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STARTOはSMILE-UP.のダミー会社か?──説明されない事業・資産のゆくえ

松谷創一郎ジャーナリスト
筆者作成。

反故にされた「宣言」

 あした4月10日、旧ジャニーズ事務所の後継会社・STARTO ENTERTAINMENTの発足コンサートが東京ドームで開催される。「WE ARE! Let's get the party STARTO!!」と題されたそのイベントには、同社に所属“予定”の14グループが出演予定だ。

 だが、その公式サイトのチケット申し込み先は、旧ジャニーズ事務所であるSMILE-UP.がいまも運営するファンクラブ・FAMILY CLUBだ。また、STARTOに移籍予定のタレントたちも、まだSMILE-UP.のオフィシャルサイトに名前が残されている。

 つまり、窓口は新会社だが事業内容は旧会社のままだ。

 昨年10月に新会社の設立計画が発表されたとき、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)は「被害者への補償会社としてのみ存続する」と宣言した。しかし、現在の実態は半年前のその約束を反故にしたと認識できる。

 ファンクラブやタレントの所属以外にも、両社の関係には不透明な点は多い。資本関係はもちろんのこと、事業や財産のゆくえもはっきりとしない。NHKが現在もSMILE-UP.所属タレントの出演を見合わせ、テレビ東京も新規の出演依頼をしない姿勢を明確にしたのも、これらの点についての説明が不十分であるからだ。

 現状、STARTOは旧ジャニーズ事務所が事業存続するための〝ダミー会社〟のように見える──。

保有したままの事業・資産

 SMILE-UP.は、いまもジャニーズ事務所時代に築いた事業と資産を保有している。この状態では、いくらSTARTOにタレントが移って活躍しても、その売上の一部がSMILE-UP.に落ちる構造が維持される。


 その事業や資産とは、具体的には以下の5つがあげられる。

  1. ファンクラブ
  2. 音楽の原盤権(知的財産)
  3. 映画・映像コンテンツの著作権(知的財産)
  4. グループ名(商標)
  5. 東京グローブ座(不動産)

 まずファンクラブは、安定した売上が見込めるため芸能プロダクションにおいてはきわめて重要な事業だ。しかも、旧ジャニーズ事務所の場合は会員数が数百万人規模だと推定されている。今回不可解なのは、タレントも移籍せずこの事業がSMILE-UP.でそのまま続いている点だ。

 次に、決して見過ごせないのは知的財産=IPだ。SMILE-UP.はその傘下に音楽原盤権や映像製作の会社も保有している。具体的には、前者がブライト・ノート・ミュージック(旧・ジャニーズ出版)、後者がストームレーベルズ(旧ジェイ・ストーム)だ。

 音楽原盤権とは、レコーディングされた音源の権利(著作隣接権)のことだ。JASRACの検索サイト・J-WIDで検索すると、ブライト・ノート・ミュージックは1万99曲の原盤権を保有していることが確認できる(2024年4月8日現在)。SMILE-UP.がこれらを保有し続ければ、今後もラジオやテレビで流れたりカラオケで歌われたりするたびに、同社が収入を得ることになる。

 また旧ジャニーズ事務所は同社所属タレントの出演映画や、コンサートのビデオの製作も手掛けてきた。その著作権を保有する製作会社が旧ジェイ・ストームである。たとえば同社の映画が配信・放送されれば、そこで新たに売上が発生する。

 商標のゆくえも注視する必要がある。グループ名は旧ジャニーズ事務所が保有しており、それらがSTARTOに移管された記録は確認できない。STARTOの商標として確認できるのは、関ジャニ∞からグループ名を変更したSUPER EIGHTのみだ。

 また、SMILE-UP.は多くの不動産を保有していると報じられているが、なかでもエンタテインメント事業では東京グローブ座(東京都新宿区)の存在が大きい。この劇場は現在も所属タレントの公演を続けており、同社の旗艦劇場と言っていい。

知財は芸能プロの根幹

 ファンクラブ、IP(知財)、商標、不動産──SMILE-UP.が保有している事業・財産にほとんど動きはない。また、それらのゆくえについての説明もいっさいない。

 このなかでもとくに重要なのはIPだ。なぜなら、日本の芸能プロダクションの根幹はここにあると言ってもいいからだ。

 旧ジャニーズ事務所にかぎらず、芸能プロダクションは単に芸能人のエージェントやマネジメントをするだけでなく、制作会社/製作会社としての機能を持つ。大手であれば、コンテンツ制作の予算を出資する(=製作)ことで著作権や著作隣接権を保有し、その売上で経営を安定化するのが一般的だ。これこそが、IPビジネスの最大の魅力でもある。

 たとえば吉本興業であれば年末恒例の『M-1グランプリ』を朝日放送と共同製作し、ホリプロは制作プロダクションとして多くの番組を手掛けている。映画においては、芸能プロダクションが所属タレントの主演作に出資して製作委員会の一員となるのは、現在ではかなり定着している。音楽でも、原盤権を芸能プロダクションが保有する。業界で「芸能事務所」ではなく「芸能プロダクション」と呼ばれるのは、こうした側面があるからだ。

