日韓、コロナ、金正恩、児童虐待、不動産…文大統領の新年記者会見、11のポイント
文在寅大統領が毎年年初に行う記者会見は、韓国社会の今を読む格好の材料だ。約2時間にわたった記者会見の中から、11のエッセンスを抽出し紹介する。
●初の「オンライン」会見
新年記者会見は18日、青瓦台(韓国大統領府)で行われた。大統領とオフラインで向き合う「現場」には記者20人が、そしてオンラインで100人の記者がつながる史上はじめての試みだった。
新型コロナウイルス感染症の防疫を考えての措置ためだが、円滑な運営のために、4度にわたるリハーサルが行われたと青瓦台側は明かしている(なお、「4度にわたり質疑応答を繰り返した」という韓国発の情報があるが、これは明らかなフェイクニュースなので取り扱いにご注意いただきたい)。
午前10時から約2時間にわたった会見では、27の質問が寄せられた。その内、重複した内容などをまとめ、11の質疑応答として整理した。
新年記者会見の動画。韓国国民放送のリンク。
(1)李明博・朴槿惠両元大統領の赦免について
今年1月1日、与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)代表による「適切な時期に二人の前職大統領の赦免を文在寅大統領に建議する」という発言が、韓国社会に衝撃を与えた。
李明博(イ・ミョンバク、在任08年2月〜13年2月、懲役17年)、朴槿惠(パク・クネ、在任13年2月〜17年3月、懲役22年)両元大統領の赦免問題。一人目に記者が質問したことからも関心の高さがうかがえた。
文大統領の回答は「今は赦免に言及する時ではない。裁判の手続きが終わったばかり」というものだった。
続いて「とてつもない国政のろう断、そして権力型の非理(違法行為)が事実として確認され、国家的な被害が非常に大きかった。国民が受けた苦痛もとても大きい」とし、「裁判の結果を認めない段階で赦免を要求する動きを国民の常識が受け入れないだろうし、私も受け入れられない」と明確に線を引いた。両元大統領は反省の弁を述べていないことで知られる。
とはいえ文大統領は「赦免を通じ国民の統合を成し遂げようとする意見は充分に傾聴する価値がある。いつか適切な時期が来たら、おそらくより深く悩まなければならないだろう」と、余韻を残した。
しかしここでも「国民の共感」を条件に挙げるなど、世論を見ながら決めることを改めて強調した。大統領による一方的な赦免権の行使は難しく、これこそが「時代的な要請」との認識を示した。
なお、「発案者」の李洛淵代表は文大統領の発言を聞いた後で記者団に対し、「大統領の意に従う」と短くコメントした。
【参考記事】
「李明博、朴槿惠赦免論」その後…消えた“統合”、浮上した“包容”
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210113-00217434/
「朴槿惠、李明博の赦免を建議」、韓国与党代表の発言が浮き彫りにした韓国政治の現状
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210104-00216066/
(2)「検察改革」をめぐる秋美愛・尹錫悦の激突について。
昨年1年間、「下手なドラマよりも面白い」と韓国社会を騒がせた、秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官と尹錫悦(ユン・ソギョル)検察総長の激突についての質問もあった。
昨年12月に尹総長に対し「停職2か月」の懲戒が下るも、裁判所が尹総長の訴えを受け入れ執行停止を命じたため、尹総長は今も検察総長として勤務している。一方の秋長官は辞表を提出し、後任が人事聴聞会を控えている。詳しい背景はやはり筆者のこの記事を参照されたい。
検察vs文政権…韓国で起きている’大バトル’の本質は「検察改革」めぐる天王山
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20201130-00210273/
「検察改革か、権力の暴走か」…文政権に集まる批判の読み解き方
