「昭和」と「平成」にそれぞれ100本以上のホームランを打ったのは4人。落合博満と原辰徳、あと2人は…

王貞治(左)と原辰徳 NOV 12, 2008(写真:築田純/アフロスポーツ)

 平成の時代に、日本プロ野球で最も多くのホームランを打ったのは、476本の金本知憲だ。昭和については言うまでもなく、868本の王貞治が最も多い。金本は平成4年(1992年)に一軍デビューを果たした。昭和の時代にはプレーしていない。一方、王は昭和55年(1980年)を最後にバットを置いた。

 2人と違い、昭和から平成にかけてプレーした選手もいる。そのうち、落合博満秋山幸二原辰徳石嶺和彦の4人は、昭和と平成にそれぞれ100本以上のホームランを打った。

筆者作成
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 彼らのなかでも、落合は別格だ。どちらの時代もホームランは200本以上。1シーズンに30本塁打&30盗塁以上の「30-30」に似せて表現すれば、他の3人が昭和&平成の「100-100」であるのに対し、落合は「200-200」となる。

 本塁打王のタイトルを、昭和と平成のどちらでも獲得した選手も、落合の他にはいない。落合は、昭和57年(1982年/32本)、昭和60年(1985年/52本)、昭和61年(1986年/50本)のパ・リーグ本塁打王に続き、平成2年(1990年/34本)と平成3年(1991年/37本)にセ・リーグ本塁打王となった。ちなみに、昭和の本塁打王は3度とも三冠王。平成の2度は、最初が打点王との二冠で、2度目は打率も打点もリーグ2位。平成3年(1991年)の打率は、首位打者の古田敦也と4毛(.0004)しか違わなかった。

 落合を除く3人の一軍デビューは、いずれも昭和56年(1981年)だ。昭和と平成にそれぞれ90本以上のホームランを打ち、「100-100」に迫った3人のうち、宇野勝(245本/93本)は昭和52年(1977年)、清原和博(91本/434本)は昭和61年(1986年)にデビューした。ブーマー・ウェルズ(184本/93本)の初出場は昭和58年(1983年)なので、原、秋山、石嶺の3人に近いものの、10シーズン(昭和6年間/平成4年間)のキャリアは彼らの3分の2以下だ。ブーマーは1981~82年(昭和56~57年)にメジャーリーグで47試合に出場したが、ホームランは打てなかった。

 また、落合、原、秋山、石嶺の4人は、いずれも後に監督――石嶺は社会人野球のエナジック硬式野球部――を務めている。

 昭和&平成の「100-100」がいるように、数年後には、平成&新元号の「100-100」も誕生するだろう。通算100本塁打以上の現役選手は20人を超え、さらに「平成100本塁打」の可能性を残す選手も数人いる。例えば、秋山翔吾(埼玉西武ライオンズ)は開幕から4月末までに4本塁打を打てば、通算100本となる。平成28~30年(2016~18年)の本数からすると、平成&新元号の「100-100」を最初に達成するのは、過去3年間に最多の110本塁打を打っている筒香嘉智(横浜DeNAベイスターズ)が有力だが、メジャーリーグへ移った場合、そこで打ったホームランも合算して数えるにしても、量産ペースはこれまでより落ちると予想される。

 なお、「平成のホームラン王」「平成の200勝投手」「平成の2000安打」については、それぞれこちらで書いた。

「平成のホームラン王」は誰? タイトル獲得は中村剛也が最も多く、通算本数は金本知憲が1位だが…

「平成の200勝投手」は3人。野茂英雄と黒田博樹は日米合算、残る1人は日本で214勝

「平成の2000安打」は日米合算を含めて28人。ただし、日本プロ野球では2安打の選手も