 テレビ東京の石川一郎社長は、3月の定例会見で「IP(知的財産)関連の扱いや新旧会社の資本関係など、まだわからないところがある」とし、番組での新規起用を見送った(朝日新聞デジタル2024年4月3日)。それは、芸能プロダクションがIPを経営の中心に置くビジネスモデルであることを石川社長が十分に理解しているからだ。そして、もちろん他の民放4局の社長もそのことをわかっているはずだ。

筆者の質問には無回答

 現実的に、SMILE-UP.がSTARTOにIPや不動産を移管するのは、極めてハードルが高い。筆者が取材したある弁護士は、無償や低額で譲渡しても多額の税金が発生すると説明する。発足したばかりで資本金が1000万円のSTARTOに、それらの事業を譲受する余力はない。

 問題は、極めて解決が難しいこの点についてSMILE-UP.もSTARTOもいまだに明確な説明をしていないことだ。昨年10月2日の会見でも、権利関係の扱いについての質問が出たが、顧問弁護士の木目田裕氏は「具体的なスキームなどは、これから最終的に詰めていく」として回答を避けていた。

 そこで筆者は、今月あらためてSMILE-UP.・STARTOの両社に事業や資産についての質問書を送ったが、期日までに回答はなかった。返事すらないその態度には、昨年「メディアとの対話」を強調していた姿勢はいっさい感じられない。筆者は昨年10月の会見時に「質問NGリスト」のひとりとされていたが、いまも質問はNGのようだ。

民放4社の欺瞞

 STARTOの発足コンサートは、なにもなかったようにあした開催されようとしている。

 この過程で極めて疑問視されるのは、やはりテレビ局の姿勢だ。テレビ東京やNHKが示すように、テレビ局はSMILE-UP.が多くのIPを保有する芸能プロダクションであることを理解している。旧ジャニーズ事務所はこれまで多くの番組の制作に参与しているので、知らないはずがない。

 しかしTBS・日本テレビ・テレビ朝日・フジテレビの民放4社は、SMILE-UP.との取引を継続し、日本テレビにいたってはタレントに新規のドラマ出演を依頼し、テレビ朝日では新たに4本のドラマが始まる。

 4社は補償の進捗ばかりを注視し、IPについては言及しようとしない。音楽原盤権をシェアしたり(『共犯』責任を避け続けるテレビ局」2023年9月29日)、いっしょに映画を創ってきた過去もあるテレビ局は、「タレントに罪はない」を大義に、問題のあるこの状況を看過しようとしている。おそらく意図的に。

 3月末には、BBCが再度ジャニーズ事務所の性加害問題を取り上げ、SMILE-UP.の東山紀之社長に厳しい追及をした(BBC 2024年3月30日)。そこで顕になったのは、誹謗中傷対策に消極的で、「言論の自由もある」とまで言った東山社長の不遜な姿勢だ。

 筆者が被害者への取材をしても、その補償内容には不明点も多い。金額をただ示すだけで、それがどのように算定されたかいっさいの説明はないという。またそこで交渉の余地はほぼなく、被害者は提示された補償金額を受け入れるかどうかの選択肢しかないという。東山社長は被害者との対話を強調したが、被害者から不満が上がっている以上不十分と言わざるをえない。しかし、たとえばテレビ朝日の篠塚浩社長はこう話す。

篠塚社長:補償に関して言えば、一歩一歩進んでいると認識している。引き続き、誠実に、可能な限り速やかに補償を進めていただくようにお願いをしたいと思っている。
テレビ朝日「篠塚浩社長 社長会見(3月26日)要旨」2024年3月26日

 テレビ朝日はちゃんと被害者にヒアリングをしているのだろうか?

6月の国連人権理事会

 現状、事態はなし崩し的に進行し、史上最悪の性犯罪は曖昧に処理されようとしている。民放テレビ局の手助けを得て、STARTOは事業を稼働させ、SMILE-UP.は資産を保有し続けようとしている。あさって4月11日には、なにもなかったようにSTARTOの門出を民放4局の情報番組と、いまだに検証をいっさいしないスポーツ新聞が華々しく報じるのだろう。

 報道機関としてもメディア企業としても、テレビ局などのそうした姿勢は欺瞞と言うほかない。昨年全局が検証番組を放送したが、退所者を干すなどして間接的に未成年者に対する性的虐待に関与していたことへの検証は乏しく、また再発防止策も掛け声だけで具体性に乏しいところがほとんどだった。

 だがそうしたテレビ局の姿勢は、今後大きなダメージになる可能性も高い。

 6月には、昨年夏に訪日調査をおこなった国連のビジネスと人権作業部会が、最終報告書を人権理事会に提出する予定だ。「ビジネスと人権」の考え方は、問題のある企業の取引先の姿勢も強く問われる。昨年の段階で指摘された被害者からの苦情処理メカニズムについても、テレビ局が具体的に準備した形跡はない(国連ビジネスと人権の作業部会「ミッション終了ステートメント」2023年/PDF)。

 SMILE-UP.とSTARTOは、やはりあしたの東京ドームのコンサート前に明確な声明を出すことが求められる。時間はあまりないが、この半年間ずっと指摘されていた疑問に回答しないまま決行すれば、大きな禍根を残すことになるだろう。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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