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食べる仕事から見た【外食】に何が起きている? 個人店と大店の離散集合に見る今月の14店(画像32点)

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト

今年も「東京最高のレストラン2025」(ぴあ)の原稿執筆が佳境です。佳境ですが、こちらの読者のみなさま向けの原稿も書かなければなりません。どちらも入稿期限が迫っています。そうそう人生において二択などという単純な考え方はできないものです。

少し前、僕らは「個人店こそが食シーンを次代に残すリレーポイント」「大店やチェーン店は必要だけどクオリティは個人店には及ばない」と考えてきました。

実際、飲食業界においては、個人店のほうが面白い料理やプレゼンテーションを作ってきたのは事実です。大店の枠から飛び出た個人がシーンを作ってきたのですから。

しかし一方でブームやトレンドの仕掛けなど、スケールがあってこそできる仕事もあります。個人と集団の境界は曖昧になり、SNSの勃興と定着でジャーナリズムとコマーシャリズムの境目も溶けました。

同じように私たちが通う飲食店も「個人と大手」「新店と老舗」「都市と地方」などという単純な構図では語ることができません。

情報の消費スピードが加速していく現代において、「食」というジャンルも例外ではありません。個人店なら飛び抜けた技術やセンスが必要ですし、そうした要素の蓄積がある個人の老舗は飲食店の宝です。

対して大店には事業のスケール感や網羅性、そして同時多発の仕掛けなどやっぱり規模があってこそできることがあるわけです。

フードテックなども活用しながら、個人と大店、新店と老舗が有機的に必然性のある集合離散を繰り返すことで、われわれの心は震わされ、日本の食シーンは強靭に盛り上がっていく。

コストカットや長時間労働という、飲食あるあるデフレマインドからどう脱却するか、楽しく考えを巡らせていかねばなりません。いやもっと軽やかに「考えを巡らせていく楽しみ」を拡大していく。そんな時代になってきてることを象徴する記事は有料部分の最後にまとめておきました。

そして今月伺った約60の店から印象的な店をピックアップしたら、そのほとんどが新しい取り組みや外部との連携に熱を込める店鋪でした。全体としては確かに個人店や個人が多いのですが、その熱意には大店も個人もありません。今月は象徴的なディナーを無料部分に含めました。

ホテルニューオータニ(東京・紀尾井町)

『令和六年 東京「肉ノ会」~尾崎牛~』と題されたホテルニューオータニ開業60周年記念のコラボディナー。この月でもっとも豪奢な会でした。和牛においては個人ブランドの先駆けでもある宮崎の尾崎宗春さんが育てる“尾崎牛”づくしのディナーです。

尾崎牛は30~34か月という長期にわたり、独自配合の飼料で育てる黒毛和牛です(※通常の黒毛和牛は20数か月で出荷されます)。肉好きの間では長くいい環境で飼われた牛がおいしいのは知られていますが、尾崎さんは国内で初めて自分の名前のブランド化に成功した生産者とも言えるレジェンドです。

すべて尾崎牛を使ったこの日のメニューは、フランス農事功労章を受章した太田高広副総料理長が構成した和洋中横断フルコースで構成され、合わせるワインは黄綬褒章受章の谷宣英エグゼクティブシェフソムリエによるフルペアリング。ちなみにレセプションでのお出迎えも氷彫刻の世界チャンピオン、平田浩一さんが削った氷の尾崎牛という絢爛豪華な取り合わせとなりました。

ドン・ペリニヨン2013でスタートしたこの会、ワインはムルソーのミシェル・カイヨ(シャルドネ)2017、ナパヴァレーのダックホーンヴィンヤード(メルロー)2021、ポマールのラ・トゥール・ジロー(ピノ・ノワール)2018、そして蔵出しのシャトー・グリュオ・ラローズ1989というラインナップ。

料理のコースは尾崎牛の前菜4種盛りに始まり、肉寿司、サーロインと松茸のしゃぶしゃぶと序盤からきっちり肉攻め。

にぎりの酢飯はニューオータニ伝統の赤酢
にぎりの酢飯はニューオータニ伝統の赤酢

中盤でスライダーサイズのハンバーガー、伝統の“ダブルコンソメ”をもう一度漉し、より一層味わい深く仕上げた”トリプルコンソメ”、シチューとフカヒレと押し込まれ、メインはフィレとパイ包み焼き、そして最後に尾崎牛の山椒煮を添えた松茸ご飯と蛤のお椀でダメを押されるという、何とも気が遠くなるような構成で、肉の伸びやかな旨味とサシの味わいも美しく、改めていい牛だとその味わいを噛み締めました。

この日の客数は50人超。ペアリングをつけると10万円を超える一夜限りの夢のようなコースでしたが、尾崎さんのファンと思しきテーブルもあれば、お一人でじっくりと肉とワインを噛みしめる方もいらっしゃいました。

いずれ劣らぬ素晴らしい生産者とシェフとソムリエの共演が、格式あるホテルの40階のメインダイニングで行われる。それは極上のオペラや観劇にも等しいエンターテインメントと言っても過言ではありません。

個人ブランドと大店&老舗がそれぞれのリソースを活かすとこんな取り組みまでできるのかという素晴らしい会で、会場のあちらこちらから感嘆と歓喜の声が漏れ聞こえてきていたことを申し添えておきます。

松ト麦(駒沢)Feat.吉春(国領)

個人同士の連携で価値を最大化する。その意味では個人店同士のコラボイベントもその範疇に入ると思いますが、個人的には個人店同士で過去最高と思える粉ものコラボ貸切会が行われたのもこの月でした。


会員制うどんスナック「松ト麦」の井上こんさんと手包み餃子専門店「吉春」の吉村千恵子さん。小麦(粉)をこよなく愛し、どうしたらもっと小麦(粉)を使った麺が、皮が美味しくなるかを考え続けているおふたりです。

以下、約6000文字分の記事と24点の画像

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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