少女マンガが映画化される理由――『ストロボ・エッジ』『アオハライド』『ホットロード』がヒットした背景
増える少女マンガの映画化
3月14日に公開された映画『ストロボ・エッジ』(監督:廣木隆一)がヒットしています。『あまちゃん』の有村架純と福士蒼汰のコンビが主演するこの作品は、3週目の週末を終え興行収入は14億7000万円を突破。激戦の春休み興行のなかで安定した成績を収めています。
原作は、2007年から10年にかけて『別冊マーガレット』(集英社)で連載されていた咲坂伊緒の少女マンガです。咲坂の作品は、昨年12月に公開された『アオハライド』(監督:三木孝浩)に次いで2作目の映画化ですが、こちらも興行収入約19億円のヒットとなりました。
最近、こうした女性向けマンガの映画化が目立っています。実際、大規模公開された女性向けマンガ原作映画は、ここ4年ほどで顕著に増えています。小規模公開作も含めるとさらにその数は増えます。
上の表を見てもわかるように、そのきっかけとなったのは2005年に公開された『NANA』でした。矢沢あいの大ヒット作を映画したこの作品は、中島美嘉と宮崎あおいのダブル主演、さらに松田龍平、松山ケンイチ、玉山鉄二、成宮寛貴など、現在も一線で活躍する多くの男優が出演していました。そして『花より男子ファイナル』や『のだめカンタービレ』などの大ヒットが続き、現在に至ります。
最近の映画で記憶に新しいのは、昨年公開された『ホットロード』でしょうか。30年ほど前に大ヒットした紡木たくのこのマンガは、現在30代後半から40代前半の女性たちのほとんどが読んでいた作品です。映画は、この中年層も取り込んで大ヒットに繋がりました。
ヒットに結びつかなかった80~90年代
それにしても、なぜこれほどまでに女性向けマンガの映画化が増えているのでしょうか。それを考えるために、まず女性向けマンガが映像化されてきた歴史を簡単に振り返っておきましょう。
実は、90年代までにも多くはありませんが、少女マンガは幾度か映画化されてきました。しかし、ヒットしたものはあまり多くありません。80~90年代の20年に限れば、ヒットと言える(配給収入5億円以上=興行収入8.5~10億円以上)作品は、『生徒諸君!』(1984年)、『姉妹坂』(1985年)、『はいからさんが通る』(1987年)、『菩提樹 リンデンバウム』(1988年)しかありません。このなかでもっともよく知られるのは、やはり『はいからさんが通る』でしょう。ただ、それもヤンキーマンガを原作とする人気シリーズ『ビーバップ・ハイスクール』の同時上映という扱いでした。
そして、日本映画人気にさらに陰りが出る90年代になると、少女マンガ原作のヒット作がほとんど見られなくなります。唯一目立つのは、1995年にフジテレビが製作した内田有紀主演『花より男子』と松雪泰子主演のドラマスピンオフ『白鳥麗子でございます!』の同時上映くらいでしょうか。ただし、これも配収4.2億円と大ヒットとは言えません。
この間、高く評価された吉田秋生原作『櫻の園』(1990年)などもありましたが、80~00年代中期までは映画興行を牽引するほどの大ヒットとなる女性向けマンガ原作の映画はありませんでした。それは日本映画界の産業的低迷とほぼ同期しています。
同時に80~90年代とは、若者に日本映画が見放されていた時代でもあります(※)。女性向けマンガ原作にかぎらず、青春映画がヒットしなくなったのも80年代中期以降でした。それは、年間200万人前後が生まれた第二次ベビーブーム世代(1970年代前半生まれ)――つまり、当時『ホットロード』を愛読していた女子中高生を取り逃したことを意味します。
それ以前は、そうではありませんでした。80年代前半の青春映画で思い出されるのは、角川映画とジャニーズ映画です。薬師丸ひろ子・原田知世・渡辺典子の「角川三人娘」による『セーラー服と機関銃』(1981年)や『時をかける少女』(1983年)、たのきんトリオの『ハイティーン・ブギ』(1982年)やシブがき隊の『ボーイズ&ガールズ』(1982年)など、男女それぞれに向けたアイドル映画がヒットしていたのです。
