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「朴槿惠、李明博の赦免を建議」、韓国与党代表の発言が浮き彫りにした韓国政治の現状

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
1月1日、顕忠院を訪問する与党・共に民主党の李洛淵代表。同党提供。

新年を迎えた韓国で、次期大統領の有力候補の一人、李洛淵(イ・ナギョン)共に民主党代表の「爆弾発言」が社会を騒がせている。収監中の二人の前職大統領の赦免は、どう受け止められているのか。その意味をまとめた。

●新年インタビューで

まずは李洛淵代表の発言を見てみたい。少し長くなるが1月1日の聯合ニュースを引用する。

共に民主党の李洛淵代表は1日、「適切な時期に二人の前職大統領の赦免を文在寅大統領に建議する」と明かした。

李代表は辛丑年の新年を迎え、国会にある党代表室で行った聯合ニュースとの単独インタビューで「国民統合のための大きなカギになるだろう」としながらこう語った。

さらに「今年は、文大統領が仕事をできる事実上最後の年で、この問題を適切な時に解いていかなければならないという考えが浮かんだ」と説明した。

李代表は「支持層の賛否を離れ建議しようと思う」とし、「今度、党がより積極的な役割を果たすだろう」と強調した。

彼はまた「二人の前職大統領の法律的状態が異なる」と指摘した。

刑が確定した李明博元大統領は特別赦免し、裁判中の朴槿惠前大統領は刑執行停止で拘束(逮捕)状態から抜け出すようにする方案を念頭に置いていると読み解ける。

李代表は今年の新年辞に注目してほしいと強調した。新年辞で李代表は「社会の葛藤を緩和し、国民統合を成し遂げる。最善を尽くし『前進』と『統合』を具現する」と述べた。

二人の前職大統領とは、横領や収賄により昨年10月に懲役17年が確定した李明博元大統領(イ・ミョンバク、任期08年2月〜13年2月)と、職権濫用や収賄の嫌疑で今月14日に大法院(最高裁判所)での最終宣告を待つ朴槿惠前大統領(パク・クネ、任期13年2月〜17年3月)を指す。

李代表の発言は、瞬く間に注目を集めた(もっとも、元旦のポータルサイトの検索順位は『愛の不時着』カップルがトップであったが)。中でも、賛否が大きく分かれた点が特徴的だった。

●与野党議員入り乱れ…党員は強い反発

与党内の議員の反応を列挙してみる。

・「弾劾と処罰が間違っていたという一角の主張を意図せず認めることになる」「時期的にも内容面でも適切ではない」禹相虎(ウ・サンホ、4選)議員

・「誰の、そして何のためのものなのか納得することが難しい」朴柱民(パク・チュミン、2選)議員

・「容赦と寛容は加害者のものでも政府のものでもない。ただ被害者と国民のもの」「弾劾のろうそくを持った国民達が容赦する気持ちも容赦する準備もできていない。そんな考えすらしたことがない」鄭清来(チョン・チョンレ、3選)議員

他方、李・朴両氏が所属していた党を継承した第一野党・国民の力は歓迎した。党としての公式なコメントは出ていない。

・「韓国が過去を整理し未来に進むためには前職大統領の問題はもう整理されなければならない」劉承旼(ユ・スンミン、4選)元議員

・「私たちの社会の極度の葛藤を克服し、国民を統合するためには赦免が必要」河泰慶(ハ・テギョン、3選)議員

また、2012年に大人気を誇り、一時は大統領を争い今なお4月のソウル市長選で支持率トップに付ける安哲秀(アン・チョルス)国民の党代表も「赦免を選挙に利用しようとする意図があるならそれは到底受け入れ難いこと」と反発した。

党内の世論はより強硬だ。2016年10月から翌17年3月にかけて行われ、当時の朴槿惠大統領を弾劾に追い込んだ「ろうそくデモ」の使命はまだ終わっていないのに、なんの権利があって勝手なことをするのかという論調だ。

特に「文派」と呼ばれる文在寅大統領を熱烈に支持する与党の核心支持層からは、赦免反対を求める声が公然と出ている。世論の風向きのバロメーターとなる青瓦台(大統領府)の請願掲示板では既に5万を超える署名が集まっている。

さらに4日、筆者が与党関係者に聞いたところ「李洛淵氏を支持するグループからは離脱者が相次いでいる」とのことだった。李代表には明らかに逆風だ。

とはいえ現時点で、こうした賛否を計量化することは難しい。おそらく世論調査の結果が一両日中に出るはずだが、2017年4月には67.6%(KBS)が「反対」だった赦免について世論は半々といったところになるだろう。

ただ、1月3日に李洛淵代表が招集した党の最高委員会議が出した「この問題は国民の共感と当事者たちの反省が重要だというところに意見を同じくし、今後は国民と党員の思いを尊重することにした」という結論が、厳しい現状を物語っているといえる。