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20201202-00210651/
大統領はその間、秋長官を擁護していると噂されたが、その「本音」を聞くことは余りなかった。
「秋長官とどんな議論をしていたのか」と聞く記者に対し、文大統領は「法務部と検察は検察改革という時代的な課題について共に協力すべき関係なのに、その過程で葛藤が浮き彫りになり国民に申し訳ない」と謝罪した。
そして尹検察総長を「ひと言で『文在寅政府の検察総長』」と表現し、「尹総長が政治活動を念頭に置いて検察総長の役割を務めているとは思わない」と述べた。これは尹氏が次期大統領候補を問う世論調査で1〜2位につけ、「政治的中立を守らない」という批判を受けてきたことへの言及だ。このように、双方の顔を立てた。
文大統領はまた、「なぜ大統領が政治力を発揮し、円満に問題を解決しなかったのか」という質問については、「法務部は検察改革を督励する立場」であり「検察総長は任期と共に政治的中立を保障されている」とした上で、「時に葛藤が起きるのは特別なことではない。逆に韓国の民主主義がより健康に発展しているもの」との見解を示した。
さらに、「検察総長の任期制がなければ、懲戒も必要ない」と述べ、「任期制と懲戒は相互に補完する関係にある」と語った。続いて、そんな検察総長への懲戒に司法部(裁判所)が執行停止命令を下したことについても「三権分立がしっかり作動している」と語った。
そして最後に、「法務部長官と検察総長の個人的な感情の衝突に映ったことまで良いとは思わない」としつつも、「民主主義の一般的な過程として理解する必要がある」と改めて強調した。
また、政府と検察が衝突している、『月城一号原発』の早期閉鎖をめぐり大統領府からの圧力があったとされる件について、文大統領は「監査院の独立性、検察の中立性のために『一切介入しない』という原則は今まで徹底して守っていると自負している」と立場を明かした。あくまで原則論を並べた形だ。
・原発「月城1号」閉鎖問題への介入:文大統領の公約の一つである「原発ゼロ」に合わせるために、1983年に稼働を始めた「月城1号」の経済性をわざと低く見積もり、閉鎖の必要性を説く活動を産業通商資源部と政府機関の韓国水力原子力が行ったというもの。監査院が今年10月20日、監査結果を発表し、これを受け検察は11月5日に両機関を強制捜査した。秋長官は「政策決定過程の問題」とし、「政府を攻撃し揺さぶろうと偏った過剰な捜査」と尹総長を非難した。
(3)新型コロナのワクチンについて
新型コロナウイルスへの対策もこの日の重要なテーマだった。「韓国がもっと早くワクチンを確保していれば、より早く日常に復帰できたのでは」という質問に対しては、「そうではない、充分に早く、充分な量が導入されている」と反論した。
ワクチン接種の期間については、2月から始め、9月までに優先的な接種が必要な人々への一次的な接種を終え、さらに第四四半期にその他の人々への二次的な接種を行うことで、「11月には集団免疫がほぼ完全に形成されるだろう」との見通しを述べた。
そして予定通りに進む場合、「韓国は決して遅くないばかりか、むしろ他の国よりも早い」との認識を示した。
さらに、各国で懸念されるワクチンによる副作用については、「初めて開発されるワクチンであり、前倒しで開発されたものであるため(中略)、政府は危険を分散させる措置を採っている」としながら、安心を呼びかけた。
その上でワクチン接種に対する政府の立場として、「(すべての医療機関で)ワクチン費用、接種費ともに無料」とし、ワクチンの副作用については「政府が全的に責任を負い」、「通常の範囲を超えた副作用が発生する場合には政府が充分に補償する」と明言した。
(4)新型コロナによる社会の「格差拡大」について
新型コロナ対策については上記のワクチンの他にも幅広い議論があった。中でもキーワードは「格差」だった。
文大統領はまず、「コロナ時代の教育格差、デジタル格差の解消に総力を傾ける」とした。
