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日本テレビは道義的責任から決して逃れられない──ドラマ『セクシー田中さん』問題

松谷創一郎ジャーナリスト
日本テレビ『セクシー田中さん』公式サイトより。

 1月29日、マンガ家の芦原妃名子さんが亡くなった。自身の作品『セクシー田中さん』のドラマ化について、26日にブログでその思いを綴った直後のことだった。原作は2017年から連載され、単行本も7巻刊行されていた。地味なアラフォーOL・田中さんが、密かにベリーダンスに打ち込んでいる模様を描いた作品だ。

 ドラマ版は、昨年10月から12月まで日本テレビの「日曜ドラマ」枠(22時30分~)において全10回で放送された。この枠では、昨年は『ブラッシュアップライフ』が話題となり、それ以前にも『あなたの番です』(2019年)や『君と世界が終わる日に』(2021、2022年)など、日テレは力を入れてきた。

 現在、まだわかっていることは少ないが、確認できる情報からはドラマを製作した日本テレビ側の問題がやはり浮かび上がってくる。

当初からの約束「漫画に忠実に」

 まず今回の経緯を簡潔に整理しておこう。

 全10話のこのドラマの脚本は、1~8話が脚本家によって書かれ、9・10話を原作者の芦原さんが担当した。脚本家の変更は異例で、原作者が直接執筆するのも珍しい。

 最終回は12月24日に放送され、同日に脚本家がInstagramに自分が降板したことについて触れた投稿をした(現在、脚本家への攻撃が強まっているので実名は記さない)。そこでは、「最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態で困惑しました」と記されていた。

 それを受けたのか、1か月後の1月26日に芦原さんが自身のブログで、「漫画に忠実に」とする当初の約束が守られなかった詳細を明かした。具体的には、最初に提示した以下の条件がなかなか守られなかったという。

僭越ではありましたが、ドラマ化にあたって、
・ドラマ化するなら「必ず漫画に忠実に」。
漫画に忠実でない場合はしっかりと加筆修正をさせていただく。
・漫画が完結していない以上、ドラマなりの結末を設定しなければならないドラマオリジナルの終盤も、
まだまだ未完の漫画のこれからに影響を及ぼさない様「原作者があらすじからセリフまで」用意する。
原作者が用意したものは原則変更しないでいただきたいので、ドラマオリジナル部分については、
原作者が用意したものを、そのまま脚本化していただける方を想定していただく必要や、
場合によっては、原作者が脚本を執筆する可能性もある。

芦原妃名子「ドラマ『セクシー田中さん』について」2024年1月26日(ブログはすでに削除/リンク先はインターネット・アーカイブ)

 補足すれば、このブログは原作者の代理人である小学館と「改めて時系列にそって事実関係を再確認」したうえで書かれたものだ。だが、この3日後に芦原さんは亡くなる。

芦原さんと脚本家の食い違い

 脚本家と芦原さんの意見には食い違いがある。

 脚本家は「最後は脚本も書きたいという原作者たっての要望があり、過去に経験したことのない事態」と述べたが、芦原さんは「(終盤は)原作者が脚本を執筆する可能性もある」ことを条件としていた。最初から脚本家がその条件を飲んでいれば、「過去に経験したことのない事態」などと述べないはずだ。

 それを踏まえれば、原作者が脚本を書く可能性がある条件を脚本家は知らなかった可能性がある。つまり、プロデューサーが事前にちゃんと脚本家に了解をとっていなかったのかもしれない。

 両者の言い分がともに事実であるならば、これはプロデューサーが招いたコミュニケーションの齟齬である可能性が高い。そもそもドラマにおいて、プロデューサーは最高責任者だ。予算やスケジュール、原作者や脚本家、演出家(監督)などすべてを統括する立場だ。

 日本テレビは、『セクシー田中さん』の公式サイトに追悼文を載せた。そこではいまもこの一文が掲載されている。

日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら
脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております。

日本テレビ『セクシー田中さん』公式サイト/2024年2月1日確認

 それは、まるで自分たちに問題がないかのような言い訳じみたコメントだった。

契約書に「条件」は明記されていたか?