もっとも、「当事者の反省」という条件を付けたことに対する野党・国民の力からの反発もあった。

・「発言の撤回でもなく、条件を云々することは卑怯な政治家の典型」権性東(クォン・ソンドン、4選)議員

・「自身の支持下落にあたり勝負の一手として利用しようとして諦めたもの。今になって前職の大統領たちにボールを預けるのは本当に卑怯で残忍な仕打ち」朴大出(パク・テチュル、3選)議員

一方、党の李洛淵代表は3日、『韓国日報』とのインタビューで「国難を克服するためには、二つに分かれた国民の力を一つに合わせなければならない」と語るなど、考えを変える様子はない。

党としては、ひとまず一歩引いた所で様子を見るということだが、この問題はまだまだ続きそうだ。

●大統領選など複雑な背景...「師匠」の影響も

あらためて今回の発言の背景を振り返る。韓国メディアでは次期大統領候補として尹錫悦(ユン・ソギョル)検察総長や同じ与党の李在明(イ・ジェミョン)京畿道の後塵を拝す李洛淵代表が「勝負の一手」を仕掛けたという解釈が多い。

韓国政治でよく使われる表現である「外縁の拡張」、つまり従来の与党支持者より右側にいる中道層の票を取りに行くと共に、文在寅政権下で国務総理を務めた際の「安定的で重厚な」イメージに沿った懐の深さを見せようとしたというものだ。

「リアルメーター」社が昨年12月28日に発表した次期大統領候補の人気度。1位は尹錫悦検察総長、2位で李洛淵代表と李在明京畿道知事が並んだ。リアルメーター社より引用。
「リアルメーター」社が昨年12月28日に発表した次期大統領候補の人気度。1位は尹錫悦検察総長、2位で李洛淵代表と李在明京畿道知事が並んだ。リアルメーター社より引用。

同じ「リアルメーター」社の調査より。20年5月には34.3%で圧倒的1位だった李洛淵代表の人気度は半年で半減した。同社より引用。
同じ「リアルメーター」社の調査より。20年5月には34.3%で圧倒的1位だった李洛淵代表の人気度は半年で半減した。同社より引用。

確かに、こんな李代表の姿勢は、社会の改革において「余白」のない李在明知事とは対照的だ。

今回の騒動を受け、李知事は自身のFacebookページに「ろうそくは朴槿惠の弾劾だけのために灯された訳ではない」とし、「検察改革や司法改革はもちろん、財閥、メディア、金融、官僚権力を改革する事に遅滞なく進まなければならない理由だ」と明かしている。

なお、聯合ニュースは李知事による17年3月の「積弊清算のために朴槿惠全大統領など国政ろう断勢力に対する赦免不可方針を共同で明らかにしよう」と発言を取り上げている。

だが、こうした「票取り」「人気取り」の発想だけで、今回の李代表の発言を判断してよいのかという疑問もある。

そんな中で注目されているのが、李代表が2006年2月に当時所属していた野党・民主党の院内代表(日本の国対委員長にあたる)として国会で行った演説だ。

当時は03年2月に発足した盧武鉉政権がちょうど丸3年を迎えた時期だった。盧武鉉大統領の国政遂行に対する肯定評価(いわゆる支持率)は、20%台前半と低迷を続けていた。演説を引用する。

すべてが両極化しています。両極化という文字通り、この国が様々な分野で二つの社会に分かれています。社会の分裂を緩和させることが政府の本質的な機能です。そんな機能を参与政府(当時の盧武鉉政権を指す)は喪失しています。

(中略)

両極化の拡大と社会分裂に代表される参与政府の失敗はどこから来たのでしょうか。政権担当者たちに情熱があったかもしれませんが、能力が足りなかったからです。

政権担当者達の無能と未熟が参与政府の失敗の最も大きな原因です。そうでなくとも不足していた力量が、特定の価値に対する過度の執着でより制約されました。

さらに分裂と葛藤をなんでもない事と見なす分裂のリーダーシップ、戦闘的なリーダーシップは政府のどんな施策も国民の広範囲な同意を得ることを難しくしました。国民の同意を得られない施策が成功するはずありません。

参与政府は初めから社会統合に逆行しました。発足初期に政治的な支持勢力を分裂させ、過去の同志達を薄情に押さえつけました。政府の責任者たちが社会の葛藤を調整することはおろか、逆に造成しさえしました。

理念と政派を超えた国民統合を成し遂げられず、それどころか分断させました。大統領が戦線を形成する方式で問題を突破しようとしました。

参与政府の失敗は、国家の発展に向けた国民の情熱と資源さえも枯渇させています。改革を叫んでももはや社会の熱情と参加を呼び起こすことはできません。期待を裏切られた国民たちは今や気が乗らないからです。

生活が崩れ落ちたところにきらきらしたスローガンが感動を与える訳がありません。改革政府3年の悲劇的な決算です。これが参与政府のより大きな失敗かもしれません。

この時の民主党はその後、離散集合の末に今の与党につながっているが、当時から李洛淵代表は「国民統合」を掲げていたことが分かる。

さらに李代表は、新聞記者だった同氏を政治の道に引き入れた師匠・金大中大統領(キム・デジュン、在任98年2月〜03年2月)の薫陶を受け継いでいる。

金元大統領は大統領選挙に当選した97年12月18日からわずか2日後の20日、当時の金泳三(キム・ヨンサム、在任93年2月〜98年2月)大統領に面談した際に、全斗煥(チョン・ドゥファン、在任80年9月〜88年2月)、盧泰愚(ノ・テウ、在任88年2月〜93年2月)の赦免・復権を申し入れた。