実際に教育の現場では、長引くオンライン授業により生徒間の格差が生まれている。一例を挙げよう。筆者の子ども2人が通う京畿道金浦市の小学校では、昨年4月から新型コロナへの対策段階に応じてオンライン授業を導入している。政府の指針に従い、感染者が少ない場合には登校し、多い場合には家でオンライン授業といった形だ。
問題はそのオンライン授業の質だ。Zoomなどを使った双方向性のものでなく、動画を見るだけの退屈な一方通行性の授業がほとんどだった。だが知人に聞くと、私立の小学校では昨年4月の段階で終日Zoomを通じ全生徒と先生が同時に参加する授業が行われていた、といった具合に差が生まれている。
ピアノやチェス、料理といった習い事も、本来ならば学校の放課後プログラムで安く受講できていたのが無くなった。家計に余裕のない家庭では、負担が増えることになる。
この点について文大統領は「オンライン授業による教育の格差を最大限防ぐ」としながらも「オンライン授業自体が根本的な代案にはならない」とし、「登校再開による対面授業の復活」が根本的な対策と述べた。
また、文大統領の公約の一つだったが、未だ実現していない「国家教育委員会」についての質問もあった。これは国の教育政策を定める機関を新設するというものだった。文大統領はここでも「教育の先進化が必要だが、それに劣らず新型コロナ下での教育格差の解消が深刻」と問題意識を明かした。
他方、新型コロナにより広がった韓国社会の経済格差の拡大、「『K−両極化(K−防疫をもじったもの)』をどうするのか」という記者の質問には、政府が3度にわたって支給した「災難支援金」に触れると同時に、「昨年の4度にわたる追加更正予算の編成」を対策例として挙げたものの「力不足だった」と認めた。
そして与党の李洛淵代表が提唱する『利益共有制』、すなわち新型コロナ下で利益を上げた企業が、コロナにより業績が悪化した企業や人々を支援する制度について、その意義を認めつつも「政府が強制できることではないが、参加企業にインセンティブを提供するかたちで行っていくことが望ましい」と言及した。
韓国は新型コロナ対策として、カラオケ、ネットカフェ、クラブなど人が集まる業種の営業を停止させる措置を採ってきたが、日本と異なり補償額は微々たるもので、後は融資でつなぐという形態となっている。だが、流行が長引く中で自営業者の我慢も限界に達しており、「補償なしの休業命令は違憲」との憲法訴願も相次いでいる。だがこの日の会見では、この部分への言及はなかった。
【関連記事】
カフェのオーナー達が韓国政府を相手に損害賠償訴訟…憲法裁判所にも救済請求
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2961
(5)相次ぐ児童虐待について
年末年始に韓国社会で大きな関心を集めている問題に、児童虐待がある。韓国では2019年に約3万件の児童虐待が起きており、死者も42人に上る。
昨年には施設で育ち養子に出された16か月の女児が養父母の虐待に遭い死亡する痛ましい事件が起きたばかりだ。3度も救うチャンスがあったのにかかわらず、警察の怠慢により死に至ったこの事件を受け、児童虐待により積極的に介入し、これを防ぐ法が成立した。
そんな児童虐待への「解法」を聞かれた文大統領は、「心が痛む。政府の対策がしっかりしていないという指摘を謙虚に受け止める」とした上で、「虐待の兆候を早く察知し、児童を虐待者(虐待の約76%が親や養父母から)から引き離す措置が必要」とした。このための施設、人員の拡充といったシステムの整備を図るとした。
そして、「養子縁組の場合、初期に何度も養子家庭を訪問し適応しているのかをチェックすべき」としながら、「養父母の心変わりもあるので、一定期間の内には養子縁組を取り消せたり、養子対象を取り替えたりする方式で、養子縁組自体は活性化させながら、子どもを保護する対策も必要」としたのだった。
だが、この発言はすぐに韓国社会で大きな批判を呼んだ。その多くは「子どもは取り替える『物』ではない」と、文大統領の認識を疑うものだった。慌てた青瓦台(大統領府)は「文大統領が言及したのは『事前委託制度』についてで、これを補完する趣旨だった」と釈明した。