 この25年ほど、マンガ原作のドラマや映画は非常に増えた。ヒット作の映像化は争奪戦になることが通例だ。そのなかでは、原作者の意向で映像化が中止となるケースも珍しくなかった。

 芦原さんの作品も、過去に『砂時計』や『Piece』が映像化されている。つまり、映像化は今回がはじめてではなく、慣れていないわけではないと考えられる。しかも後者は日本テレビで2012年にドラマ化された。

 映像化と言っても映画とドラマでそのプロセスは異なる。映画は一般的に1年半から2年後の公開を目指して制作がスタートするので、ある程度の時間の余裕がある。作品の尺も2時間だ。そして最近では出版社も製作に参加(出資)することも一般的なため、内容に口を出す権限もそれなりに持てる。

 だがドラマの場合は、出版社の製作参加はほとんどないため、最初の取り決めが大切となる。映画よりも尺も長いため、原作者が作品にかかわることも稀だ。また、通常はキャスティング優先で企画は動く。1年ほど前に俳優の撮影スケジュールを押さえ、そこから俳優に合う原作を探したりオリジナル脚本を構築したりすることが一般的だ(ただし『セクシー田中さん』は俳優優先でない可能性もある)。

 今回、芦原さんと小学館は最初に提示した条件(約束)が制作途中に幾度も守られなかったと主張している。ただし、その条件が契約書に詳細に書かれていたかどうかは微妙だ。今回のように、脚本家と原作者が双方で不満を抱えるような事態を踏まえれば、明確にされていない可能性が高い。

有働キャスターも苦言

 今回の騒動に対して、日本テレビは30日に同社のトップページにコメントを掲載した。「大変重く受け止め」、「日本テレビの責任において制作および放送を行った」と表明している。同時に、関係者への誹謗中傷を避けるように注意喚起もした。

 もちろん誹謗中傷は決して許されないが、現在その状況を加速させているのは、日本テレビが調査もせずに一方的に声明を出してばかりだからだ。

 今回の問題は、状況的に(小学館が嘘をついていないならば)日本テレビのプロデューサーが原作者や脚本家とコミュニケーションを怠ったことが最大の要因だと考えられる。当初の原作者の条件が無視されたり共有されなかったり、制作体制に根本的な問題がある可能性が高い。しかし、現時点ではこの問題を十分に調査する姿勢は見せない。それは隠蔽を狙っていると見られても仕方ない態度だ。

 こうした日本テレビの姿勢には、身内からも批判が出ている。1月31日に放送された報道番組『news zero』では、有働由美子キャスターが言葉を選びながら「何がどうして起きていたのか、関係各所の調査が必要です。そしてその調査は誠実に、そして慎重にすることが大事だと思います」とコメントした。しかし、現時点で日本テレビに検証する気配はない。

「お金目的のドラマ化許諾ではないはず」

 今回の不幸な出来事について、過去に作品が映像化されたある人気マンガ家は、筆者の取材に対して以下のように話した。

「マンガ家は、机に向かって真面目にコツコツ作品を描いています。センシティブで、おとなしいひとも少なくありません。芦原さんと面識はなかったけれど、もしかしたらそういうタイプだったのかもしれない。ただ、繊細なひとだからこそ良い作品を創れるし、自分の作品への思いも強いはずです。マンガ家が極限まで考えたアイディアを、テレビのプロデューサーなどが安易にかき乱したのではないでしょうか」

 映像化についても、同業者だからこその私見を呈した。

「そもそも彼女はすでに売れっ子だったから、お金が欲しくてドラマ化を許諾したわけではないはずです。疲弊してもドラマに深くかかわっていますから。映像化に細かくかかわるとマンガを描く時間が削られるなど、ストレスも増えます。だったら最初から大きな期待をせず、割り切ってお金だけもらうというスタンスもある。自分はそういうスタンスです」

