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「補償96%終了」の裏側、「幕引き」への疑問──元忍者・志賀泰伸氏に聞く旧ジャニーズ問題【前編】

松谷創一郎ジャーナリスト
2024年9月、筆者撮影・作成。

 旧ジャニーズ事務所(現・SMILE-UP.)が性加害問題の補償を開始してから1年が経過した。同社は、被害者救済委員会による申告者への補償が約96%終了していることを踏まえ、補償が迅速に進んでいると強調したばかりだ(SMILE-UP.2024年「被害者救済委員会による活動状況報告書について」9月30日)。

 しかし、この問題はそれほど簡単に片付くことなのだろうか。ジャニーズ事務所時代に忍者のメンバーとして活躍し、自身も被害を公表している志賀泰伸さんに話を聞いた。

不透明な補償プロセス

「被害者の方々からさまざまな相談を受けています。補償のプロセスがブラックボックス化していて、だれがどれくらい補償を受けているのか、基準も明確になっていません」

 志賀さんは、SMILE-UP.による補償の現状に懸念を示す。さらに、救済委員会との面談における問題も指摘する。

「医療の専門家の関与が不十分で、面談時の対応が威圧的だったという声も聞きます。具体的な被害状況を詳しく露骨に聞かれたり、査定のようなかたちで金額を提示されたりと、事務的な対応に傷つく方も少なくありません。被害者のなかには、症状が悪化してしまったケースもあります」

 このような対応は、被害者の心の傷を深めかねない。そのため、やむを得ず同意してしまい、後悔しているひともいるという。そんななか、志賀さんは被害者のひとりとして、他の被害者たちに寄り添う日々を送っている。

「僕自身もメンタル面で苦しい部分がありますが、力になれるよう努めています」

声なき被害者の存在

 志賀さんは、昨年10月の記者会見で現SMILE-UP.の東山紀之社長が見せた姿勢を振り返る。

「記者会見のときには『被害者の方に寄り添う形をきちっと作っていきたい』と東山さんは話していましたが、そんな現実はない状況です」

 被害者支援の難しさは、被害の実態把握にも及んでいる。志賀さんは、声をあげられない被害者の存在がいることも指摘する。

「被害者のなかには、辛い経験を語ることができないひとも多くいると思います。公式発表では認定したひとの数が発表されていますが、実際にはもっと多くのひとが声をあげられずにいるのではないでしょうか」

 さらに、現状の被害者救済制度では被害者の負担が大きいと指摘する。そして、被害者に寄り添う姿勢の重要性を強調する。

「SMILE-UP.は、幕引きを図る方向に向かっていると感じます。被害者のなかには自分の経験をうまく伝えられないひともいます。いきなり金銭的な補償の話に進むのではなく、まずは被害者の声に耳を傾ける姿勢が必要です」

 被害者たちは、トラウマと向き合いながら日々を過ごしている。そのなかで、適切な支援を受けられないことによる二次被害も懸念される。志賀さんの言葉は、現状の救済体制に大きな課題があることを浮き彫りにする。

2024年9月、志賀泰伸氏(筆者撮影)。
2024年9月、志賀泰伸氏(筆者撮影)。

告発の勇気と誹謗中傷

 このような困難な状況下で、志賀さんは他の被害者たちと連携しながら、支援活動を続けている。

「ジャニーズ性加害問題・当事者の会の平本淳也さん(元代表)とは、常に情報交換を行っています。平本さんも被害者の方々の交渉サポートや、補償金額の交渉なども行っているようです」

 しかし、被害者たちの行動には大きなハードルも立ちふさがる。告発後に深刻な誹謗中傷を受けることになるからだ。それでも、志賀さんは声をあげ続ける決意を語る。

「昨年、カウアン(・オカモト)君が最初に告白し、その後二本樹顕理さんが続いたとき、僕も何かしなければと思いました。それで昨年5月に勇気を振り絞って声をあげたんです」

 志賀さんの告発は、他の被害者たちにも影響を与えている。しかし、まだ多くの被害者が沈黙をしている現状もある。

「残念ながら、他にデビューした方で名前を出して証言しているひとは現れていません。僕が声をあげれば、現役を離れたひとたちが正義感を持って声をあげてくれることを期待していたのですが……」

 一方で、志賀さんの行動は少しずつだが成果をあげている。誹謗中傷への法的対応もそのひとつだ。

「警察の協力を得て、加害者の特定に至りました。書類送検され、最終的に罰金10万円の処分を受けました。これはジャニーズ関連の誹謗中傷事件では初めての刑事処分となりました」

2023年4月12日、ジャニーズ性加害問題について記者会見をしたカウアン・オカモト氏。
2023年4月12日、ジャニーズ性加害問題について記者会見をしたカウアン・オカモト氏。写真:つのだよしお/アフロ

社会全体の問題として

 志賀さんは、この問題の解決に向けて、あらためて重要な課題を指摘する。

「やはり補償の透明性を高め、専門家を適切に関与させる必要があります。また、誹謗中傷対策も引き続き重要です」

 とくに、補償のあり方については具体的な提案を行っている。

「被害者の中には自分の経験をうまく伝えられないひともいます。そういった方々のために、弁護士や医療関係者が付き添い、支援する体制が必要だと考えています。ひとりひとりの状況に配慮した支援が重要だと考えています」

 さらに、この問題を単なる芸能界の問題として矮小化せず、社会全体の課題として捉える必要性を強調する。

「この問題の重大性をより多くの人に理解してもらいたいと考えています。メディアの沈黙があったなかで、より開かれた議論が必要です。単に過去の清算だけでなく、日本の法制度や人権意識を変えていくきっかけにしたいと思います」

 元ジャニーズ事務所副社長の藤島ジュリー氏に対しても厳しい見方を示す。

「最高責任者であった以上は、東山さんに任せるのではなくやはりすべてを処理してもらいたかった。『私がやったわけじゃなくて、叔父がやったことなので関係ない』と思っているのかな」

 そして、志賀さんは、今後に向けた決意を示す。

「引き続き、真実を語り続けていきたいと思います。今後も、メディアや会見などを通じて、この問題の重要性を訴えていきたいと考えています」

 ジャニーズ事務所の性加害問題は、単にひとつの芸能事務所の問題ではない。それは、日本社会における権力構造や人権意識、メディアのあり方にまで及ぶ深い問題を内包している。

 志賀さんの証言は、被害者の視点からこの問題の構造的問題を浮き彫りにすると同時に、今後の課題もしっかりと示している。SMILE-UP.が匂わせる「補償が96%終わったから幕引きも近い」との姿勢は、決して鵜呑みにはできない。

 「メディアとの対話」もろくにしないまま、このままSMILE-UP.は逃げ切るつもりなのだろうか──。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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