F-35をドローンで代替するというイーロン・マスクの実現不可能な提言、無人戦闘機は時期尚早
電気自動車「テスラ」や宇宙ロケット「スペースX」などの事業を率いるイーロン・マスク氏は次期トランプ政権で新設される政府効率化省(通称:DOGE)のトップに就任する予定ですが、最近自身が経営するSNSのXで「これからはドローンの時代だ、F-35戦闘機など作っているのは馬鹿だ」と投稿しました。
これは結論から言うと現状ではとても技術的に不可能な話ですし、仮に無理矢理に実行しようとしても軍と議会が反対して、実施することは到底できない政策です。上下両院を共和党が過半数を握っていても関係がありません、共和党の議員ですら反対するからです。
ちなみにトランプ政権は1期目でもトランプ大統領(当時)がF-35戦闘機は高価過ぎるとクレームを付けていましたが、製造会社のロッキード・マーティン社はF-35が量産によって製造単価が下がることを説明し、これをトランプは自分の手柄だと主張して(もともと下がる予定だった)、量産は滞りなく行われています。
出典:トランプ大統領の言いなりで買わされた兵器など存在しない? 意外な事実(2018年11月19日)
ではイーロン・マスク氏の「これからはドローンの時代だ、F-35戦闘機など作っているのは馬鹿だ」という主張の一体何処が間違っているのか、具体的に技術的な部分を指摘していきましょう。
そもそもドローン・ショーの密集飛行は軍事利用は無理
イーロン・マスク氏は大量のドローンを密集飛行させるドローン・ショーの動画を引用しながら戦闘機は時代遅れだと主張しています。これはよくありがちな勘違いだと言えます。実はこのような密集したドローンの動きは会場付近に新設した近距離にある地上局からのGPS位置補正が必要ですし、これは事前に入力した決められた動きを行うプログラム飛行です。つまり敵地や前線での戦闘投入などは不可能です。
出典:五輪のドローン演出と軍事用ドローン・スウォーム戦術の違い(2021年7月24日)
技術的な面でいえばドローン・ショーの動画を根拠にした時点で間違いです。これは将来に戦場に革命を起こすと予想されている高度なAIを搭載した自律型致死兵器システム(LAWS)によるスウォーム戦術とは全く似て非なるものなのです。
出典:自律型無人戦闘兵器LAWSとスウォーム戦術の実用化の時期(2019年3月31日)
※自動運転(自律飛行)と自律戦闘は別の概念:単なる移動の「自律飛行」と、複雑な戦闘を自己判断で行う「自律戦闘」は、全く異なる別の概念です。当然後者の方が技術的に遥かに難しくなります。
無人戦闘機は高価になる上に実用化はまだ遠い未来
現代のジェット戦闘機は高度1万5千メートルまで駆け上がり超音速を発揮して飛行します。これに対抗できるドローンを用意しようとするとまずこの飛行性能が必要になります。同等の飛行性能が無ければ相手の戦闘機に追いつけず一方的に攻撃されて負けてしまうでしょう。つまりそのような飛行性能を与えると必然的に機体は大きく高価となってしまいます。
またプログラム飛行では空中戦闘は全く出来ません。地上に駐機中の戦闘機を狙って攻撃するなら可能ですが、それはミサイルと呼ぶべきものになるでしょう。そして遠隔操作では戦闘機並みの作戦距離を得ようとすると衛星通信になるので、操作遅延が生じてしまい、有人戦闘機が相手では絶対に勝てません。それ以前に遠隔操作では電子妨害に弱すぎて敵が電子戦システムを配備していたらまともに使えなくなります。
すると前述の高度なAIを搭載した自律戦闘型の無人戦闘兵器の登場を待つしかないのですが、これは何時になったら実用化できるかまだ分からない状況です。20年後かもしれないし50年後かもしれませんが、少なくとも10年後は無理でしょう。完全な自律戦闘型の無人戦闘機の実用化はまだ当面は無理なのです。現在は半自律型のロイヤルウィングマン無人機という、有人戦闘機から大まかな指令を受けながら戦う補佐役の無人機を開発中という段階です。