 一方で、しっかりとテレビ局と交渉するために、出版社ではなく出版エージェントに任せる手もある。海外では基本的に出版エージェントが主流であり、日本でもその存在は目立ち始めている。その可能性はないのか。

「エージェントと契約したら、出版社が嫌がって使ってもらえなくなる可能性があります。力関係を考えると、出版社に任せるほうがベターです」

 日本でマンガ家の代理人を作品単位で出版社が務めるのは、出版社にメリットがあるからだ。映像化権の額は一般の想像以上に低いが、その話題性により単行本が重版されれば出版社にもマンガ家にもベネフィットが生まれる。映像化はマンガの宣伝として機能し、実際に映像化が上手くいけばそれは大きく単行本に跳ね返ってくることもある。そして映画の場合は、作品に出資(製作参加)すれば、出資比率に応じて売上を得ることにもなる。

映像化は「コスプレ学芸会」で「原作クラッシャー」

 現在、マンガファンはテレビ局やその周辺に激怒している状況だ。ドラマや映画、音楽、ゲーム、アニメ、小説など、日本のコンテンツ文化の中でマンガはもっとも多様かつ豊かで、産業的にも安定している。次から次に優れたマンガ家が登場し、驚くような作品を生み続けている。マンガは、日本のコンテンツ文化の基盤と言っても大げさではない。

 しかしながら、こうした優れたマンガが質の低い「コスプレ学芸会」としてテレビに搾取されてきたというファンの不満が根強いのもたしかだ。「原作クラッシャー」というスラングが定着したのも、映像化によって多くの人気マンガが台なしにされてきた過去があるからだ。

 それでも映像化の恩恵も少なからずあったり、作者も喜んでいたりするため、マンガファンは文句をほどほどにしてきたという印象だ。だが、今回の件における日本テレビの対応はそうしたファンの配慮までをも踏みにじる内容だ。

「地上波しぐさ」のテレビドラマ

 一方で、テレビ局側の言い分もあるだろう。

 ドラマの場合、1話46分で10~11話の制約で全体を構成し、さらにスポンサーを満足させるだけの視聴率も獲得することが目標となる。マンガの表現とは大きく方法論が異なる。

 しかも、従来のドラマ視聴者が徐々に韓国ドラマを中心とする動画配信サービスに奪われている中で、無料の地上波テレビはライトな視聴者を引き寄せなければならない。「地上波しぐさ」と呼ぶほかない、大げさで貧相な演出が常態化しているのはそのためだ。マンガ読者と地上波テレビ視聴者では客層がそもそも大きく異なるのだ。

 加えて見え隠れするのは、民放地上波テレビの窮状だ。仕事は増えたものの予算は減っているので、局のプロデューサーや外部スタッフが多くを占める現場は疲弊している。しかも薄給で激務の制作会社には人手不足もあり有能な人材が集まらず、番組の質も落ちている。今回のコミュニケーションの問題も、そうした構造下で起きたことは看過できない。

 通信(インターネット)の発展によって、放送が終わる未来に向かっていることはテレビ局も理解している。日本テレビも2022-2024中期経営計画でスローガンとしているのは、「テレビを超えろ、ボーダーを超えろ。」だ。地上波が撤退戦であることを頭では理解している。

 だが、やり方を根本的に変えない限り、大きな事故が起こる可能性はなくならない。20年前と同じかそれ以上にやることが増えているのに、制作費が減らされているのだから、現実的にはダウンサイジングするほかない。

日本テレビの組織の問題

 今回の不幸な事態も、もとをたどれば原作者や脚本家とちゃんとコミュニケーションを取れなかった日本テレビのプロデューサーの問題だ。担当プロデューサーは、過去にも2008年の『おせん』で原作者が連載を中断するまでに傷つけるドラマを制作しており、その能力には疑問符がつく。

