沈没していく“地上波しぐさ”──高視聴率ドラマ『日本沈没─希望のひと─』が見せる絶望的な未来
ツッコミどころ満載の展開
12月12日に最終回を迎えた『日本沈没─希望のひと─』。『半沢直樹』などを生んだTBS「日曜劇場」枠ということもあり、最終回の世帯視聴率は16.6%、個人視聴率も10.2%とかなり良い結果に終わった。しかも今回は放送終了後にNetflixで配信されており、注目度も高かった。
しかし、その内容は惨憺たるものだった。
とくに最後の2話は、沈没する日本から海外への移民交渉と、とってつけたような謎の感染症の蔓延というドタバタ劇。アメリカと中国の両大国に翻弄される国際情勢や、新型コロナウイルスのパンデミックの要素を取り入れたかのようなその展開は(小松左京原作なので『復活の日』をヒントとしているのかも)、ツッコミどころ満載だった。
視聴率はたしかに良かった。しかし、それを手放しで喜べないひどい出来だった。
有事下のトンチキ劇場
この作品はTBS・日曜22時の「日曜劇場」枠で放送された。この枠は、2013年の『半沢直樹』など池井戸潤原作のドラマを中心に安定的なヒットを送り出してきたが、その多くは、組織における権威主義ベースの権力闘争が特徴だった。小松左京の小説をベースとした今回の『~希望のひと』は、天災に加えてそうした日本型組織におけるいざこざの描写に力点が置かれていた。
物語は3人の“ヒーロー”を軸に進む。
主人公である環境省の官僚・天海啓示(小栗旬)、官邸の隠蔽や改竄に鋭く切り込む週刊誌記者・椎名実梨(杏)、そして日本列島の地殻変動をいち早く指摘して警鐘を鳴らす変人の地質学者・田所雄介(香川照之)だ。3人は途中で一回失脚するものの、その正しさが認められて復権する。
その一方で抵抗勢力もいる。
副総理兼財務大臣の里城弦(石橋蓮司)は、目先の経済のことばかり考え、列島が沈没する未来にたびたび思考停止する。地球物理学者の世良徹(國村隼)は、自分の面子を優先するために田所博士とともに行った海底調査のデータを改竄する。内閣官房長官の長沼周也(杉本哲太)も、日本沈没説を否定するために海外の研究者に古いデータを渡す。
抵抗勢力による忖度や改竄が、昨年まで8年弱続いた安倍政権でたびたび問題視されてきたことはあらためて説明するまでもないだろう。そこでしばしば見られたのは、短期的なパフォーマンスばかりを優先し、中長期的な視野が著しく欠けた小役人たちのトンチキ劇場だった。
このドラマは、天災による有事においてそうしたトンチキ状況を描くことにポイントを置いた。この作品が中盤まで視聴者の興味を喚起できたのは、そのトンチキっぷりがなんともリアルだったからだ。
なかでも秀逸だったのは、石橋蓮司演ずる里城副総理のキャラクターだろう。エビデンスを無視して中長期的な視野に欠けるその姿勢は、かの戦争を引き起こした日本人らしいダメっぷりだった。
グローバルでは機能しない“地上波しぐさ”
中盤まではまだ見どころもあったが、残念ながらそれ以降はこのドラマ自体がトンチキ劇場になっていった。
冒頭で触れたように、その最たるところは最後2話のドタバタだ。ラストは、北海道と九州の一部を残して日本が沈没して終わるが、そこで悲壮感はあまり漂っていない。多くの国民が国外に脱出できたから──ということなのだろう。
そこで気になったのは、福島が見事に沈没していることだ。周知の通り、事故を起こした原発の処理はいまだ終わっていない。なので、福島が沈没すれば放射性物質によって太平洋がひどく汚染されていることになる。ただ、それにはまったく触れられていない。
もちろん、このフィクションは現実とは異なる並行世界ということなのだろう。ただ、福島の原発事故が東日本大震災によって引き起こされたことはだれでも知っている。しかもこの作品も、そうした震災大国だからこそ企画されたはずだ。放送中も列島各所で中程度の地震が頻発していたように。
しかし、福島原発の関係はいっさいスルーされている。この「日曜劇場」が、2002年まで東芝(原発開発企業)の一社提供だったことへの気づかいなのかもしれないが。
