もなく、仲澤さんの家族が共済に問い合わせたところ、担当者からは、
「この事故は、亡くなった勝美さん側に少なくとも7割の過失があります。損害賠償額は自賠責保険の範囲(死亡事故の上限は3000万円)でまかなえるでしょう」
との説明があったそうです。
『警察の説明も、新聞報道も、保険の過失割合も、事故の原因は全て父の右折が前提となっている……』
しかしそれは、勝美さんの通勤経路を知っている家族には、どうしても受け入れられない現実でした。
ショックのあまり現場に足を向けることもできない母親を助けながら、杏梨さんは弟や妹と協力しながら、目撃情報を募るための行動を起こすことを決めたのでした。
「まず、事故現場の店舗に話を聞きに行きました。そして、交差点でビラ1000枚を配り、SNSでも目撃情報を募りました。また6万5000枚の新聞折込や3000枚のポスティングも行い、新聞にも取り上げていただきました」
中でもツイッターには3万1000件のリツイートなど、大きな反響があり、実際に多数の目撃情報が寄せられたそうです。
そして、事故から9日後の1月31日、事件は大きく動きました。
警察も改めて捜査を行った結果、仲澤さん側の主張を裏付ける証拠を得たとして、当初の発表から一転、乗用車を運転していた女性を「過失運転致死容疑」で逮捕したのです。
翌日の新聞には、事故直後とは全く異なる以下の記事が掲載されました。
杏梨さんは語ります。
「父が右折ではなかったこと、そして加害者側の信号無視が明らかになり、本当によかったと思っています。刑事裁判が始まるまでは、決め手となった証拠について公開することはできないのですが、もし目撃者や客観的な証拠が見つからなければ、父が加害者扱いされたまま終わっていたでしょう。このような事故が、ただの過失致死としてしか扱われないのはとても悔しいです」
■事故後の「嘘」は、事故自体の過失より責任が重い
杏梨さんのお話を聞きながら、私はかつて取材させていただいたある方の言葉を思い返していました。
『交通事故鑑定人-鑑定歴50年・駒沢幹也の事件ファイル』(柳原三佳著・角川書店)の中に、長年、交通事故の鑑定に携わってきた駒沢幹也氏(故人)から託された、そのメッセージが収録されていますので、ご紹介したいと思います。
『事故そのものは、どの事例でも当事者にとって不本意な出来事であり、主たる原因は「過失」から出発する。
だが、事後の供述は、明らかに当人の「意識行為」であり、事故の過失より責任は重い。
この「嘘」が、遺族を苦しめる。裁判に3年、5年と、遺族の苦渋が続き、警察の捜査や裁判を誤らせる。
本職のはずの警察、検察や、裁判官の間抜けもあるが、その出発点は、「加害者の嘘」が招いた結果であり、主因は当事者の虚言にある。 だから、当事者が明らかに「嘘の証言」をした場合には、罰則は「倍増」とすべきが当然。
ミカチャン、頼むよ!!』
私が取材した交通事故の中にも、事故に遭い意識不明の間に、自分が全く通ったことのない路地から飛び出したことにされたケース(■バイクにもドライブレコーダー装着を! 意識不明の間に「加害者」にされる恐怖)、亡くなったライダーの側の信号の色が、検察に上がった途端、青から赤に変わったケース(■交通事故で息子を失った母が「池袋・母子死亡事故」に寄せる思い)など、同様の事件が多々ありました。
加害者の自己防衛的な供述が独り歩きし、客観的な証拠がない場合は、真実を明らかにすることは難しいのが現状です。
被害者にしてみれば、まさに「死人に口なし」冤罪といえるでしょう。
警察やメディアは、入念な捜査をする前に断定的な発表や報道を行うことは、厳に慎むべきです。
仲澤さんの家族は今、このような事故で遺族や被害者が泣き寝入りしないためにも、「真実を供述せず、被害者に過失を押し付ける行為をした容疑者」に対して厳罰を求める署名活動などを展開しています。
杏梨さんは訴えます。
「交通事故の被害者の中には、私たちと同じように事故で大事な方を亡くされ、死人に口なしの捜査で真実に辿りつけぬまま無念の結果を迎えた方が沢山いらっしゃると思います。私たちは父の死を無駄にせず、先例となるべく、事故を起こしてしまった加害者の、事故後の行為の重さを多くの人に伝え、知ってもらいたいと思っています」