 ただし、そのプロデューサーが丁寧に仕事をできる環境を作れなかったのは、やはり日本テレビの組織の問題だ。3年前にも『スッキリ』のアイヌ差別表現の問題があり、昨年はジャニーズ性加害問題で検証をしたばかりだ。

 筆者は3年前の『スッキリ』の問題のときに以下のように書いた。

 結局のところ、構造的な問題だ。制作環境を変えないかぎりは、今後もミスは起こり続ける。予算が削られ有能な人材が減り続ければ、条件を変えない限りもっと大きな事故が生じる可能性は高まるからだ。
(略)
制作体制を変えないかぎりは、そのうち死者が出るような重大な事故が生じる可能性が高い。それはあしたかもしれないし、半年後かもしれないし、3年後かもしれない。軽微な事故は水面下で数多く生じているので、このままでは統計学的にいつか必ず起きる。
「『スッキリ』アイヌ差別表現、その裏にあるテレビ制作現場の窮状」(2021年3月18日/『Yahoo!ニュース:エキスパート』)

 ──残念なことに、とても不幸な事態が起きてしまった。

日テレの道義的責任

 マンガの映像化は、必ずしも失敗ばかりではない。『DEATH NOTE』(2006年)や『のだめカンタービレ』(2006年)、最近では公開されたばかりの『ゴールデンカムイ』など、成功した例も多くある。これらは原作ファンを満足させるだけでなく、映像ならではの表現や独自のアプローチによって作品の魅力を拡張することに成功している。また映画『DEATH NOTE』が日本テレビ製作であるように、同社の映画部門の評価は高い。

 しかし、現実的には多くのマンガ原作の映像化が中途半端に原作をなぞり、奇妙でコスプレ劇になることが少なくない。これは、コンテンツの世界でもっとも豊かなマンガと、右肩下がりを続けるテレビとの、実力差というほかない。

 また、映像化ではこれまで多くのマンガ家の失望が漏れ聞こえたり、大きな衝突が生じたりすることもあった。

 取材に応えてくれた前出のマンガ家のように割り切るひともいるが、なかには傷ついて連載中断するひともいる。佐藤秀峰氏のように、映画化・ドラマ化された大ヒット作『海猿』のいっさいの続編や再放送を許さないケースもある(『モデルプレス』2017年11月29日)。それは、作品を自分の分身や子どものように大切にするマンガ家が大半だからだ。

 今回のドラマ制作の過程と芦原氏が亡くなった後の日本テレビの対応は、マンガ家の尊厳を著しく傷つけるものだ。日本テレビには、ひとりのマンガ家の命が失われたことに真摯に向き合い、検証することが求められる。たとえそこに法的な問題がなかったとしても、コミュニケーション上の混乱を招いたことについての道義的な責任を果たす必要がある

 そうでなくても、この半年ほどはジャニーズ事務所の性加害問題や、松本人志さんの性加害疑惑によって、テレビ局は強く問題視されている最中だ。

 日本テレビは、昨年10月4日に『news every.』で放送したジャニーズ事務所の性加害問題の検証において、「差別やハラスメントの禁止」と「人権を尊重したコンテンツ作り」を重要課題として掲げていた(「【ジャニーズ“性加害問題”】日本テレビとして自己検証」2023年10月4日/YouTube)。ドラマ『セクシー田中さん』の放送が始まったのは、この18日後だ。

 原作者の尊厳を大きく傷つけ最悪の事態を招いた今回の問題で検証がなされなければ、そんなテレビ局に大切な自分の作品を預けるマンガ家はいなくなるだろう。「人権を尊重したコンテンツ作り」の掛け声は絵空事だったのか──それが問われている。

日本テレビ「【ジャニーズ“性加害問題”】日本テレビとして自己検証 『マスメディアの沈黙』指摘ふまえ社内調査を実施」2023年10月4日/YouTubeより。
日本テレビ「【ジャニーズ“性加害問題”】日本テレビとして自己検証 『マスメディアの沈黙』指摘ふまえ社内調査を実施」2023年10月4日/YouTubeより。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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