事故死した父は加害者ではなく被害者だった 待たれる捜査と非情な保険払い渋り
『今日で父が他界してから1年になります。目撃者情報や署名活動を通して本当に多くの方に支えられ、とても励まされました。家族一同、心より感謝申し上げます……』
交通事故死した父親の一周忌となった昨日、長女の勝呂杏梨さんは自身のフェイスブックにメッセージを綴りました。
2019年1月22日、午後6時頃、静岡県三島市で発生した原付バイクと乗用車の衝突事故。原付バイクで職場から帰宅途中だった仲澤勝美さん(当時50)は、ほぼ即死でした。
本件事故の問題については、昨年、『事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念(2019/6/3配信)』でレポートしました。
この記事から半年余り、今回はその後に公開可能となった事実と、損害賠償における任意保険(共済組合)の対応についてお伝えしたいと思います。
■父の走行ルートが取り違えられて
事故は当初、「直進の乗用車と対向右折してきた原付バイクの衝突」として処理されていました。
仲澤さんの家族によると、事故直後に駆け付けた病院で、三島署の警察官から、
『大通りをスクーターで直進していたお父さんが、細い道へ右折しようとして、直進してきた対向車と衝突したようです』
このような説明を受けたそうです。
そして、翌朝の新聞でも、
『仲澤さんは右折しようとし、Aさん(報道時は実名)は直進していた。(『中日新聞』2019.1.23)
と報じられました。
直進車と右折車の事故となれば、当然、右折車の過失が大です。
しかし、それ以前に、仲澤さんの家族は新聞で報じられた事故状況について、どうしても納得することができませんでした。
長女の杏梨さんは語ります。
「私たちは直感的に『父の走行ルートがおかしい!』と思いました。父はとても慎重な性格で、原付で大通りを走るのは怖いからと、通勤時にはあえて細い裏道を通っていたんです。警察が言うように、大通りを走って右折するなんていうことは考えられませんでした」
そこで事故から2日後、家族は三島警察に現場周辺の防犯カメラを調べてほしいと依頼しました。
ところが、警察の答えはそっけないものだったそうです。
「『防犯カメラなど探す気はない』そう言われました。このままでは本当に父が大通りを走っていたことになってしまう……。私たちは、なんとか自分たちでできることをしようと、葬儀を終えてから必死で目撃者探しなどを始めたのです」(杏梨さん)
■父に7割の過失があると告げてきた共済
そんな中、相手側が加入していた任意保険(自動車共済)の担当者が仲澤さん宅を訪れました。葬儀を終えて数日後のことでした。
「担当者は『この事故の過失は、右折をした原付バイクの側に少なくとも7割はある、だから賠償金は自賠責保険の範囲内で収まるだろう』という内容の説明をしてきました。父が大通りを右折したという報道を前提に、過失割合を提示されたようでした」(杏梨さん)
自動車保険は自賠責保険と任意保険の二重構造になっています。被害者救済のために加入が義務付けられている自賠責は、死亡時の保険金が最高3000万円ですが、死亡事故などの場合、それだけではカバーしきれないため、多くのドライバーが任意保険をかけているのです。
ただし、支払われる賠償金は双方の過失に応じて過失相殺されます。被害者側の過失が7割と判断されると保険金は大幅に減額され、結果的に3割分しか支払い対象にはなりません。
示談の提示は低額からスタートするのが一般的とはいえ、家族にとっては何より、事故の状況があいまいなまま、勝美さんに重大な過失があるとされたことが受け入れられませんでした。
ちょうどその頃、大きな動きがありました。
静岡県警本部から、「重大な証拠が見つかった」という連絡が入ったのです。
■県警が探し当てた父の最期の防犯カメラ映像
それは、現場近くの防犯カメラに、勝美さんのバイクが映っていたという知らせでした。
「『防犯カメラなど探す気はない』と言われていただけに、その連絡を県警本部から受けたときには本当に嬉しかったです。でも、警察で父が映った画像を見せられたときは、辛かったですね。できることなら時間を巻き戻したい……、そう思いました」
警察で映像のプリントを確認した杏梨さんによると、勝美さんが乗っている原付バイクのライトが、細い道から真っすぐに青信号の交差点へと向かっていく様子が記録されていたといいます。
まさに、「お父さんは大通りで右折などしていない」という推測を確信に変えるもので、相手側が赤信号の交差点に進入した可能性が高まったのです。
事故から9日後、乗用車を運転していた女性は逮捕されました。
しかし、その後釈放され、検察は起訴するかどうかの検討を続けています。
■自動車共済の初回提示、根拠はどこに?
「前に進みたくても、進めないんです……」
杏梨さんは現在家族の置かれている状況を、そう語ります。
事故から1年、担当の副検事には、一周忌までになんらかの結論を出してほしいと依頼していましたが、結局、起訴などの動きはいまだありません。
また、損害賠償に関してもまったく手付かずの状態で、任意保険はもちろん、自賠責保険もおりていません。
葬儀の直後、勝美さんの側に7割の過失があると説明しにきた相手側の任意保険(自動車共済)の担当者は、防犯カメラ映像の出現で一転、提示した過失割合を保留にし、『刑事裁判が始まらないと判断できない』そう告げてきたと言います。
「事故直後は私たち遺族の疑問に耳も貸さず、父が右折をしたと一方的に決め付けていたのに、いざ父に過失がなかった可能性が大になると、今度は、刑事裁判をみないと判断できないなんて……、本当に理不尽です」(杏梨さん)
真実が曲げられたまま事故が処理されていたとしても、損保会社や共済組合はときとして「死人に口なし」に便乗するかのように過失割合を認定し、遺族にその結果を提示します。こうしたことはけっしてレアケースではありません。
過去に同様の事故を数多く取材してきましたが、過失割合に疑念を抱きながらも、根拠を見いだせないまま泣き寝入りを強いられてきた被害者遺族がどれほどおられたことでしょうか。
杏梨さんは語ります。
「父の事故では多くの方が尽力して下さり、幸い、防犯カメラの映像が消えてしまう前に押さえることができました。この先どうなっていくのかは全くわかりませんが、私たちは同じような思いをされている被害者や遺族が泣き寝入りをしないよう、今後も声をあげていきたいと思っています」