だが本来、「事前委託制度」というのは、“養父母に養子を育てる資格があるのをチェックするためのもの”というのが定説だ。だが文大統領は「養父母が子どもを選ぶ」というニュアンスで発言し、子どもの権利を守る視点を欠いたことで批判されたと、『JTBC』はじめ韓国メディアは伝えた。
【参考記事】
「虐待死した女児の生命を保護できなかった」…韓国警察トップが謝罪
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2952
(6)中国との関係発展について
中韓関係に関する香港メディアの質問に対し、文大統領は「韓国の外交・安保にとって特別な同盟」で、「経済、文化、保健協力、気候変動などのグローバルな協力に向かう包括同盟に発展している」と、まず米韓関係の重要性を強調した。
その上で「韓中関係もとても重要」とし、その理由として「最大の交易国家であり、韓半島(朝鮮半島)の平和増進のため協力すべき関係」、「最近では環境分野での協力もとても重要になった」点を挙げた。
こうした発言は「米中どちらかを選べ」と受け取られがちな韓国が置かれた外交的な立場において、どちらか一方に偏らないまでも、「より米国の方が重要」というニュアンスを匂わせるものといえる。
さらに、習近平主席の訪韓についても、「今年の新型コロナウイルスの状況が安定し、要件が整い次第、早期訪韓が実現するよう努力する」と明かした。
また、中国を含む日本、北朝鮮、そして東北アジアにおける感染症への「共同の努力」が必要とも強調した。
(7)南北、米朝、非核化など朝鮮半島問題について
文政権の最大の課題の一つ、南北関係と朝鮮半島平和プロセスの今後への質問も相次いだ。
まず今月20日に発足する米バイデン政権において「北朝鮮核問題が優先されるようどんな努力を行うのか」という質問が寄せられた。これは国内の新型コロナ対策や、イラン核合意の縫合などの課題を抱える米国にとって、朝鮮半島問題の優先度は落ちるという内外の認識に基づくものだ。
文大統領はこれに「できるだけ早期に米韓首脳間の交流を実現させたい」としながら、「首脳間の信頼構築はもちろん、朝鮮半島平和プロセスへの共感を再確認したい」とその目的を挙げた。
また、「多者主義、同盟重視の原則は韓国政府と類似する基調」と述べ、「波長が合う点がある」との見方を示した。そして「トランプ政府時代の成果が一定程度ある」とし、「バイデン大統領自身が上院の外交委員長や副大統領を務め外交の専門家」であると述べた。
こうした前提の上に、「バイデン政権の安全保障ラインを形成する方たちも、大部分が朝鮮半島問題に精通した方達で、対話による問題解決に賛成する方」と、改めて米国と協力することを明らかにした。
別の記者による「金正恩委員長に依然として非核化の意志が固いと思うか」という質問には、「平和への意志、対話への意志、非核化に対する意志が明確にあると考える」と答えた。
また、「米国から体制の安全を保障され、米国との関係を正常化する」という北朝鮮側の原則を想起させながら、これらが18年6月のシンガポール米朝共同宣言を通じ「すべて合意されている」と述べた。
そして、この原則を具体化させる解決策を見つけることが今後の米朝の課題だとし、韓国はこれに「最善の役割を果たす」とした。
「金正恩委員長の訪韓」を問う質問には、「訪韓にこだわらず、いつでもどこでも会う用意がある」という、新年辞でも明かした構想を繰り返した。これにはオンライン会談も含まれるとした。
一方「北朝鮮による米韓連合訓練中断要求をどこまで受け入れられるか。バイデン政権を説得する余地があるか」との質問に対しては、「非核化と平和定着という朝鮮半島平和プロセスの枠組みで議論できる問題」とし、「南北軍事共同委員会を通じ北側と協議できる」と答えた。
同委員会は、18年9月の『南北軍事合意書』により南北間に設置することが決まっていたが、宙ぶらりんになっているものだ。
「終戦宣言をバイデン政権と早期に議論するか」という質問には、「非核化に向けた対話の過程においても、平和協定に向かう対話の過程においても、重要な『動力』になる」との認識を示し、米国を説得していくとした。