※アメリカ空軍研究所(AFRL)の動画「Air Force 2030 - Call to Action」よりF-35戦闘機とロイヤルウィングマン無人機の連携構想アニメーション(動画開始3分10秒~3分36秒)
関連記事:MQ-28Aゴーストバットと命名、豪州ロイヤルウィングマン無人機(2022年3月2日)
新型有人ステルス戦闘機を開発している世界各国
- 日英伊:GCAP
- 独仏:FCAS/SCAF
- 米:NGAD
- 露:Su-75チェックメイト
- 韓:KF-21ポラメ ※2022年7月19日初飛行
- 中:J-35A(歼35A) ※2023年9月26日初飛行
- 土:KAAN ※2024年2月21日初飛行 ※トルコ(土耳古)
現在有人ステルス戦闘機を量産している世界各国(生産数)
- 米:F-22(約200機)、F-35(約1000機)
- 露:Su-57(約15~20機) ※推定数
- 中:J-20(約200~300機) ※推定数
世界各国は有人ステルス戦闘機を量産している最中であり、また新型の有人ステルス戦闘機の開発に着手している状態です。つまり世界各国は自律戦闘型の無人戦闘機の時代は直ぐには到来せず数十年先の未来だろうと見越していることになります。
しかしイーロン・マスク氏は高度なAIを搭載した自律戦闘型の無人戦闘機が今直ぐにでも実用化できると勘違いしている節があります。4年前にもこのような投稿を行っているからです。
このあたりの認識の違いが誤解の原因となるのでしょう。数十年後にはそういった時代が到来するかもしれませんが、それは今ではありませんし、近い将来でもないのです。このことは現在行われているウクライナでの戦争でも把握することができます。
ロシア-ウクライナ戦争で大型無人攻撃機は役に立たず
- ロシアのステルス無人攻撃機S-70オホートニクがウクライナで墜落、実戦で試験投入中に迷走し撃墜処分か(2024年10月5日)
- ドローンはゲームチェンジャーではなく、バイラクタルTB2は銀の弾丸ではない(2022年6月10日)
現在行われているウクライナでの戦争でドローンがどのように使われているかを把握することが先ず肝心だと思います。ただし歩兵が観測用途に使う小型マルチコプター型ドローンや対戦車ミサイル代わりに使うFPV自爆ドローン、砲兵が弾着観測に使う固定翼小型ドローンなどはそもそも戦闘機の役割とは全く被りません。ドローンといっても様々な種類や大きさや用途の違いがあるので、ごちゃ混ぜに論じても駄目なのです。
そうすると戦闘機の役割に近い再利用型の大型無人攻撃機は、ろくに役に立っていないという評価にしかなりません。ウクライナ軍のバイラクタルTB2無人攻撃機もロシア軍のクロンシュタット・オリオン無人攻撃機も攻撃用途ではほとんど活躍できていません。しかも試験投入されたロシア軍の最新鋭ステルス無人攻撃機S-70オホートニクを喪失してしまうという大失態まで起こしており、前途多難な状況です。
ロシアのS-70オホートニクと形状がよく似ているステルス無人攻撃機には中国のGJ-11(攻击11)やCH-7(彩虹7)などがありますが、能力的にも似たようなものだとすると厳しい実戦環境での積極的な投入はまだ難しいでしょう。アメリカ海軍のX-47Bは2013年7月10日に空母への着艦に成功させる偉業を達成するも、2016年に計画中止の憂き目に遭っています。
この分野で世界をリードしていたアメリカが8年も前にステルス無人攻撃機の計画を中止してしまっていたのですから、気軽に戦闘機をドローンで代替するなどと言えるようなものではありません。X-47Bは戦闘機を相手に積極的な空中戦を行うような想定はされていない対地用の攻撃機でしたが、そのような条件ですら実用化は諦めてしまったのです。
※アメリカ海軍のX-47Bが空母着艦に成功(2013年7月10日)
そしてX-47Bは中止され艦載無人給油機計画MQ-25スティングレイに変更されましたが、戦闘用ではなくなって開発難易度が下がったにもかかわらずMQ-25の開発は遅延しており、まだ空母での発着艦試験を実施できていない状況です。
※MQ-25スティングレイの初飛行は2019年9月19日。