こうしたリアリティラインやディテールの甘さは著しく目立った。天災をモチーフに日本型組織を問題化する意気は感じられたが、細部がとにかく雑だった。デスゲームに格差社会化の問題を組み込んで世界最高のヒットとなった韓国の『イカゲーム』とは雲泥の差だ(参考:「残酷で絶望的な死をしっかりと描く…今、世界が『イカゲーム』にハマるのはなぜか」 『PRESIDENT Online』2021年11月16日)。
もちろん、『日本沈没』のこの雑さは従来の地上波ドラマの作法でもある。地上波は、画を観なくても登場人物がセリフで状況を説明するので、ながら観でもだいたいストーリーを追うことができる。大して視聴意欲がないひとやふだんはドラマや映画を観ないひと、あるいは政治や社会に対しての知識が乏しいひとも理解できるような大味な創りにする。それがマスに向けた地上波の作法であり、それが今回は視聴率に結びついたのだろう。
しかし、そうした“地上波しぐさ”は遠くない将来に機能不全となる。イギリスの公共放送・BBCがすでに放送免許返上を検討し始めたように、そのうち放送も通信に置き替わる。
それはTBSもわかっている。すでにドラマの主戦場は、地上波などではなく配信サービスに切り替わりつつある。日本の地上波ドラマは国内のテレビ局同士だけでなく、『愛の不時着』や『イカゲーム』など韓国ドラマと競っている。今回『日本沈没』がNetflixで配信されたのも、今後のグローバル展開の可能性を考えてのことだろう。
だが、今回は大した成果は得られないどころか、むしろ逆効果になる可能性もあるだろう。こんな“地上波しぐさ”は、ドメスティックな空間におけるハイコンテクスト状況でしか機能しないからだ。なぜこれをNetflix同時配信の第一作としたのか、理解に苦しむ。
渡辺あやの警鐘
日本にもすぐれたドラマ脚本家やプロデューサーは多くいる。
脚本家では宮藤官九郎や坂元裕二、木皿泉など、プロデューサーでは宮藤と何度もタッグを組んできたTBSの磯山晶や、坂元作品を手掛けTBSからカンテレに移った佐野亜裕美などがいる。
しかしその一方で、『今ここにある危機とぼくの好感度について』や映画『逆光』などの脚本を手掛けてきた渡辺あやは、これまでいちども民放ドラマの仕事はせず、『刑事ゆがみ』などをプロデュースしたフジテレビの藤野良太は2019年に独立した。
つい最近、渡辺は朝日新聞の取材で自身のスタンスを以下のように述べている。
Netflixでは『全裸監督』や『今際の国のアリス』、そして最近では劇団ひとり脚本・監督の『浅草キッド』など、高品質な日本の作品が送り出されている。現状、有能な人材に力を発揮させているのは、民放地上波ではなくNetflixやNHKだ。
沈没する地上波テレビ
今回の『日本沈没』の高視聴率で大喜びしているテレビ業界人がいるのであれば、それは極めて危険な兆候だ。そこでは、目先の数字を追ってばかりで中長期的な視野が欠けているからだ。このドラマの里城副総理と大差ない。
たしかに盛り上がったのかもしれない。他国に比べてまだまだ地上波放送への依存が強い日本では、リアルタイム放送にTwitterでツッコミを入れながら観る形態の集団的沸騰(たとえば『天空の城ラピュタ』の「バルス!」のような)はあったのだろう。
だが動画配信サービスがさらに浸透すれば、このようなクオリティはそのうち見捨てられる。しかもあと数年もすれば、動画配信アプリ内蔵のテレビ保有世帯が半数を超える。つい最近も、テレビチューナー非搭載の動画配信に特化したアプリ内蔵テレビをドン・キホーテが発売して話題となった。視聴率で一喜一憂する状況は早晩終わる。
放送が既得権益ではなく足かせとなるなかで、地上波テレビ局は制作会社への転身に向けて模索している。しかしこの作品が伝えてきたのは、既存の“しがらみ”である“地上波しぐさ”から脱することの困難さだ。そもそも、今回の『日本沈没』はそうした日本的な“しがらみ”に拘泥することの罪を描こうとしていたことを考えると、なんとも皮肉な結果にしか思えない。
こんなことを続けていれば、地上波テレビ局が制作会社にもなれずにただ沈没していく──田所博士的に言うならば、そういう予測となる。
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