そして最後の「4度目の南北首脳会談を進めるのか」という問いには、「残された任期が少ないが、急ぐ訳にもいかない」と前置きしつつも、「ぜひやりたい」と意欲を見せた。
【参考記事】
朝鮮半島平和プロセス「バイデン政権が最後のチャンス」の意味とは
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20201231-00215493
(8)不動産問題について
韓国では、首都圏を中心にマンション(韓国ではマンションをアパートと呼ぶ)価格が高騰し、庶民が大きな不満を抱えている。実は韓国では経済への関心が政治よりも高く、不動産問題は政権支持率を下げるアキレス腱となっている。政府の対策が何度も失敗してきただけに、文大統領の回答に注目が集まっていた。
文大統領はこの日、需要増の背景の一つとして「昨年、韓国の人口が減少したのにもかかわらず、61万世帯が増えた」点を挙げ、「理由は分析中」とした。さらに対策として、公共部門の参加を強め開発を広げることで「市場が予想する水準を遙かに超える不動産の供給を特別に増やす」と明かし、具体策を近日中に発表するとした。
また、「なぜ政権初期に供給を増やさなかったのか」という質問に対しても「住宅の需要が予測できない程に広がっている」、「既存の対策を超える画期的で果敢な対策が必要で、旧正月(2月12日)以前にその内容を明かす」と、同様の答を繰り返した。
さらに、別の記者が金融面での規制を緩和する可能性について聞いたが、「専門的な部分では答えるのが少し難しい」と述べ、「大統領が指針を下すように映るのも望ましくない」とかわした。
(9)「疎通」の少なさについて
「『不通』との指摘をどう考えるのか」との質問もあった。これは文大統領が17年5月の就任後からこの日まで、記者会見をわずか5回しか開いていないことへの批判だ。
過去、任期中に150回の会見を開いた金大中・盧武鉉両元大統領に遠く及ばないことはもちろん、余りにもメディアの前で発言しないことから「不通の象徴」とされた朴槿惠前大統領の過去最低記録「任期中5回」に匹敵する少なさだ。これには批判層はもちろん、支持層からも失望の声が上がっている。
これについて文大統領は「昨年一年間はコロナのために記者会見が困難な状況だったことは理解していると思う」と、新型コロナを理由に持ち出した。
さらに、「記者会見だけが国民との疎通とは思わない」と持論も展開し、「誰よりも現場を訪問し、そこで少数であったが国民と双方向の対話をした」と自負した。その上で、「今後は疎通を増やすよう努力する」と明かした。
(10)公正な経済と労働について
英フィナンシャル・タイムズからは、「財閥改革において、新たな措置を取る計画があるのか。もしくは経済成長に押し出され、副次的な問題になったのか」という鋭い質問が飛んだ。文政権の発足を後押しした16年10月から翌3月にかけての「ろうそくデモ」における市民の要求の一つに、「政経癒着の解消」があったし、国政課題の大きな一つとして「活力あふれる公正経済」が掲げられていたからだ。
これについて文大統領は、昨年の国会で成立した『公正経済3法』の存在を挙げ「法制度的な改革はいったん完了したと見られる」と評価した。これは商法、公正取引法、金融グループ監督法をそれぞれ改正するものだ。いずれも外部の監査権を強め、大企業による仕事の独占に歯止めをかける趣旨の法案だ。
文大統領はさらに、労使関係においても「『ILO(国際労働機関)』の核心協約を批准できるようになった」と述べた。結社の自由、強制労働禁止それぞれ二つ、計四つの協約批准は大統領の公約でもあり、韓国の労働団体が長い間要求してきたことだが、今年2月の国会での批准が予想されている。
文大統領はまた、「これ以上、働いて死ぬ社会になってはいけない」とも発言した。これは年間2000人に達する産業災害(労働災害)による死者を念頭に置いての発言だ。これを防ぐために今月、『重大災害法』が成立したが、その中身は実質的な防止措置に及ばず「骨抜き」にされたと批判を受けている。