両氏は過去、1980年5月に軍が市民を無差別に鎮圧した『光州5.18民主化運動』が起きた際、金大中氏を市民蜂起の黒幕と決めつけ、81年1月に軍事裁判で死刑を宣告していた(のちに懲役20年に減刑)。

その後、87年の民主化を経て金泳三政権下で「5.18特別法」が制定され、97年4月、全斗煥は無期懲役、盧泰愚は懲役17年を宣告され服役していた。

このように政敵を許したことになるが、当時の心境を金大中元大統領は自伝でこう振り返っている。

全・廬前大統領の赦免・復権は反発が強いものと予想された。しかし被害者が加害者を許してこそ真の和解が可能であることから、平素わたしが説破した「容赦論」を実践することにした。

二人の前職大統領の赦免・復権は今後、これ以上の政治報復や地域的な対立があってはならないという私の念願を込めた象徴的な措置だった。

そして両氏は同年12月22日に釈放される。なお当時、この措置に韓国市民の8割が反対した記録が残っている。

だが当時も今も、全斗煥氏は一度として『光州5.18民主化運動』弾圧への反省を口にしていない。こうした事実が「赦免しても無駄」という与党支持者たちの反発の基底にあることは言うまでもない。

●「国民統合」は可能なのか?

見てきたように、今回の李洛淵代表の発言は、韓国政治の核心を突く内容であったため議論が尽きない。

興味深いのはコメントを控えている青瓦台、とりわけ文大統領の心中だ。李代表が12月12日と26日に2度、文大統領と単独で面談を行っているため、事前の示し合わせが韓国メディアで論じられた。

だが李代表は前出の『韓国日報』のインタビューで「文大統領と(赦免に関する)具体的な対話を交わしたことはない」とこれを否定した。とはいえ「国務総理を務めたときから大統領の考えがどこにあるのか汲み取ってきた方だ」と余韻を残している。

赦免の決定権は文大統領にある。常識的に考える場合、李代表が文大統領の肩の荷を分け合い、自身の政治的な立場も強める目的を持って、事前にある程度の相互理解の上に今回の発言を行ったとみるべきだろう。

韓国メディアではさっそく、3月1日以前に赦免を行うという話まで出てきている。そうでないとしても、来年3月9日に大統領選挙を控え、あらゆる政治的な動きが大統領選挙に収斂していく中で赦免が行われる可能性はとても高い。

しかし筆者は文在寅大統領の就任辞にもあり、李代表も掲げる「国民統合」という単語には非常に懐疑的だ。

確かに、韓国社会は克明に別れ対立している。筆者は「曺国」元法務部大臣をめぐるデモが激しかった19年10月に発表した『韓国は本当に「国が割れている」のか?』という2本立ての記事の中で、文在寅政権が17年18年と叩き出した支持率8割に注目しこう書いた。

弾劾に賛成した8割以上の市民はこれを「新しい時代の始まり」、つまり「合理的な考えができる保守派と進歩派の市民が、共に理解しあって暮らす社会の到来」として受け止めていたのである。

当時、「朴正煕―朴槿恵パラダイムの崩壊」という言葉がメディアでもてはやされたように、権威主義的な政治が幕を閉じ、長くにわたる両陣営の対立も新時代に入る、と筆者も思っていた。単なる「任期初めのプレミアム」にとどまらない期待だった。

だが今、盛んに使われる「国が割れる」という表現は、こうした期待が政権発足から2年を経て、完全に終焉を迎えたことを表している。陣営を超えた8割の時代の要請に文在寅政権が応えられなかったということだ。

国民を統合することはできない。必要なのは考えの異なる陣営を説得することであり、そのプロセスを愚直に透明に行っていくことだけだ。文政権は序盤は高い支持率に安住し、今は6割を占める議席数を持ち出しこれを避けているため、孤立に向かっている。

残る1年あまりの任期の中、赦免が文政権の方向を改めるきっかけにはなるだろうが、それだけで韓国社会の「両極化」が解決するとは思えない。表面的な縫合だけではない「ボタンの掛け直し」も同時に求められている。

そうした意味では、今回の李代表の発言は「次」を見据えた決意表明と受け取るのが一番しっくり来るだろう。過去のように劣勢だった進歩派候補が保守派候補に助けを請うのではなく、議席6割を占める与党代表が保守派に手を差し伸べる新たな動きがどんな展開を見せるのか、興味は尽きない。

【参考記事】

韓国は本当に「国が割れている」のか? (上)保守・進歩派デモの現場を歩く

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20191014-00146794/

韓国は本当に「国が割れている」のか? (下)文政権の失敗と韓国社会に必要な「癒やし」とは

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20191014-00146821/

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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