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最高の牛丼づくりに必要なもの、必要なこと

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
牛丼を突き詰めると肉選びはどうなる?

イベントタイトルの仰々しさに恐れ入りつつ、そもそも庶民食を代表する牛丼に「究極」とか「至高」というマクラがついている時点で漂う強烈なシュール感。やっぱり牛丼は庶民の食べ物だということを痛感します。

明治から戦前の「牛飯」は別物だった

現代の「牛丼」では正肉を使いますが、明治から昭和の戦前にかけての「牛飯」(当時はこの名称が一般的だった)は、すじ肉や内蔵肉を使っていました。要は「煮込み」を丼にぶっかけていたわけです。現在でも浅草のホッピー通りには、1951(昭和26)年創業の「正ちゃん」など当時を思わせる「煮込み」や「牛めし」を出す店があります。

当時の庶民にとって、「牛めし」は大のごちそうだったようで、1903(明治36)年生まれのコメディアン、古川緑波は「牛のモツを、やたらに、からく煮込んだのを、かけた丼で、熱いのを、フウフウいいながら、かきこむ時は、小さい天国だった」(浅草を食べる~『ロッパの悲食記』より)と後に回想しています。

そんな古川緑波が生まれた頃、『月刊食道楽』というグルメ誌が出版され、1935(昭和10)年7月号では「牛めし」が取り上げられています。

記事中の牛めし好き曰く「煮つめる程に軟かになる肉を用ひねば駄目である。何の事はない。牛の筋(すじ)肉を用ゆるのが本當」である、と。

煮込んだ牛スジ肉のとろりと濃厚な味わいは、想像するだけで喉が鳴ります。煮込めば当然タレにも味が乗るでしょう。ただし、明治から昭和初期は、冷蔵インフラも十分ではない時代。内蔵肉には相当な野趣……というか臭みがあったことが考えられます。

100年前とは変化した現代の「おいしい」

しかし、それから約1世紀が経過して冷蔵インフラは劇的に充実しました。肉やコメなど状態のいい食材も手に入るようになっています。さらにライフスタイルも当時とは変わり、人々の舌も変化しました。「最高の牛丼を!」となったときに、野趣あふれる力強い味だけではなく、クリアな味わいを目指す方向性も考えられます。とはいえ、庶民派を代表する牛丼となれば一定のジャンクさも必要かも……となかなか狙いどころが悩ましいところです。最終的には素材次第というところでしょうか。

というわけで、いったん本日(1月31日)に紀尾井町のYahoo! 本社内で開催する「究極の牛丼を作ろう」イベントで使う素材を紹介します。

本日の牛丼の素材一覧

まずは肉。告知でも紹介したように、「肉の名人」「肉の神様」と言われる滋賀県の精肉店「サカエヤ」店主、新保吉伸さん厳選の肉(現物は確認していませんが、午前中に現場に届いた模様です)。実は事前に何度か試作用に部位や特徴の違うバラ肉を送ってもらっていて、当初ナカバラで作るつもりでしたが、試作してみるとやっぱりイメージとズレたりもします。新保さんに相談しながら、最終的にはブリスケで行こうという話で着地したわけです(どうやら新保さんも牛丼を試作してくださっていたらしい。すごいなあ……)。

ブリスケとは肩バラのあたりを指します。比較的硬い部位ですが、スジがきちんと入っているので噛みこんだときの味の伸びがいい。牛丼にはうってつけだし、個人的にも肩周りの肉は味が濃くて好みなのでこちらとしても渡りに船。

そのブリスケも2回送ってもらいました。1回目はブリスケにしてはやわらかく、レア目に仕上げる口内をなめらかに通過して喉へと落ちていくタイプ。一方、2回目の肉はブリスケらしい噛みごたえが印象的な肉でした。肉に力がある分、前回よりもカットが少し薄めなような気も……。

さあ果たして届いているのはどちらのタイプの肉なのか、当日午後現在もドキドキしながら準備をしております。

そしてもうひとつの主役、丼といえばコメ。コメは宮城県の五ツ星お米マイスター第一号、高清水食糧の佐藤貴之さんに狙いを伝えて、コメをブレンドしてもらいました。噛んで飲み込むまでの口内の滞留時間を肉とそろえること、"つゆぬき"でコメ自体の食感を感じられるようにすることなど、いろいろリクエストして最終的には2タイプのブレンドを試作用に送ってもらっていました。

ちなみに五ツ星お米マイスターは「コメの評価」に携わるような印象があるかもしれませんが、どちらかというとお米の特徴を把握して、用途に応じた品種を選んだり、ブレンドを頼める人という風に捉えたほうがいいと思います。

さて今回、佐藤さんが選んでくれたタイプAは「ひとめぼれ」と「ササニシキ」のブレンド。味と香りがよく、今回のように肉の味わいがしっかりしたものとがっぷり四つに組むことができる。個人的には好きなタイプ。タイプBは「つや姫」と「東北194号」を合わせた"肉ブレンド"。素直な味わいで、極力香りを押さえた素直で控えめ、どんな肉とも噛み合うタイプ。

このどちらを選ぶかは、現場にどんなタイプの肉が届いたか確認してから決めたいと思います。

そしてコメの能力を全面的に引き出すには、炊飯器が必要です。僕は、普段は鍋炊き派ですが、どうやらゲストが20名以上いらっしゃるようで、そうなると鍋では追いつきません。大手メーカーのなかでは唯一の非圧力派である三菱電機の「本炭釜」最上位モデル(のNJ-AWA10 ※amazon.co.jpで約7万円前後)を2台お借りしました。コメの粒立ちがよく、噛み込むほどに味が伸びます。

今回はごはんの味もしっかり味わってもらいたいので、つゆは少なめ。コメとコメの粒の間の"ノリ"感やコメ自体の味わいも楽しんでいただきたいと考えております。

さてその他の素材、調味料についても、紹介しておきます。

・玉ねぎ

淡路島の成井修司さんの完熟玉ねぎ。土中で乾燥・完熟させてから、小屋に引き上げてさらに熟成させる独自のスタイルで、今回は3月に玉切れになる直前の晩生のもの。糖度が高く、味わいが深く、晩生なのにやわらかさも持ち合わせる。

昆布

言わずとしれた奥井海生堂(福井県)の羅臼昆布

醤油

栄醤油(静岡県掛川市)の木桶熟成醤油

みりん

玉泉堂酒造(岐阜県)の玉泉白瀧三年熟成純米本味醂

などなど、僕の腕をカバーする。絢爛豪華な素材や調味料を集めました。猫にこんばんは。

さて上記の豪華な食材や調味料を使っての牛丼づくりのレシピです。

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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