これについて文大統領は「(労働者側と経営者側は)互いに不満を表明しているが、いずれにせよ大事な一歩」だと評した。
【参考記事】
韓国で『重大災害法』が成立も実効性に大きな疑問…労災遺族は「国会が腐っている」と非難
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2958
(11)日韓関係について
日韓関係については、日本メディア『毎日新聞』の記者が質問した。
まず、「過去の日韓政府間で行われた外交の合意は未だに有効だと考えるか、日本政府の資産が売却されるべきと考えるか」という質問には、「輸出規制問題や強制徴用判決問題など、外交的に解決すべき問題があり、両国は様々な次元の対話を行っている」と答えた。
そして「そんな努力の間に慰安婦判決問題が加わり、困惑しているのが正直なところだ」と述べた。これは先日8日にソウル中央地裁であった、日本政府が元’慰安婦’被害者たちに賠償すべきという判決を指すものだ。
文大統領はさらに「常に強調したいのは、過去事(過去の歴史)は過去事であり、韓日の間を未来志向的に発展させることも、同時に行っていくべき」と”ツートラック“の原則を改めて掲げた。そして、全ての問題を連結させるのではなく「事案別の分離」を訴えた。
そして例えば慰安婦訴訟については、「2015年の合意を公式的な合意であったことを認め、この土台の上に、今回の判決を受けた被害者の女性たちも同意できる解法を見つけられるよう、韓日間の協議をしていく」と述べた。
【参考記事】
「日本への攻撃ではない」「ICJは恐れない」…慰安婦訴訟の代表弁護士が語る”日本政府賠償判決”の全て
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20210114-00217560/
日本側被告企業の資産現金化を控える強制徴用判決については、「強制執行の方式で、(資産が)現金化されるなどして、判決が実現する方式は韓日両国間の関係において望ましくない」とし、「その段階になる前に両国間の外交的な解法が探すのが優先」とした。
また、「外交的な解法は原告が同意できなければならない。原告が同意できる方法を両国政府が協議し、韓国政府がその方案をもって原告たちを最大限説得する方式で、問題を少しずつ解決していけると信じる」と述べた。
これは判決を重視しつつも外交的な解決を計るという韓国政府の方針を、大統領みずからが明らかにした点で意味があるものといえる。だが、両国の葛藤が長引く中、文大統領が残る任期中にこれらを遅滞なく進められるのかはまた別の問題となる。
この日、日本では菅首相が施政方針演説で「韓国は重要な隣国だ。現在、両国の関係は非常に厳しい状況にある。健全な関係に戻すためにも、我が国の一貫した立場に基づき、韓国側に適切な対応を強く求めていく」と発表、韓国側にとっては厳しい発言となった。
●総評:会見の定例化を
約1年ぶりに開かれた大統領による会見ということで、色々な問題がクリアになる肯定的な効果があったと筆者は見る。
特に昨年一年間、韓国社会を大いに疲弊させた秋美愛・尹錫悦両者の衝突についても、原則論とはいえ「民主社会発展の一過程」という回答を用意していた。すでに問題が一段落しているので、こう言えた側面はあるが、もし早い段階で文大統領みずからが立場を整理しておけば、いらぬ憶測を招くことも無かったのではないかと思う。
このように、韓国では大統領の権限が今なお絶大なため、大統領によってのみ解決できる問題が少なくない。だからこそ、大統領が普段から説明を尽くすことが大切だが、会見でも指摘があったように、この点で文大統領は及第点に達していない。
文大統領の任期は残り約16か月。次期大統領選挙は来年3月に迫っている。大統領選挙にすべての耳目が集中し、社会が次第に落ち着かなくなっていく時期に突入していくが、新型コロナや経済対策は喫緊の課題である。こうした時だからこそ、市民との意思疎通を増やす努力が必要ではないかと、改めて感じた2時間だった。
新年記者会見のオープニング動画「2021年、私たちは」。青瓦台YouTubeより。