カーナビが立証した被告の「赤信号無視」 無念晴れるも、遺族が抱く初動捜査への不信
私が取材していた原付スクーター死亡事故の裁判で、今月、異例の出来事が起こりました。
事故直後から「青信号」を主張していた被告(乗用車)が、刑事裁判の途中で一転、「赤信号」を認めたのです。
10月22日、静岡地裁沼津支部で開かれた過失運転致死事件の第2回公判。
この日、弁護士の申し出によって罪状認否のやり直しが行われると、渡邊さつき被告(48)は、涙ながらにこう謝罪しました。
「私はこれまでずっと、『青信号を見た』と供述してきましたが、このたび、カーナビの解析によって、私のほうが赤信号だったということがわかりました。青信号は私の思い違いでした。私の過失によって仲澤勝美さんの尊い命を奪ってしまい、また、(信号無視をしたことを)認めることも遅くなったことで、ご遺族には余計な心痛をかけてしまい申し訳ありません」
終始うなだれ、下を向いた被告の顔はマスクで覆われています。さらに、ワンレングスの茶色い長髪が簾のように覆いかぶさっているため、その表情はまったく窺い知ることができません。
閉廷後、この事故で死亡した仲澤勝美さん(当時50)の長女・勝呂杏梨さん(28)は、発生から1年9か月もたって、いきなり態度を豹変させた被告人に対し、悔しさをにじませながらこう訴えました。
「ここへきて謝りたいと言われても、今さら、という感じです……。私たちは父の通勤ルートを知っていましたので、すぐにおかしいと気づきましたが、もし、父が仕事帰りでないときにこの事故が起こっていたら、おそらく、加害者の言い分通り、何の捜査もされないまま、父の一方的な過失による事故として処理されていたと思います。それを考えると、本当に恐ろしいです」
■事故直後は父の一方的な過失と決めつけられた
杏梨さんから私のもとに初めてメールが届いたのは、昨年春のことでした。
『私の父は、青信号の交差点を原付スクーターで直進中、左から来た信号無視の車にはねられて他界しました。 ところが、加害者は事故直後に 「自分は青信号、対向してきたスクーターが急な右折をした」と証言し、警察も私たちに「お父さんが右折した」と言い切ったのです。そして、事故翌日の新聞には、父の原付が右折をしようとしたと書かれていました』
文面からは、『死人に口なし』の理不尽な対応をされながらも、泣くのをこらえ、家族で懸命に真実を追求し続けている苦しみが伝わってきました。
なぜ、遺族がここまで確信をもって訴え続けることができたのか、そして、事故から9日後に加害者が急遽逮捕された理由は何だったのか……、その経緯については、昨年6月と1月に、筆者が以下の記事でレポートした通りです。
『事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念』(2019/6/3配信)
『事故死した父は加害者ではなく被害者だった 待たれる捜査と非情な保険払い渋り』(2020/1/23配信)
事故から1年以上たった2020年2月、加害者はようやく起訴されました。
しかし、赤信号を示唆する防犯カメラの映像を突き付けられた後も、被告は「信号無視はしていない」と起訴事実を否認。
今年5月、刑事裁判が始まってもなお、無罪を主張し続けたのです。
■カーナビのデータが加害者の赤信号無視を裏付けた
では、なぜ第2回目の公判で、渡邊被告は突然、「信号無視」を認めたのでしょうかーー。
それは、本人の言葉にもある通り、自車についていたカーナビゲーションに詳細な走行データが残っていたからです。
事故の映像は、ドライブレコーダーや防犯カメラに残りますが、目的地までのルートや渋滞情報を教えてくれるカーナビに、いったいどんな証拠が残るのか、疑問を持った方も多いことでしょう。
実は、この件については、公判後の会見で遺族側の弁護士から、「カーナビ分析の依頼が捜査機関に殺到する可能性があるので、あまり詳しく報じないでほしい」という旨の話がありました。
しかし、10月29日の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)でかなり詳しく報じていたので、今後、加害者の虚偽証言の抑止になることを期待して、私が自ら調査した内容について一部お伝えしたいと思います。
これはすべての機種に当てはまるわけではないのですが、GPS(Global Positioning System=全地球測位システム)が搭載されたカーナビには、走行中の車の位置(緯度、経度、方向等)、速度などが、秒単位で記録されています。
そのデータを現場交差点の信号サイクルと照合していくことで、車が事故を起こしたときの信号の「色」を特定できるのです。
この分析と照合には手間がかかるため、全ての交通事故捜査でこれを行うことは不可能です。
ただ、今回の事故のように一方の当事者が死亡していて事実関係に争いがある場合には、最後の切り札となり得るのです。
■なぜ警察は「ながらスマホ」の捜査をしなかったのか?
実は、この刑事裁判でカーナビデータの分析を依頼してきたのは、皮肉にも被告側でした。
逆に言えばそれは、被告本人に「自分の信号が赤だった」という認識が本当になかったことの表れなのかもしれません。
第1回目の公判で被告は、
「男性(仲澤さん)にはぶつかる直前に気が付いた」
と述べていました。
このことから、仲澤さんの家族は警察の初動捜査に対して、ある不満を抱き続けてきたといいます。
今回の裁判が終わった後、杏梨さんたちは、私にこう訴えました。
「あのような大きな交差点で、なぜ、加害者は信号を見落とし、ライトを点けている父のバイクにもぶつかるまで気づかなかったのでしょうか? それはひょっとすると、他のものに視線が注がれていて、前を見ていなかった可能性があるのではないかと思うのです。私たちは事故直後から、何度も警察に言いました。加害者はひょっとするスマホを見ていたかもしれないので、とにかくそれもきちんと調べてくださいと。でも、警察は父の方が悪い事故だと決めつけていたので、結局何も調べてくれませんでした。今となっては、もうどうしようもないのかもしれませんが、私たちは今もそのことが悔しくてならないんです」
ながらスマホをめぐっては、それが原因となって、実際に信じられないような事故が数多く発生しており、2019年12月には罰則も強化されました。
死亡事故のような重大事故が発生した場合には、最低限、スマホの使用履歴の確認を徹底すべきではないでしょうか。
事故から間もなく2年、刑事裁判の判決を目前にして、杏梨さんはこう訴えます。
「父の事故では多くの方が尽力して下さり、幸い、防犯カメラの映像が消えてしまう前に押さえることができました。また、カーナビにも信号の色を裏付けるデータが残っていました。証拠の大切さを痛感しています。きっと全国各地に私たちと同じように事故で大事な方を亡くされ、真実に辿りつけぬまま無念の結果を迎えた方が沢山いらっしゃると思います。事故直後に証拠を押さえることがいかに大切か……。私たちは父の死を無駄にせず、このことを多くの人に伝え、知ってもらいたいと思っています」
次回、第3回公判は、11月30日。被告人質問が行われます。
判決は年明けになる予定です。