しかし、80年代中期はこの両者も低迷します。角川書店は三人娘に次ぐアイドルを発掘できず、ジャニーズも光GENJIの映画は1988年の一番組のみでした。さらに、おニャン子クラブ以降に訪れた“アイドル冬の時代”と呼ばれるアイドルブーム離れもありました。南野陽子の『はいからさんが通る』は、そのなかで際立って目立つ作品です。
90年代のドラマと00年代の台湾ドラマ
こうしたなか、女性向けマンガの映像化は、テレビドラマでは結果を残していました。たとえば映画化もされた松雪泰子主演の『白鳥麗子でございます!』(フジテレビ・1993年)は、平均視聴率16.7%のヒットになりました。また、男性誌での連載でしたが、柴門ふみの『東京ラブストーリー』(1991年)や『あすなろ白書』(1993年)は、好視聴率を記録しました。
また、この時期で特筆すべきは、93年から2000年まで続いたテレビ朝日月曜8時「ドラマイン」枠のマンガ原作ドラマでしょうか。『南くんの恋人』、『闇のパープルアイ』『イタズラなKiss』、『ガラスの仮面』等々、記憶に残る多くの女性向けマンガ原作のドラマが創られました。時間帯が早いのは、それが中高生向けだということを意味します。なかには、萩尾望都原作・菅野美穂主演の『イグアナの娘』のように、内容的に高く評価できる作品もありました。
つまり、90年代の女性向けマンガの映像化とは、テレビでは人気がありながらも、映画では不人気だったわけです。90年代の日本映画や映画館とは、ティーンの女性たちが連れ立って行くにはハードルが高かったのです。
こうした流れに大きな変化が訪れるのは、2000年代に入ってからです。しかも、それは日本を起点としたものではありませんでした。
テレビ朝日「ドラマイン」枠も2000年に終了し、日本では女性向けマンガの映像化はドラマでも減少する時期に入ります。しかし00年代前半から中期にかけて、女性向けマンガは台湾でドラマ化され大ヒットしました。『山田太郎ものがたり』(01年)、『花より男子』(01年)、『ママレード・ボーイ』(01年)、『イタズラなKiss』(05~06年)、『花ざかりの君たちへ』(06~07年)などがそうです。さらにその波は、韓国にも飛び火しました。
こうした状況を伝え聞いて、日本のドラマ・映画の制作者は再度気づいたのです。「そうだ、少女マンガがあったんだ」と。05年の井上真央主演『花より男子』(TBS)、07年の二宮和也主演『山田太郎ものがたり』(TBS)などは、台湾でのヒットがなければドラマ化されなかったでしょう。
――1980年代中期から2000年代中期までの空白はありましたが、日本の映画界はこのように女性向けマンガの力を得て女性に訴求する作品を生み出しているのです。
製作側の3つのメリット
2000年代とは、日本映画が復活した時期でもあります。そこで大きな存在感を見せてきたのは、ドラマスピンオフとマンガ原作映画です。しかし、『海猿』、『20世紀少年』、『DEATH NOTE』、『テルマエ・ロマエ』など、めぼしい作品はかなり映画化されました。もちろんそれでも『進撃の巨人』や『暗殺教室』など、続々と新たなヒットが生まれ映画化されますが、全般的に人気マンガ原作は枯渇気味です。その中で映画界が見つけた鉱脈が、女性向けのマンガでした。それは創り手にとって、大きく分けて3つのメリットがあります。
まず挙げられるのは、やはりターゲットが明確に絞れていることでしょう。『花より男子ファイナル』公開時の観賞者は、40%弱が10代の女性、つまり女子中高生でした。女の子たちが連れ立ってシネコンに来ているのです。少子化とは言え、ポップカルチャーを牽引するのはやはり若者ですから、ターゲットを明確にできるコンテンツは宣伝がしやすいのです。
次に、製作費が絞れることも重要です。舞台は学校がほとんどですから、アクション映画やSFのように予算がかかることはありません。また、出演するのはまだキャリアの浅い売り出し中の若手俳優ばかりなので出演料が抑えられます。もちろんそれは俳優の基礎票が少ないことも意味するのでリスクもありますが、そこをマンガ原作という基礎票でカバーできるという考え方です。
そして、やはり若手が活躍できる場を確保できるということです。80年代のアイドル映画が、後のスターを育成する場となっていたように、若手が仕事をできる場というのは将来を見据えた上で必ず必要です。最近の傾向では、女優はファッション誌『Seventeen』の専属モデル(本田翼、橋本愛、石橋杏奈、剛力彩芽など)から、男優はジャニーズを中心に、『仮面ライダー』(福士蒼汰、菅田将暉)やEXILEトライブ(登坂広臣)などから登用されています。
ターゲットが明確で、低予算の製作費で若手が育成でき、さらに原作の基礎票がある――それはマーケティング的にはベターな選択だと捉えることができます。
期待される映画『海街diary』
もちろん、人気の少女マンガ原作だからと言って、必ずヒットするとは限りません。たとえば一昨年公開されたいくえみ綾原作の『潔く柔く』がその典型例でしょう。主演・長澤まさみ、助演に岡田将生と高良健吾を置いた布陣にもかかわらず、興行収入5億円とヒットには繋がりませんでした。いくえみ綾は、長らく女性向けマンガの一線で活躍するベテランですが、その特徴は繊細な心象を描く丁寧な筆致にあります。残念ながら制作側は、そうした原作をしっかり読み込めていませんでした。
辛い過去を持つ男女がさまざまなプロセスを経て出会うまでを入念に描いたこの作品は、結末までの流れだけを追うとケータイ小説と似たように見えます。しかし、そこで重要だったのは、さまざまな枝葉を持つプロセスにこそありました。誤解を恐れずに言えば、この映画は純文学をケータイ小説として解釈して失敗したような印象です。
現在、ティーンを中心に大ヒットしている少女マンガ原作の映画は、ラブストーリーばかりです。それはべつにいいのですが、『潔く柔く』のように単純な恋物語ではない女性向けのマンガの場合は、やはりべつのアプローチが必要になります。たとえば、吉田秋生の『櫻の園』(1990年)やくらもちふさこ原作の『天然コケッコー』(2007年)は(質的には)その成功例だと言えるでしょう。ただ、この二作が小規模配給であるように、ラブストーリー以外の女性向けマンガ原作はなかなかマスには受け入れられない傾向があります。
ラブストーリーを主題としない女性向けマンガという点において、今後注目されるのは6月13日に公開される『海街diary』です。吉田秋生のこのマンガは、鎌倉に住む4姉妹の日常を描く内容です。映画ではこの4人を綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが演じます。恋愛要素も出てきますが、それよりも家族同士の関係が主題です。
この作品が期待できるのは、監督が『誰も知らない』や『そして父になる』の是枝裕和だからです。人気の女性向けマンガ原作で大規模公開、かつ監督は世界的にも評価される是枝監督に主演級の女優が4人ですから、その内容や興行成績は今後の女性向けマンガの映像化を考えるうえで大きく注目されます。
最後にひとつだけ実写化が待望される作品を挙げるとすれば、やはりそれは小玉ユキの『坂道のアポロン』(全9巻)でしょうか。これは、1960年代の長崎・佐世保を舞台に、不良少年とガリ勉少年がジャズによって仲良くなっていくという話です。3年前にアニメ化もされましたが、実写化はまだ果たされていません。音楽の要素が強いので映像化に向く作品なのは、アニメ化によって証明されました。
今年は、『海街diary』以外にも、水城せとな原作『脳内ポイズンベリー』(5月9日公開)、ジョージ朝倉原作『ピース オブ ケイク』(9月5日公開)、幸田もも子原作『ヒロイン失格』(9月19日公開)と、女性向けマンガの映画化が続きます。それらがどのような仕上がりになるのか、楽しみです。
※……この時代に一般的な若者にしっかりと愛されていた日本映画は、宮崎駿監督をはじめとするアニメが中心でした。この傾向は、90年代に入るとより顕著になります。